鬼灯の冷徹 | ナノ
何千年溜めた言葉
最初は可愛い子鬼さんだった。
随分と知的好奇心が旺盛で、私に話しかけてくることが多かったから、他の子鬼から群を抜いて記憶に残っている彼の幼い頃の姿を思い出す。
その姿を思い出して生じる感情は、友達と頭骨を鞠に見立てて蹴って遊ぶ姿が可愛いなぁとか、守ってあげたいなぁとか、幸せになって欲しいなぁとか、そういう“真心“からの『大切にしたい』というものだ。
青年になった頃を思い出す。
その頃は多忙ではあれ充実した生活をしているようで良かったと思った。私が授けた知識が役立ち、彼がこの世界で苦しみや悲しみとは縁遠く暮らせている事が誇らしかった。皆に求められる子になり、愛されているのが分かって嬉しかった。この時も、子の成長を喜ぶ親のような気持ちであったと記憶している。
それがどうしてこうも悪いほうへと転がってしまったのか。
また記憶を掘り返す。
あれは地獄が出来て間もない頃、随所に綻びがあって、それが原因で亡者と一部の鬼たちが反乱を起こした時だ。当時の私は寺子屋を開いていたため、子鬼達を守ろうと奮戦していた。
守りながら戦うというのは酷く難しく、負傷してしまい子鬼達だけでもどうにかしなければと思っていた所に、彼が駆けつけてくれたのだ。
まるで西洋の御伽噺に出てくる王子のように、立てない私の肩を抱き、金棒で敵を一掃してくれた。
その時、彼に対する気持ちが、幸せになって欲しい、愛されて欲しいという自分を含まない感情から、幸せになりたい、好かれたい、愛されたい、と自分本位な感情に摩り替わってしまった。
大切にしたいだけでは済まなくなった。一方的な願いから、相互関係が欲しいなどという厄介な感情が芽生えた。
なんて汚い感情だろうと目を眩ませたのは、三千年も四千年も前の話だ。
さて、そんな感情を持ったところで何が出来るだろう。何も出来ることはない。
私と彼はそもそも歳が離れている。いやもう四千年以上前のことなのだから誤差の範囲だと言われたらそうなのかもしれないけれど、それでも私は彼が幼い頃を知っていて、その時の私は既に大人で、それなのに恋愛対象とみなすというのはどうにも気色が悪い。逆源氏物語かな?と考えてしまう。
それに、彼を好きな女性はごまんといる。彼は見目も麗しいし、地位もある。多少難のある性格ではあるが、身内には優しい。そんな中、どうして私のような者が好きだと告げる事が出来るだろう。
我々の寿命はまだまだ続く。それこそ生まれてから今で四千年以上だ。例えば生まれてすぐに好きになって告白したとしよう。ふられた相手と四千年間ずっっっと仕事で顔を合わせるのだ。しかも私はふられようとも彼を好いたままだろうから(私が一度も他の鬼に目を向けなかったのが何よりの証拠だ)、辛いったらない。
負け戦と分かっているから告げる事はない。自分の中で『ああ今日も好きだなぁ』と思う程度が丁度いい。
「カヱ先生、居ますか」
ガラリと開いた扉に目を向ければ、担いだ金棒に風呂敷をぶら下げた彼が居た。
「こんにちは、鬼灯様。お昼休みにどうしました?」
「そろそろ此処の子達を見学させてもらい、スカウトしようと考えていまして、その依頼に来ました」
そうか、もう最高学年の子達が就職活動をする時期に入るのか。有能な子が他所へ行ってしまう前に、先に見定めてスカウトをしたい、という事だ。毎年思うが、実に効率の良い行動である。
「分かりました。では彼らの担任に話をつけておきましょう」
「有難う御座います。あと、今年もカヱ先生から見て獄卒に向いていると思う方々を選別して、資料に纏めてもらえると助かります」
「ではその資料と、担任との日程調整の結果は本日中にお届けしましょう」
鬼灯君ーー立場上は様をつけなければならないのだが、どうにも過去から癖が抜けずに心の中では君呼びにしてしまうーーは仕事が早いのは助かります。と言って、定時後に届けてください。と追加してきた。その言葉が嬉しくて、少し頬が緩む。
