その他夢小説 | ナノ
act.10
月がとっても
蒼
いから
遠回りして帰ろう
蒼
月の詩
月に近づきたくて塔の屋根に座る。
ハルモニア最高指揮官の手下たちが住まう塔。
下は騒がしいようだ。
私はそんな血の気の多い人たちの住む塔の屋根に、一人のんきに腰掛け蒼い月を見る。
「月がとっても蒼いから〜遠回りしてか〜えろ〜、か」
帰る場所なんて何処にもない。
故郷の場所すら今では曖昧な上に、きっともうどこかの国の一部になってるだろう。
溜め息をついて、案外急な斜面に根転がる。
視界全てに広がる輝きは痛いほどで、目を閉じた。
「此処で何をしている」
まだ若いだろう男の人の声。視線を上に向ければ私を見下げる人が居た。
おかしな仮面を付けていて、起きあがった私をじっと見ている。
「月が綺麗だったから」
「……」
「近場で一番高い塔がこれだったんです」
私は月を見上げる。
引力が最も強いからか、蒼い月は先ほどよりも大きかった。
若い男も月を見上げた。
「隣に座りませんか?」
「……」
「月が蒼く綺麗な時は、遠回りして帰るものですよ」
私が笑って言えば、男は溜め息を吐きながら私の横に座る。私は首が痛くなるのを承知で空を見上げる。
「貴方は恋をしたことがありますか?」
私は答えを聞く気もないのに疑問系にした。
私はただ、この二人しか居ない空間で独白をしたかったのかもしれない。
あの愛しい時間を思い出したのかもしれない。
「私は15年前、初めて恋をしました。でも彼には結果的に何も言わずに終わったんです。今も愛しくて仕方ないのに」
男は黙って聞いている。いや、聞いてなどいないかもしれない。
表情が伺えないので全く分からない。
「彼と一緒に居る時間が好きでした。一緒に居るだけで気持ちが満たされるんです。ずっと旅をしてきて、あんな幸せな時間は他に体験したことがありません」
「……」
「でも彼は私の名前すら知らなかったかもしれない。常に私を呼ぶときは名前ではなかった」
男がゆっくりと空を見上げるのを私は横目で見た。
「私は、彼に気持ちだけは伝えたかったんです」
「……何と?」
「そうですね……彼を前にしたら『私はあなたを支えるには力不足かもしれない。それに年老いてゆく。けれど共に歩ませて欲しい!』と言うでしょう」
「……」
「彼だったら、なんて言うと思います?冷淡な印象を受ける、本当はとても優しい人なんです。昔私と戦ったとき、彼は私に凄く手加減してくれたんですよ」
仮面を付けた人は、空を見たまま少し時間を置いて、言った。
「『僕はもう立ち止まることは出来ないんだ。君は綺麗な世界で生きてる人間だからこちらに来てはいけない』と言うんではないかな」
「でも私は『それでも良いから、共に行きたい!!』と言うでしょう」
「……」
「……私は彼を助けることができなかったのかなぁ」
「……きっとこう言うだろう。『君と過ごした時間は僕の何よりもの支えになった。それだけで十分だ。だから君は生きてくれ』と」
「そっか……」
「……」
空を見上げたが視界が滲みすぎて何も見えない。目尻からポロポロと流れ出るそれをそのままにした。
蒼が滲んで泪月に見える。
屋根についていた手に、素肌の彼の手が重なる。指を絡めるように握ってくれた。
「いつか、ルックという……少年に逢ったら」
「……」
声がうまく出てこない。咽が痙攣を起こして嫌だ。
泣くつもりなんて無かったのに。
「私の気持ちを伝えてくれますか?」
「勿論だ」
「……」
私は空をまっすぐに見て涙だけ流した。胸が締め付けられる。彼は黙って私を見ていた。
私は泣き顔を見られても嫌ではなかった。
泣き止んだ頃には、また月は遠くになっていた。
引力は弱まったのだ。
手を名残惜しくも離す。
「最後に良いですか?」
「……」
「彼に私の気持ちは伝わったのでしょうか」
「きっと……必ず伝わっているさ。それから」
彼は少し口ごもった後、
「……君の愛する男も、君のことを15年前からずっと愛しているさ」
私はまた目頭が熱くなる。
もしも15年前、私が気持ちを伝えていたらこんな事にはならなかった?
昔のことを悔やんでも何も起きない。
「心遣い……有り難う御座います。また、お会いしましょう。『さようなら。またね』」
「あぁ、『また会おう』」
私は右手に付けた風の紋章でテレポートをする。
熱を持つ腫れた瞼を持ち上げたら、もう森の中。月は果てしなく遠い。
「月が……」
彼と私が読んだあの厚い物語のワンフレーズ。
私が詠むのはあればかり。
私の声は掠れて出なかった。声の代わりに涙が溢れた。
深呼吸をする。
大丈夫。
まだ大丈夫。
彼に死んではいけないと言われた。
腫れた瞼を冷たい指で冷やす。私は私のするべき事を考えよう。
彼をどうやったら救えるか、考えよう。
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