デスノ 君と私は足してゼロ | ナノ
0日 侃々諤々
枕元で突如大きな音を奏でる電話。
チクショウ誰だよ、こんな明け方ギリギリの時間にかけてくる奴は。非常識だろう。
音源に手を伸ばして辺りを探れば振動している携帯電話があって、掴む。画面も見ずに通話ボタンだろう場所を押して欠伸を我慢せずに声を出す。
「Hello?」
『シャリさんですか?』
「わ、ワタリさん!?」
驚いて起き上がる。ベッドが軋んで、私はボサボサの髪を掻き上げた。
『ああ良かった、シャリさんですね。声が擦れていて分かりませんでした。今大丈夫ですか?』
この時間帯、私の住むアメリカがAM3:00だと分かって言っているのだろう台詞。
声が擦れている理由も、今の時間帯が確実に通話可能なのも分かっていながら訊いてくるのだから素敵だ。これだけ強引な人に振り回される人生というのを味わってみたいものだ。
きっと風と共に去りぬのレット・バトラー並みに私のハートを根こそぎ持っていってくれるに違いない。
ああ、ワタリさんがせめて後20歳は若ければ。
否、老紳士で物腰柔らかなのに強引というのがポイント高いのだから年齢云々は関係ない。
そう、人はギャップ。
そこに女はハートを射ぬかれるのだ。
『シャリさん?聞いていますか?』
「え?何がですか?」
ワタリさんが電話越しに溜め息を吐いた。
これはたまらん。老紳士の溜め息姿を妄想して、思わず口元がにやけた。
『もう一度言います、よく聞いて下さい』
「安心して下さいワタリさん、私はワタリさんの言葉を一字一句逃しはしません」
『先程聞き逃していましたがね』
「それは寝起きだからです」
またもや溜め息。嗚呼、いっそ録音していたい。ワタリさんがワイミーさんでしかないのであれば、間違いなく録音しているのに!
『本題に入ります』
「はいどうぞ」
『今からイギリスに来て下さい』
「……え?」
私は今、地球上のアメリカ大陸のニューヨークシティ郊外にあるアパートメント三階の一室に居るんですけど。
そして、今日は平日だから朝日が昇って暫らく経ったら化粧して会社に行かなくちゃいけないんだけど。
なのに、今からイギリス?
どういう事?
『ロンドンに着きましたら、今かけているこちらの番号に折り返し電話を下さい』
「あの、私そんな事したら会社をクビになっちゃいます」
『安月給なのですから、クビになったって良いではないですか』
「酷い!」
『では、お待ちしております』
通話が一方的に切られる。
何という現代版レット・バトラー。
これでときめけたら真性のマゾヒストだ、間違いない。
と言う事は、私は真性のマゾヒストか。よく分かった。
君
と
私
は足して
ゼロ
侃々諤々
移動時間はひたすら寝て、辿り着いたイギリス、ロンドン。相変わらずごみごみしているというか、都会ですこと。
「電話電話っとおっ!?」
飛行機内は電源を切っていて、その後は地下鉄に乗っていた為に常に圏外だった私の携帯電話は、地上に出るとすぐにメールを受信した。宛名は不明。開けば、ホテル名と部屋番号。
ワタリさんは私の乗る飛行機までお見通しという事ですか。頭の良い人は何考えてるかさっぱり分からん。
分かりたいとも思わないけど。
私はノーテンキさが取り柄なのだから。
タクシーに乗り込んで、ホテル名を告げる。降りる時に領収書を貰うのも忘れない。ここまでにかかった費用、安月給の私に実費なんて痛すぎる。ワタリさんに請求するとしよう。
ホテルに入って最上階へ行けば、そこはスウィートルームが一つだけ。
扉をノックすれば、勝手に開いた。二重扉になっている堅牢な造りに、奥にアイツが居るのだと確信する。一つ目の扉を閉めて、二つ目の扉に手をかける。
勢いよく開けて、私は鞄に入れた玩具を掴んで前に向ける。
「手を挙げろ!大人しくしないと、いっ!」
痛い目見るぞ、と言うつもりが、痛い目を見る。額に当たった何かがあまりに痛くて、手に持っていた水鉄砲が床に落ちた。
「いってーな!てめぇこの野郎!」
「何ですかその口の聞き方は。そんなだから嫁の貰い手が無くて独身なんですよ」
「はあ?私はしたくないからしてないの。だから独身貴族って言ってくれる?だいたいそっちこそまだ独身でしょうが!」
扉を閉めて、鍵を掛ける習性は悲しいかな身についていて。
「よく言いますよ。昔は将来の夢はお嫁さんと言っていたくせに」
「私はワタリさん限定のお嫁さんだって言ったよね?!そんな嫁になれさえすれば良い発言はしてないよ!というか、昔の話を蒸し返すとかモテない奴がすることだよ!」
「別にモテたい訳ではありませんので、シャリに心配されるのは不愉快です」
「おやおや奇遇だねぇ。私もLに心配されるのは不愉快だよ」
だいたい何でLが出迎えなのか。
ワタリさんを出せワタリさん。