「畏まりました。ではまた、定時後に」
「はい、ではまた」
毎年この時期、資料を作成して届けた時に、夕食を共にと誘われる。それは常に木簡、巻物に埋もれて眼精疲労が蓄積している鬼灯君に合わせて資料を簡潔にしているからだ。
文字を読むのは疲れるが、それでも人事採用を考えれば根掘り葉掘りその子について知っておきたいのだろう。眼精疲労をこれ以上悪化させたくない鬼灯君は、資料は簡潔なまま、追加で私に口頭での説明を求めるようになった。
最初は私が鬼灯君の席の前で話していたのだけれども、時間がかかるしお腹も空くしと言う事で、夕食を摂りつつ、と言う効率化を図ったのである。
仕事の鬼は、食事も仕事の最中に摂るのだなぁと、少し心配にもなる。最近異国の言葉でワーカホリック、と言う単語を知ったのだけれども、まさに鬼灯君の事だと頷いてしまったのは嘆かわしい。
「鬼灯様、こんばんは」
「こんばんは。済みませんが、もう少し待って下さい」
卓上の左右にうず高く積まれた巻物に、これはまだまだ時間がかかるな、と思った。
「私に出来る事はありますか?」
「……では、こちらの巻物を分別して下さい」
「はい」
片山の巻物を紐解いては中身を見て、分別する。こんな簡単な仕事しか出来ない自分が情けないが、彼の立場を考えれば、難易度が高い仕事をただの教師でしかない私に見せるわけにはいかないだろうから仕方がないのだ。
巻物の分別を終えて、隣を見ればあと少しというところ。勝手ながら給茶室を借りて、茶を淹れる。持っていけば、有難う御座います。と此方に目を向けることもなく言った。まさにワーカホリックだ。
最後の巻物がポンと置かれる。仕事が終わったようだ。ぬるくなってしまった茶を飲んだ鬼灯君は、お待たせしました。と言って立ち上がる。
「鬼灯様もお疲れでしょう。また日を改めましょうか」
「いえ、私は大丈夫です。カヱ先生が時間に問題無いのであれば、このまま行きませんか?ご馳走しますよ」
「では、お言葉に甘えて」
年上の癖にご馳走になるとは此れ如何に。とは思うけれど、立場は彼が上だ。彼にとっては接待になるのだから、接待費もきちんと出る。ここは例年通りご馳走になろう。
向かった先は時間も時間なので、居酒屋となった。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「2名です」
「奥の個室が空いてますので、そちらへどうぞ」
子鬼達の個人情報を話すのだから、個室が空いていて良かったと胸をなで下ろす。ついでに周りに教職の人はいないか確認をする。ここで癒着がとか、忖度がとか、実は情報を横流ししているのではとか、勘繰られてはたまらない。
どうやら見知った者はいないようだ。ほうと息を吐く。
個室へ入り、対面で座る。鬼灯君は日本酒を、私は緑茶を頼んだ。
「カヱ先生は飲まないんですか?」
「一応仕事の話ですからね。それが終わったら飲ませていただきます」
「変わりませんねぇ」
三白眼に見据えられて、懐かしいなぁと口元が緩む。昔も言われたのだ、仕事の時には酒を絶対に飲まないんですね、と。
私はこの子の教師であったのだから、教え子の前で仕事を放り出して酔っ払う事はできない。
他にも食べたい物を次々と頼む鬼灯君に、大食感だなぁと感心する。私の嗜好も理解してくれているようで、注文の中には私が頼もうと思っていた物が入っていた。
「他にありますか?」
「いいえ」
「では、以上です」
店員が下がり、お酒とお通しが届いてから、仕事の話を始めた。
「ふむ。今年は豊作といった印象ですね」
「そうですね。ただ、真面目な子が多いから、融通が効かないかもしれません。そういった子には、少し緩い先輩や上司をつけてあげて下さい」
「分かりました。ところでカヱ先生」
「はい」
