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都市伝説
その廃屋には、心の病んだ少年が住み着いている。
都
市
伝
説
部活で遅くなった日の帰り道、自転車を漕いでいると元ランドに入ってゆく人影を目撃した。
ざわざわと風に揺れる木々の奥には心の病んだ少年の魂が今も漂っているのだと聞いた事がある。
勿論信じてなんかいない。
幽霊だの悪魔だの、そんなものは所詮人が創り出した恐怖の形だ。少なくとも私はそう思っている。
なのに私は、その野良猫のように何の躊躇もなく雑木林にするりと入っていった人影に恐怖を感じた。
人が近寄らない所へ向かう者にまともな人はいないという本能がそうさせたのだろう。
私はペダルを漕ぐ足を早めてその場を去った。
翌日も帰路の最中に雑木林に近付く人を見かけた。
昨日と似た細身のシルエット。
きっと同一人物だ。
陰は街灯の下に入った。
おかげで相手の素性が分かる。
それは季節外れにやってきた転校生三人組の一人だった。
やんちゃな人でもない、ニット帽と眼鏡がトレードマークの真面目そうな人でもない、一番普通の人。
確か名前は六道骸。
同じクラスだけれど、話した事は一度たりとも無い。
相手は自転車を漕ぐ私に気付いたのか、こちらを見て、緩やかな笑みを浮かべた。
ブレーキをかける。
人懐こそうな人。
初めて間近で見た。
「こんばんは」
「こんばんは」
ありきたりな挨拶に鸚鵡返ししかできない自分。
会話が途絶えてしまったので、また明日と云う、これまたありきたりな挨拶をして別れるのかなと思った。
「今帰りですか?」
同い年なのに丁寧語。
それはそうか、制服が同じで顔を知っているだけの者同士。
ただ目が合ったから挨拶を交わしたまでならば、丁寧語にもなるだろう。
「うん」
「遅いですね、危ないですよ?女の子が一人で」
相手が空を見上げたので、つられて私も空を見上げる。
西の空が僅かに群青色なだけで、他はすべて闇に染まっていた。
「えぇと、ミョウジナマエさんでしたよね?」
名前を呼ばれて首を元に戻す。
私の名前、覚えていたんだ。
しかもフルネーム。
「うん。六道骸君だよね?」
「はい。骸と呼んで下さい」
「じゃあ、私はナマエで」
お互いに顔を知るだけの仲になってだいぶ経つのに、今更名前の確かめ合い。
それをしなければならないほど、私達は互いの事を全く知らない。
「ナマエさん、昨日も確かこの時間に帰ってましたよね」
「よく知ってるね」
昨日も暗かったし、私は街灯の下を走らず道の中心を走っていたのに。
その意味を汲み取ったのか、骸君は含みがありそうな少しおかしい笑い方をした。
「僕、夜目が利くんですよ」
「梟みたいだね」
「首は回転しませんがね」
「回転したら怖いよ」
「そうですか?自分の背後をちゃんと視れるんですよ?」
そうだとしても、背中を向けた姿で首だけこちらを向いた姿は想像すると怖い。
クフフ。とまた含み笑いをする骸君。
「背後には気を付けた方が良いですよ?特に女性は。変質者がいつ何処で狙っているか分からないですからね」
「まぁ、確かにそうだね」
でも今のご時世ではこの人も同じだろうと、心の中で囁く。
骸君は綺麗だしね。
今は女だからという考えが薄れて非力な人間が襲われやすい。
とは云っても、同い年の男女どちらが非力かと問われれば、誰もが女を示すだろう。
だから女は的になりやすい。
「例えばこの雑木林」
芝居じみた動きで骸君は雑木林を指す。
闇を抱えた林は葉の擦れ合う音しかしていない。
「ナマエさんは噂、知ってます?」
「気狂いした少年の話?」
「はい」
「知ってるけど、噂がどうかした?」
「噂が何故出来るか、考えた事はありますか?」
何故出来るのか、そんな事、興味すら無いから考えてもいなかった。
骸君はどうやら答えを私に求めていなかったらしく、私が考えているうちに喋り出す。
「理由は三つあると思うんです。否、本当はもっと沢山あるのでしょうね。でも僕は大まかに分けて三つに絞り込んだんですよ」
「うん」
適当に相槌を打つ。
何でそんなに嬉しそうに話すのだろう。
「ナマエさんはどういった時に噂を流しますか?」
「さあ……噂を流したいと考えて意図的にやった事は無いから分からないよ。骸君はあるの?」
「さぁどうでしょう」
肩をわざとらしく下げて、小首を傾げる仕草。
他人には訊いておいて、誤魔化すんだ。
沈黙でいれば、骸君は気にとめた様子もなく語り出す。
街灯の下、光と陰の境目がはっきりとしている空間はまるで舞台と観客席みたいだ。
何でそんなに嬉しそうなのだろう。
「人はね、人を陥れる時に噂を流すんです。噂で人は潰れますからね」
「知ってる」
中学生になれば嫌というほどに知っている。
いったい何人が噂に傷付いて、教室から姿を消しただろう。
骸君は頷いた。
とても満足そうな笑み。
「二つ目は、迷信を信じている大人が流すというものです」
「……そういうのも、あるかもね」
「あるかもねではなく現にあるんですよ。だから今でも風水が生きているんです。方角で良いとか悪いとかね」
