デスノ 君と私は足してゼロ | ナノ
1日 多事多端
「シャリ、紅茶を」
「シャリ、紅茶」
「シャリ、さっきの紅茶は渋かったです。時間をしっかり確かめて下さい」
「シャリ、角砂糖が無くなりました」
「シャリ……」
「だぁぁぁぁあ五分十分おきにシャリシャリうっさいよこの野郎!紅茶くらい自分で淹れやがれ!」
君
と
私
は足して
ゼロ
多事多端
「家政婦が何を言っているんですか。どうせやる事も無いんですから黙って紅茶を淹れていれば良いんですよ」
「Lは紅茶じゃなくて紅茶とセットのケーキが欲しいだけだろが!」
「分かってるじゃないですか、ほらさっさと紅茶を淹れてケーキを持ってきて下さい」
「断固拒否する」
やってられるか。
ソファにクッションを抱えて横になる。一人ストライキだ馬鹿野郎。
わざわざ茶葉から紅茶を淹れる手間を知らないからLは紅茶紅茶言うんだ。きっとワタリさんも最初は紅茶一杯にケーキ一個と言って、こいつの暴挙にうんざりしてケーキを好きなだけ食わせるようにしたのだろう。間違いない。
現に私も、ケーキがそんなに食べたいなら勝手に食えと思っているわけで。でもやっぱり自分が言った事をあっさりと覆すのも癪に触るわけだ。
ああもうワタリさん、私はどうしたら良いんですか。というか、Lはこんな暴挙をあの老紳士にやっていたのかと思うと腹が立つ。
ワタリさんは私のアイドルなのだ。ヒーローなのだ。年末に会った時に白髪が増えていて、何かあったのかと思っていたが……まさかLの暴挙による心労だったなんて。
気付かなくてごめんなさい、ワタリさん。
一人でこんな爆弾人間を抱えていたんですね。
ああ、だからか。
だから急に一週間Lのお守りを私に押しつけて行方をくらませたのか。
そうだよね、息抜きくらい、したくなりますよね。
「よし分かった!」
突然起き上がった私に、Lは驚いた様子。
だがそんな事は関係ない。ワタリさんが思い切り羽を伸ばして帰ってきた時、私に任せた事を後悔して心労を与えないように任務を全うしよう。
そしてまたワタリさんが疲れた時にはLの面倒を見る代役を買って出てやろう。
そう、これはすべてワタリさんの為に。その為にも、この我儘野郎の腐った性根を叩き直してやらなくては。
そうすれば、ワタリさんが世話役の時にかかる負担は減少するし、私が代役の時に受ける精神的苦痛も減少する。
よし、これでいこう。
「という訳で、L」
「何が『という訳で』なのかさっぱり分かりません」
「一日紅茶は六回にするよ」
怪訝な表情のL。
そんな顔されようが、私の考えは変わらないよ。
「本来紅茶はアーリーモーニング、ブレックファースト、イレブンジズ、ランチタイム、アフタヌーン、ハイ、アフターディナー、ナイトだからね」
「今、八種類あげましたよ」
「じゃあ一日八回」
「一日に八個しかケーキが食べられないなんて、異常です」
「一日に八個もケーキを食べてるLが異常だね」
Lはうんうん唸って、上手い打開策を探しているみたいだ。でも、他には何も無いはず。残念だったねL。今回は私の勝ちだよ。
「シャリ」
ソファに体育座りしたままのLはぱっと顔を上げて、私を見上げた。
何だ。
何か策でも思いついたのか?
「夕食が入っていません。ですから一日九回です」
「いや、夕飯くらいまともな物を食べろよ」
「世の中には土を食べて生きる趣向の方もいます。私は甘い物を食べて生きる人間なので夕飯も甘い物で……」
「一日に必要な鉄分や蛋白質をケーキから摂取は出来ないから却下」
「シャリは意地悪です」
「何とでも」
しょぼくれたLは手元に残ったケーキを食べて、銀紙を丸めると対面する位置に座った私に投げ付けてきた。
この野郎……どこまでガキなんだ!