「お酒は飲まないんですか?」
ずい、とカラのまま放置されていた升を出されて、これで仕事の話は終わりだと暗に告げられる。
では、と受け取れば、一升瓶を向けられて、なみなみと注がれた。
「ああ、美味しい。鬼灯様と居酒屋って随分と久しぶりですね」
「そう言えば、そうですね。ここ数年は色々な店を回ってましたね」
和洋中、どこでも回った。ここ数年は男1人では入りづらいと言って可愛らしいカフェに連れていってもらった。一人でコアラを抱っこしに行ったりしているのに、カフェには入りづらいのかと思ったものだ。
けれど、そう行ったカフェに行くのに、誘ってくれるのは私なのかと喜んだのも事実である。お香ちゃんを筆頭に、誘う女性など数多居るだろう。それなのに私なのかと浮かれて、その度に年甲斐もないと自己嫌悪したものだ。
多分鬼灯君は女性と色々な店を回っているだろう。その中の1つに過ぎないのだと、たまたま私が女でその時都合があったから、じゃあこの店興味あるし行ってみるか、程度なのだろうと納得をさせたのは、自分が勝手に期待して惨めな思いをしないためだ。
「ところで、カヱ先生は時間は大丈夫ですか?」
「時間?私は大丈夫ですよ?鬼灯様こそ、どうかしましたか?」
うっかり質問で返してから、ハッとする。この後鬼灯君は予定があるのかもしれない。仕事で時間が押しているのだ。本来ならばもう私と別れている時間である。私は何も予定が無いけれど、誘った手前私が切り上げなければ、鬼灯君は解放されないのだろう。
相手の気持ちを汲み取れないなんて情けない。鬼灯君の顔をまともに見られない。
「あ、えっと……そうですね、ちょっとやっておきたいことを思い出しました。早めに切り上げましょう。お互い明日も早いですし」
「仕事ですか?」
「え、はい」
ジトリと三白眼に睨まれる。まるで蛇に睨まれたカエルの気分だ。何だろう。私は何かしただろうか?
「カヱ先生」
「はい」
「1つ、良いことを教えてあげましょうか。私にとって教えるのは不利益ですが、そろそろ知っておいた方がいいかと」
「……?何でしょう」
「あなたの癖です」
「癖?」
「本心と違うことを言う時、出だしが少し吃ります」
「えっ」
「ずっと昔からの癖ですよ。なかなか面白い癖だなぁと思って見てました。嘘を吐いてると分かりやすくて良かったです」
自分の癖を指摘されるのは恥ずかしくてたまらない。そんなに私は言葉を吃らせていただろうか。
「この後に用事なんてないんでしょう?」
「仕事という意味では、明日の分をやると考えれば、この後用事を作る事はできます」
「仕事ですか……。私との食事の時間は嫌ですか?」
「いえ滅相も無い。鬼灯様との時間は楽しいですよ。本当に」
胸が苦しくなる程に。好きな人との二人で過ごす時間を、どうして減らしたいと思うだろう。本当ならば、このままずっと二人でのんびり過ごしたい。一緒に居たい。こんな、嘘も満足に吐けない鬼となんて、鬼灯君は真っ平御免だろうけれども。
「ただ、鬼灯様が時間を気にしているようでしたから、早めに切り上げたほうがいいのかなと」
「そういう解釈でしたか」
グイッと升が傾く。やはり絵になる人だ。だいぶ飲んでいるように思うけれど、顔色ひとつ変えず、呂律も眼光もいつも通りである。私は腹も満たされてきたので、手持ち無沙汰に小さく切った揚げ出し豆腐を口に入れる。出汁を吸って硬さを失った衣は豆腐と一緒に舌で押し潰した。
「カヱさん、少し気になっていたんですよ」
「何がですか?」
「貴女についてです」
私の事で気になる事とは、なんだろう。
「未だに浮いた話が全くないので」
「……あー。そういう……」
私に恋人がいれば、そちらを優先してさっさと帰ろうとするだろう、という事だろうか。
「居ませんよ。きっと生涯独身ですね」