「じゃあ、この雑木林の在る位置が悪いって事?」
「そうです。人間は何かに対して自分が非力だと分かった時、呪術にも似た行為をとりますからね」
「私は無宗教だけど」
「日本人はだいたいがそうですね。それにこの噂にこれは該当しないでしょう。でも、そういうのでも噂はそろりと現れるんですよ」
今回は関係ないなら、いちいち題材として挙げなければ良いのに。
黙っていれば、相手は笑顔で最後は。と言った。
「まさに迷信です」
「……どういう事?」
「そのままの意味です」
ナゾナゾを言われた気分。
きっと私は訝しげな表情をしたのだろう、骸君は朗々と語りだす。
本当に朗々と。
「迷信というのはね、それをして欲しくないとか、気をつけて欲しいという気持ちから生まれる物が主なんですよ。沼に近づくと河童に引きずり込まれると云うのは、子供を危険な沼に近付けない為に作られたものですしね」
「じゃあ、この噂も?」
「はいそうです」
骸君はとても嬉しそうに笑う。
なるほど、この雑木林には危険が沢山あるから、近付くなという事なのか。
では、骸君は、何故暗い夜になってから雑木林に入るのだろう。
分からない。
否、認識していても理解するつもりがない。
ただ理解してしまった部分もある。
それは、骸君がこの雑木林に近付くなと言っていることだ。
それは忠告なのか、警告なのか。
「とにかく、気を付けて下さいね?ここを通るのは危険ですから」
そう言って骸君は道を開ける。
帰れと言うことか。
「じゃあまた明日」
「はい、また明日」
ペダルに足を乗せる。
上から押すように漕げばぐんぐんと風を切って走る。
角を曲がって暫らくしてから、脳裏を何かが掠めた。
私、心配されたくせに骸君に何も言っていない。
せめて雑木林に入るなと言うべきだった。
もしこれで骸君が明日学校に来なかったら、変死体で見つかったら、後悔する云々では済まない。
一言何かを言って自己満足でも良い、後悔しないなら言った方が良い。
取り越し苦労でも良いから一言告げよう。
自転車を半回転させ、来た道を走る。
空はもう闇色しかない。
なのに骸君の姿はどこにもない。
内心舌打ちしつつも、街灯の下に自転車を置いて、鞄を肩に提げて雑木林に入る。
「骸君」
名前を呼びながら中に、中に。
進む先にはただただ闇があるだけ。
携帯電話の画面を前方に向けて、たまにボタンを押しながら光で照らして歩く。
「骸君!」
動く物を見つけて走りよれば、揺れる樹だった。
闇は人を狂わせる。
どこから来たのか分からなくなる。
ひたすら前だと思う方角を歩いていると、廃屋が現れた。
こんな物があったなんて、知らなかった。
「骸君」
辺りを見回しながら名前を呼ぶ。
誰もいない。
「むく……」
後ろからヒヤリと冷たい物が口を塞ぐ。
頭の中が真っ白に染まった。
逃げなくては。
本能的にそう思ったが、身体は動こうとはしない。
死ぬのかな。
ヤられて殺されるなら簡単に首をかっ切って欲しい。
「ね?ナマエさん、背後が無防備なのは良くないでしょう?」
飄々とした声が耳元でする。
吐息がかかるほど近い。
口を塞いでいた手が退く。
首を間接人形のようにカクカクと動かしながら振り返る。
陰ばかりの世界でも相手が誰か分かる。
骸君だ。
「危険な行為をするのが好きなんですね」
「違うよ」
「では何故ここに?」
「骸君に、雑木林に入っちゃ駄目だよって、言おうと思って」
自分も入ったくせによく言う。
骸君は少し目を見開いて、それから笑った。
「ナマエさんもここにいるじゃないですか」
「骸君に言わなくちゃと思って」
「僕がここにいるのは探求心が刺激されて、ついつい中に足を踏み入れてしまうからなんですよ」
「危ないよ」
「心配してくれているんですか?ありがとうございます」
相手を心配するのが感謝の対象なら、私も骸君に感謝をしなければならなくなる。
だから感謝の言葉に対して首を横に振る。
私は感謝をされることは何一つしてないよ。と、態度で示す。
「とにかく一度出ましょう。取り憑かれてしまいますからね」
「何に」
「気狂いした少年」
骸君は動かない私にこの上ないぐらいにんまりとした笑顔を向けてきた。
月明かりの下、陰が縁取る笑みは背筋を凍らせる。
嗚呼、理解したくなかったのに理解してしまったじゃないか。
そんな笑顔、向けないでよ。
来なければ良かった。
聞かなければ良かった。
さっさとここから去れば良かった。
そうすれば、この表情が如何に歪みを内包したものか、気付かずにいられたのに。
骸君に連れられて林を歩く。
噂が流れ始めたのは骸君が現れた頃からだった。
骸君が、ここに近付かれたくないから吐いた噂。
何でかは知らない。
でも、分かる事はある。
それは、私は帰り道を変えるという事。
そして、ここには二度と近付かないという事。
街灯の下にある自転車に案内される。
「では、また明日」
「うん。また明日」
自転車を漕ぐ。
風を切って走る。
私は一度も振り返らずに帰った。
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