私はワタリさんに会いに来たんだ。
Lはお呼びじゃないんだよ。
「相変わらず仲がよろしいですね」
「「どこが」」
仲がよろしい?冗談じゃない。
こんなガリガリヒョロヒョロのぎょろ目もやしっ子と誰が仲良いものですか。
ハモるのだってこんなに胃がムカムカするのに。
「……って、ワタリさん!」
「お久しぶりですシャリさん。いっそう綺麗になられて」
「そんな事ないですよ、でもそう言ってもらえるのは嬉しいです」
「ワタリ、眼科に行け」
「煩い黙れよL」
ワタリさんはにこやかに私達を見ている。この笑顔に癒される。許されるなら写メって携帯電話の待ち受けにしたいくらいだ。仕事で荒んだ心が携帯電話を見るたびに癒される。まさに心の癒し。オアシス。
……ああそうだ、仕事。
無断欠勤したから、まずいな。
しかもいつ帰れるか分からないし。
確実に、クビだ。
会社は己にとって使い勝手が悪いと知れたら容赦無く切り捨てる。そして新しい歯車を補充するんだ。なんて世知辛い世の中なのだろう。
こんな優しさの欠片もない社会だから、格差社会が広がるんだ。人を駒としてしか見ない社会が憎たらしい。
「シャリさん」
「はい」
「私はこれから別の用事がありますので此処を離れます。なのでシャリさんにはこれから約一週間、Lの身の回りの世話をしていただきます」
「はい?」
私が?
Lの?
身の回りの世話?
冗談じゃない。
なんで同い年の大人の身の回りの世話をしなくちゃいけないんだ。
「シャリさん」
何か差し出される。
受け取って確かめれば、それは真っ黒な名刺ではなくて真っ黒なカード。世に言う、ブラックカードだ。
これって確か自家用ジェット持ってるとか、資産一億以上とかの人しか持てない幻のカードのはず。
無い無い。有り得ない。セレブ中のセレブが持つカードだ、ワタリさんは持っていておかしくないけど、それを何でわざわざ私に見せてくるの。
何のネタですかこれ。
「上限はありません。Lの為だけではなく、貴女自身も欲しい物がありましたら迷わず買いなさい」
どこのセレブなパトロンが言う台詞ですかワタリさん。突っ込みどころ満載なワタリさんはそれではと言って、私に質問させる間を作らずに部屋を出て行ってしまった。
と、携帯電話がチカチカしていて、着信があったのだと伝えている。
「……」
見れば、会社から。うん、見なかった事にしよう。
これで確実にクビだ。
せっかく探して見つけた就職先を、まさかこんな形でクビになるなんて思いもしなかったよ。晴れて無職か。全然嬉しくないね。
「あ、そうだ、L。私の再就職先を見つけてよ」
「嫌ですよ。何で貴女が就職出来そうな場所をわざわざ私が見繕わなくてはいけないんですか」
「Lのせいで無職になったからだよ。それ位して当然でしょ?」
「私のせい?勘違いしないで下さい。ワタリがシャリに来て欲しいとは言いましたが、来る来ないの決定権はシャリにあったんですよ。なのに私のせいにするなんて迷惑です」
「育ての親のワタリさんに来いって言われたら行くに決まってるでしょ」
「ファザコンですか。いい年した女がファザコン、痛々しいですね」
「いい年した男が身の回りの事が出来ずに義父みたいな人に着替えから食事の世話まで頼ってるほうがよっぽど痛々しいと思うけどね」
Lは眉間に皺を寄せて、親指を噛んだ。どうだ、言い返す言葉もないだろう。
「身の回りの事、出来ますよ」
「へーそうなんだーじゃあ私が居なくても大丈夫だねー頑張ってねーバイバーイ」
「出来ますが、やる時間が無いんですよ。暇ではないので」
「それを上手く時間配分して綺麗にこなすのが大人でしょ?」
「私の仕事量を知っていて言うんですか」
ぐうと言葉を詰まらせる。
煩いな。
忙しいのは知ってるよ。
でもね、私はLの世話をするつもりなんて無いの。
こんな我儘男の世話、誰がするか。
「私はまだワタリさんにやるって言ってないから」
「何を今更言っているんですか。カードを受け取った時点で契約した事になるんですよ」
「は?何で?」
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていましたが、まさかこれ程とは。暗黙のルールですよ」
「そんなの知らないし」
「知らないシャリが悪いんです。良かったですね、今一つ賢くなりましたよ。おめでとうございます。拍手もしてあげましょうか?」
こいつ……!
ああ言えばこう言うとはまさにこの事!
これから世話してもらう相手に対してその態度は何なのさ。
「ま、せいぜい一週間頑張って下さいね、家政婦さん」
侃々諤々(かんかんがくがく)
正論をぶつけ合うさま。盛んに議論するさま。
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