情けない発言に聞こえるかもしれないけれど、鬼灯君は女は結婚してこそ云々を言うような人ではないから、曖昧に笑って誤魔化して相槌打って女としての自分の価値を低める事はしなくていい。素直に思っていることを話せる関係が成り立っている異性は、私にとってとてもありがたい存在だ。
「それにしては私と個室に入るときに周囲を見回していましたね。何か問題があるんですか?」
「最近現世もこちらも忖度忖度煩いじゃないですか。閻魔大王第一補佐官の鬼灯様と私が一緒に居て、私の在籍する学び舎の生徒が多くそちらに流れるとなると、良くない噂が出そうだなぁと思いまして、周りに知り合いがいないか確認をしていたんですよ」
「成る程。では仕事を抜きにすれば、私個人と個室に入るのは問題ないんですね?」
「ええ、全く。逆に聞きしますけど、鬼灯様は私と個室に入って大丈夫でした?」
「私も問題ありません」
「鬼灯様も浮いた話ありませんもんね」
「煩い猫又が有る事無い事書こうとしてくれますがね」
「まぁ鬼灯様は沢山の方の恋泥棒ですから」
鬼灯君は目をパチリと開く。久しぶりに据えた目が刮目されたな。何かおかしな発言でもしたかしら。
置かれた升の中身が無いので注ごうとしたら、手酌でやりますからお気になさらず、とやんわりと断られた。
「久々に聞きましたその単語。語彙が古いですよ」
トクトクと注がれるお酒は升の中で波打ち、そしてまた呑まれてすぐにカラになる。水を飲んでるのかと錯覚を起こしてしまいそうだ。
「仕方ないではないですか、現世とはあまり関係のない場所にいるのですから、触れない分言葉は増えませんよ」
「話は戻りますが、泥棒と言っても、泥棒は獲物をしっかり吟味して、そして綿密に計画を練ってこっそりと泥棒行為をします。ですから対象者でもない他人が勝手に恋泥棒と騒ぐのはどうかと思うんですよ」
言葉の揚げ足取りが始まる。言葉1つ1つを咀嚼して、なんか変だ、というのはお酒を沢山飲んでいる証拠だ。前にもこんな事があった。
「でも泥棒だって急にあの家に押し入ってやる!ってなるかもしれないではないですか」
「それはきっと暴力沙汰に発展しますので強盗です。別物です」
「……」
「私が泥棒だったら」
「はい?」
では恋泥棒ではなく恋強盗になるのだろうか等と考え込んで自身の絡めた手を見ていたら、鬼灯君が口を開く。わざと悩むような、顎に手をやって考えるそぶりを見せる。小さな口の中、チラリと見えた牙も蠱惑的だ。
ああ、やはり綺麗だな。考える仕草も絵になる。
「私が泥棒なら、対象者の心臓を射止めますよ」
「そうですか。ではその対象者が現れた時には、ぜひ射止めてあげてください」
いつか訪れるだろう鬼灯君の恋心を考える。彼は表情があまり変わらないから、誤解されるかもしれない。そうはならないように、鬼灯君が幸せを掴めるように、どうかその時は相手の心を射止めて欲しい。
矢が刺さったわけではない胸が痛くなるのは、私の恋心とやらが行き場を失っているからだろう。表情は崩れていないだろうか。ちゃんと笑顔で対応できているだろうか。
ジクジクと四千年かけて拗らせた恋心が、腐った果実のようにドロドロとしていて、自分が情けなくなる。
「もう射止めてると思うのですが」
「えっ!?対象者がいるんですか!?」
「ええ」
サラリと言ってのけた鬼灯君に、驚きで胃の辺りがきゅう、となった。えっ、好きな人がいるの?全く気付かなかった。いや、当たり前か。好きな人が出来たって先生に伝えるような子では無いし、そもそももう子供では無い。好きな人がいて当たり前なのだ。
なんで私は鬼灯君が誰かへの恋心を持っているという考えに至らなかったのだろう。決まっている、自分にとってその方が都合が良いからだ。聖人面しても所詮私は鬼だから、鬼灯君に幸せになって欲しいと思いつつ、その隣にいるのは自分であって欲しいと願う腐った性根があったのだろう。無意識下で情けない。