「仕事しなよ」
「甘味が無くてはやる気がしません」
「甘味無くして仕事が出来ないって何じゃそりゃ」
「今はいつも以上に頭使うんですよ」
しょぼくれたL。それは、重大な仕事でも抱えているという事だろうか。
それならそうと言えば良いのに。確実に私と討論している暇は無かっただろう。
私がいるとつい討論して仕事の邪魔になる。よし、リビングを去ろう。
良心が痛んで、そして何より私もLと同じ空間にいた所で楽しくも何とも無いから、ソファから立ち上がろうとした時、Lはじとりと私を見た。
「無能なシャリが側近役では、いつもの倍の仕事量になって疲れます」
「……へえ?」
人が心配して邪魔しないように席を立とうとすれば、お前はそんな事を言うのか。人を無能だと。
本当に何様だ。
締め上げるぞ。
「私は家政婦として雇われただけだから有能とか無能とか関係ないでしょ」
「ワタリは有能なので、私の仕事をサポートしてくれていました。まぁ無能なシャリにこんな事を言っても、意味ないんですけどね」
「じゃあ言うなよ」
「私には独り言を言う権利すらないとシャリは言いたいんですか?人権侵害です」
「人を無能無能言うほうが人権侵害だろ」
「私は事実を言ったまでです。事実を言うのが人権侵害とは、変わった考えをお持ちですねシャリは」
本当に、腹が立つ。
「というか、自分一人で消化出来ないくらいの仕事引き受けるなよ」
ワタリさんが居なくては仕事を消化出来ないとか、馬鹿げてる。与えられた仕事は自分で消化する物だ。それなのに人の手を借りて、しかもその人が居なくて仕事が捗らないからやる気がしない?バッカじゃないの?
「シャリには分かりませんよ」
Lはパソコンを見つめながらそう言った。
ああそうかい。
私は元から理解するつもりが無いから下手に説明されるより有り難いお言葉だよ。
「ま、せいぜい仕事頑張って」
「言われなくとも、最短時間で終わらせます」
「じゃあ、何かあったら呼んでね、別の部屋にいるから」
さて、私は本でも読みながら寛ぐとするかね。ベッドのある部屋に入って、巨大なベッドに腰掛ける。
自宅から旅の友にと持ってきた単行本は、時間潰しには最適だ。と思っていたけれど、物語にのめり込む前に睡魔が襲ってくる。
眠たい。
しかし寝る前に化粧はせめて落とさないと肌が死ぬ。
しまった、クレンジングオイルを持ってくるの忘れてた。化粧一式は持ってきていたのに、何という失態。
「買い物面倒だなぁ……」
でも私のパジャマも無いし。
下着は変え一つだし。
服は今着ているのしかないし。
……長期滞在ならそう言ってよワタリさん。
のろのろと起き上がって、財布を持つ。買うのは下着と服とパジャマと、クレンジングオイル。
あれ、でも此処スウィートルームだよね。パジャマくらいはあるんじゃないの?クローゼットを開けて中を見れば、やっぱりあった、パジャマ。
後はクレンジングかぁ。流石に無いかな。いや、見るだけ見てみよう。部屋からふらふら出れば、Lはどうしたと訊いてきて、別にと答えて浴室を見る。
嬉しいかな、クレンジングオイルと化粧水、乳液の一日使いきりセットがある!
「……って、これ市販のじゃん」
という事は、ワタリさんが用意してくれてたって事?気が利く人だとは常々思っていたけれど、まさかこれ程とはね。
感謝しますワタリさん。
そして貴方はやはり私のヒーローだ。
私を安眠に導いてくれるヒーロー。
よし、今日はちゃちゃっとシャワーを浴びて一回寝よう。そうすればこの疲労も取れるはず。
パジャマがネグリジェなのは多少抵抗があったけれど、着る物が無いから仕方ない。あれ、着る物が無いって台詞、凄く悲しくなるんだけど……深く考えないでおこう。
しっかし、あんなリッチなお風呂に入浴する日が来るとは思わなかったよ。うっかり興奮して色々試して、おかげで体力を思い切り消費した。
ゲームならHPは赤ゲージになっているだろう。間違いない。
「私は寝る。おやすみL」
返事を待たずに寝室へ向かう。無駄に大きいベッドにダイブして、ごろんと一度寝返り。
ネグリジェのおかげで足元が落ち着かないけれど、それ以上に眠いから今日はこのまま眠れそうだ。枕にしがみついて、目を閉じる。
所変われば眠れない。そんな体質ではない自分を、今日ばかりは誉めてやろう。
多事多端(たじたたん)
するべきことが多いこと。
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