デスノ 君と私は足してゼロ | ナノ
1日 旗幟鮮明
「取り敢えず、ケーキを買ってきて下さい」
「それが人にものを頼む態度かよ」
「買ってきて下さい」
「今の私は無一文なんで残念だったねぇ買い物には行けないよ。欲しけりゃ自分で買いに行きな」
朝一番の電車に乗って空港に行ったのだ、此処にやってくるまでに金を下ろす暇がどこにある。空港でドルをポンドにある程度替えたけど、それも来る途中で使いきった。カードが無かったら詰んでたよ。
そんな私に金があると思うなよ、安月給の平社員なんだからね。
睨み付ければLは嘲笑った。
この私を、だ。
何様だ。俺様か?違った、世界の名探偵L様か。本当に何様だ、気持ち悪。
「何の為にワタリがカードを渡したと思っているんですか。それで買えって事ですよ」
「たかがケーキ屋でブラックカードを出したら店員がビビるっつーの。これだから世間知らずは」
「店員なんて知りません。良いから買ってきて下さい」
「世間知らず」
「シャリよりは世間を知っていますよ」
「政治とか情勢とかじゃなくて、私生活でって事」
こいつと話しても埒があかない。何てったって万年引き籠もりなのだから。
君
と
私
は足して
ゼロ
旗幟鮮明
ホテルの最上階を出て、地上に降り立てば昼過ぎの世界。ああ、本当なら私だって仕事をしている時間なのに。
いや、もうこの考えはやめよう。
不毛だ。
取り敢えず、一応自分のカードを持ってるし、それでケーキを買おう。そうすれば店員をビビらせないで済むし、私も私で窃盗容疑をかけられないで済む。
本人名義じゃないカード使って逮捕されたら私の経歴に傷がつくっていうか私の心臓にも悪い。
たかが買い物にビクビクしなくちゃならないなんて、冗談じゃない。買った物は全部、後でワタリさんに請求すれば良いんだし。
一週間でこの仕事も終わるわけだから、一括払いにしておけば引き下ろしまでに使ったお金は手に入る。残高が足りないって事にはなるまい。
うん、私賢い。どこぞの探偵より世の中を生きていける素質を持ってるよ。
デパートへ行って、ケーキが並ぶショーウィンドウを眺める。
「済みません、ここのカットされたやつを一種類ずつ下さい」
店員はぎょっとした表情をした。全部一つずつ買うなんて珍客、今の今までいなかっただろう。私だって言っていて何やってんだかと思っている。
でも旅の恥はかき捨てって言うくらいだから、気にしたって仕方ない。どうせ一週間の生活だ。いっそやりたい放題させてもらおう。
ケーキ代をカードで支払って、ついでに自分の食事も買った。
Lは甘い物以外はあまり食べないから、ひとまずはケーキだけで良いだろう。ホテルに帰って部屋に入ると、今度はお迎えがいなかった。
「ただいま」
返事がない。
居るのは間違いないんだから、返事くらいすれば良いのに。相変わらず興味が無い事には本当に無関心になる性格のようだ。
台所に行って、ケーキを冷蔵庫に詰めていく。
Lはリビングでパソコンと睨めっこ中だ。
これで少しは静かにいてくれるだろう。口を開けば悪態ばかりだから、このまま一生静かでいてくれたら有り難いんだけどね。
ああ、何でこんな奴と一週間を過ごさなくちゃいけないんだ。拷問以外のなにものでもないよ。
一度大きく息を吐けば、急に身体が重たくなった。
襲いくるのは倦怠感。
それはそうだ、深夜に電話が来て、慌てて身仕度をしてここまでやってきたのだから、疲れているに決まってる。
少しはゆっくりしたい。
視線を巡らせれば茶器一式があって、流石ワタリさんだと思わず口元が緩んだ。ワタリさんはイギリス紳士だけあって、紅茶に関しては徹底している。
彼の淹れる紅茶は一等美味しくて、私は彼の紅茶が飲めなかったのが今日一番のガッカリだったりする。
仕方ない、自分で紅茶を淹れるか。
アメリカではティーパックを使用していたけれど、茶葉から淹れる方法は一応ワタリさんに教えてもらった事がある。確かティーポットとティーカップはお湯で温めて、茶葉はティースプーン一杯。
水は軟水だったかな、硬水だったかな。ワタリさんは確か……水道水を使っていた、はず。
よし、水道水を使おう。
記憶を辿って淹れると紅茶は綺麗な琥珀色に染まって、香りの良いものが仕上がった。
せっかくだ、Lにもやるとしよう。
「L」
名前を呼んでも返事はない。
仕事熱心というべきか、何と言うか。でも一つの事に集中して周りの声が聞こえないのはアウトじゃないの?