子供を導く教師がこんな大人だと悟られてはいけない。こんな大人が教鞭など、どうして執れるだろう。
「それならば私と二人きりになってはいけませんよ。あらぬ噂が立てば、意中の方との距離が広がってしまいますよ」
「それは問題ありませんよ」
私みたいな奴相手に噂が立つはずないと。そういう事か。それにしても、相手はピーチマキちゃんだろうか?お香ちゃんは幼馴染で、そのまま恋に発展しているのかもしれない。とても喜ばしい事だ。そして、私の気持ちは変わらず硬い貝殻の中に閉じこめたままでいるのが大切だと改めて心に刻む。
私は夢を見た。甘い夢だ。鬼灯君と恋人になりたい。一緒に手を取り合って幸せになりたい。想い想われたい。実に子供っぽい、幼稚で自分本位な夢だ。
そんな夢が叶うはずはないと分かっていた。だから、ずっとその夢は夢のままで終わらせてきた。そして現実が迫ってきているのだから、これからはこの夢も見なくなるだろう。
それで良い。私の独りよがりな気持ちなど、腹の奥底にあれば良い。
「まだ分かりませんか」
「ピーチマキちゃんか、お香ちゃんかなと考えています。妲己さんは無さそうですし……」
「ええい焦れったい。貴方ですよ、カヱ先生」
「えっ」
えっ、今なんて言った?
私?何で?何処をどうして?
「有り得ない」
「貴女は何処までも失礼な人ですね。私の気持ちを有り得ない等と」
だって、見目も良くない、蹴れば当たる石ころみたいな生き物の私を好くなんてどうかしている。万年干物女と言われたこともあるのだ。そんな私に、鬼灯君が?心臓を射止める対象者???
「ごめんなさい、ちょっと頭が追いつかないです」
「ではもう一度ゆっくりお伝えしますよ。私は、カヱ先生を、お慕いして、おります」
そんな噛みしめるように言わないでよ!と心の中で叫ぶ。喉は緊張やらなんやらでカラカラだし、驚きのあまりヒクヒクと痙攣して声が出ない。
「カヱ先生がずっと独身なので安心はしていましたし、もう少しこの状態を楽しんでも良いかなと思っていたのですが、そろそろ次の段階にも上がりたいと思いまして」
「えっ…と」
「顔が真っ赤ですよ。初々しいですね」
指摘されて、顔を手で覆う。本当だ、熱い。恥ずかしい。何だこれ。
「見ないで下さい」
「生涯に一度の、知人から恋人へ立場が変わる場面です。照れて顔を隠す動作もなかなかにクるものがありますが、一度しか見られない表情を隠されてしまうのは勿体無い」
畳の上を重心が移動するみしりという音。すぐ近くに来た彼は、私の手首を掴んで、いつもの力任せではなく、導くように畳の上へと移動させた。
「それで、返事は?」
「へ、返事??」
「私はお慕いしていると伝えました。つまり、カヱ先生とお付き合いしたいという事です。それに対しての返事をまだ頂いていないので、お答えいただけますか?」
「…っえっ……」
約四千年胸の中にしまい込んでいた言葉たちが頭の中を駆け回って、どれを言えばいいのか判断がつかない。拗らせ過ぎた恋心だから、言葉が見当たらない。
「まぁ回答なんて分かってますけど。ずっと熱い目線くれていましたから」
「あ、熱い目線なんて、そんな」
「無自覚でしたか?私の師であるのに、随分とまぁ、可愛い方だ」
眼前に迫る綺麗な顔に、更に言葉は拡散してしまう。何も考えられない。ああでも、彼は今、言葉を求めている。答えないと。
好きで、好きで、ただ好きで。大切にしたくて、幸せになって欲しくて、守ってあげたくて。
守られてからは愛してしまって、恋してしまって、大切にしている分見返りが欲しくなってしまって、同じように大切にされたくて、一緒に幸せになりたくて。
「私も、お慕いしております」
「上出来です」
どうにか絞り出した言葉に、鬼灯君は珍しく表情を変えた。
ああ、本当に、美しい。
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