プログラマーとか一つの物を作る仕事ならそういうのも平気だけど、探偵でこれはアウトだろ。
これで世界の名探偵と謳われているのだから、おかしな世界だ。周りが勝手に崇めているっていうのがよく分かる。
「紅茶淹れたよ、飲む?」
Lがくるんと首をこちらに向けた。ギョロリとした瞳に私を映して飲みますと一言。
「ついでにケーキを」
「はいはい」
「ハイは一回ですよ、シャリ」
「へーへー」
「駄目な大人ですね」
「お前に言われたかないね」
紅茶を置いて、冷蔵庫からケーキを一つ出して皿に置く。勿論自分の分のケーキも出して。
「L、どっちのケーキが良い?」
「両方」
「タルトね、了解。じゃあ私は苺のショートをいただくとするよ」
「それ誰のお金で買ったんですか」
「私のクレジットカードだよ」
「請求は?」
畜生、よく分かってるじゃないか。私が買ったんだから文句無いでしょ、と言うつもりだったのに。
請求書を誰に渡すのかと言われたら、それはワタリさんとしか答えられなくて。
「一回のティータイムに一つしか出さないよ」
タルトをLの前に置いて、私はLとテーブルを挟んで対面する位置のソファに腰掛ける。Lは私を睨んでくるけれど、昔から何かと口論をしている私にそんな睨みが効くはずない。
ああ悲しいかな、Lの睨みに慣れているよ。
「ワタリはこんなケチな事はしませんでした」
「ケチじゃなくて、一般常識」
「私は一般常識で生きている訳ではないので」
「一般常識範囲内で生きろよ」
「身分上無理ですね」
「身分上普通の暮らしが出来ないのと、甘い物を暴飲暴食するのは関係ないから」
「頭を使うんです」
「こっちは体力使ってんだよ」
「年ですねぇ、たったこれだけで体力を使ったなんて」
「同窓だからLと私は同い年なんだけど」
「身体の鍛え方が違うんですよ」
「鍛える?引き籠もりのくせに」
はんっと笑ってやれば、Lのフォークの動きが止まる。
「蹴りますよ」
「世界のLが女に暴力振るうなよ。ハウスの子供達が泣くぞ」
「シャリが言わなければバレません」
「駄目な大人代表だね」
「口だけは達者で中身が無い大人には言われたくありません」
「口が達者って事は頭の回転が早いって事だよ」
「万年ビリがよく言いますよ」
万年ビリ、というのはワイミーズに在学中の頃の私を指す言葉。学生時代、定期テストでいつも最下位だった私に付けられたあだ名のようなものだ。
捻りの無いつまらないあだ名に、頭が良くても単純だと内心ほくそ笑んでいたのは懐かしい記憶だ。
「教師に呼び出されていましたよね」
「まぁ、名前も書かなきゃ呼び出されるね」
「何でそんな事をしていたんですか、最初から白旗を掲げるなんて理解に苦しみます」
「探偵Lになりたくなかったからだよ」
Lが元々大きな目を更に大きく開いた。
それはそうだろう。
私達の世代は、探偵Lになれる人間を育成する為だけに集められたのだから。
「それなら、何でワイミーズハウスに居たんですか」
当たり前な質問にLも存外普通だなと笑う。それくらい推理すれば簡単だろうのに。
「私を拾ったのがワタリさんだからだよ」
「確か、シャリはロッカーベイビーでしたね」
「ロンドンのね」
「良かったですねワタリに見つけてもらって、マフィアに見つかっていたら今頃どうなっていたか」
「それはそれで、その生活が普通になってるんだろうけど」
勿論ワタリさんには感謝してる。まだ頭が良いかどうかも分からない私の養い親になってくれて、衣食住だけではなく学校にまで行かせてくれたのだから。
尤も、学校生活は変人まみれのワイミーズハウスだったのだけれども。
あそこは変態の巣窟だったな。特にBとG。
「シャリがLになりたくなかったからテストを白紙で出していようと出してなかろうと、後ろから数えたほうが早い順位なのは間違いないでしょうね」
「それはどういう意味かな?」
つい嫌味に反応してしまえば、Lはそれも分からないんですか?と馬鹿にする様子。分かっているよ馬鹿野郎。
頑張ってテストをやったとしても、上位になる訳が無いからLになりたくないからといって白紙で出す必要はなかった。そう言いたいのだろう。余計なお世話だ。
私はあの空間で馬鹿みたいにLになろうとする奴らと同じように生活したくなかったから、そのせめてもの反抗に白紙の解答用紙を出していただけだ。
「ところで、シャリ」
「ん、何」
「ケーキ、もう一つ食べるので、紅茶も淹れて下さい」
「ケーキが主で紅茶がサブかよ」
「一回のティータイムで一つのケーキを出すとシャリが言ったからです」
一日中ティータイムにする気か、この野郎。
旗幟鮮明(きしせんめい)
態度や主義・主張などがはっきりしていること。
- 2 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -