デスノ 君と私は足してゼロ | ナノ
6日 大所高所
Lと朝食を済ませてそろそろ昼を考えなくてはいけない時刻に、電子音が鳴った。
Lと私は顔を見合わせて、お前の携帯が鳴っているぞ、という顔。
お互い、自分の携帯が鳴るとは思っていないのだ。
「私の携帯だ」
私の携帯が鳴るなんて珍しい。
大変名誉な事だが、気軽に私に電話を掛けてこようとする人間はいない。
画面を見れば、国外の番号。
ワタリさん?
通話のボタンを押して、はい、と言えば、シャリさんのお電話で間違いないですか?と問われる。
まずい。
どれ位まずいかと云うと、非常に、だ。
「どちら様ですか?」
申し遅れました、と言った後に続いた言葉にやっぱりかと頭を抱えたくなった。
私が勤めていた、否、まだ勤めていると言ったほうが正しいだろう会社の人事の方だった。
一週間の無断欠勤で唯一電話番号を交換した上司から電話が来ても出なかったのだが、とうとう人事から電話がくるとは。
赤の他人のふりをして切ってしまおうか。
いやいや、それをやったら私が死んでるかもしれないと思って自宅まで来るかもしれない。
自宅で孤独死と思われて家の中まで入ってこられたら嫌だ。
いたって一般人な生活をしているから見られて困る物は無い。
無い、が、他人が私の住処に入るのは勘弁して欲しい。
あそこは私が住み着いて以来、私しか出入りしていないのだから。
「…………はい」
散々のしぶりの後に肯定すれば、相手はやっぱりと言いたげな息の吐き方をした。
溜め息の後は散々無断欠勤の事を言われる。
私は言い訳の筋道をざっと脳内に立ててみたが、どれも一週間近くも連絡を入れなかった事の言い訳にはならなかった。
正直に、Lの相手をするためにロンドンに監禁されていますと言えば良かったのだろうか。
勿論、そんな事は言える訳無いのだけれども。
「退職、という事でよろしいですか?」
「有給休暇では駄目ですか?17日余ってますよね」
『連絡もなく、一週間ですから』
食い付いてどうにかクビは免れたかったのだけれど、相手は帰ったら退職願いを出して下さいとだけ言って通話を切った。
Lを見ると、Lも私を見ていた。
君
と
私
は足して
ゼロ
大所高所
「無職おめでとう御座います」
「ありがとうその面にスイカを叩きつけたいよ」
「暴力反対です。そもそもスイカがありませんよ」
苛々している人間に対してこんな発言をするのはこいつくらいだろう。
ああもう憎たらしいったらないね。
Lは私をそのギョロリとした目でじっと見てくる。
「何?」
「もう退職届けを出したのだと思っていたので、未だだった事に少し驚きました」
「そんな簡単に退職してたまるか」
「次の仕事場を探してくれと私に言ってきていましたし」
「クビになるって予測してたからだよ」
「分かっていたなら自主退職をすれば良いでしょう」
「退職届けを出す暇もなくこっち来たんだけど」
「シャリがワタリの言葉一つで家を飛び出すからですよ」
「ワタリさんが電話してくるなんて、よっっっぽどの事かと思うよ普通」
「私はそうは思いません」
「そりゃずっと一緒にいるからね」
私みたいに離れている奴からすれば、ワタリさんと云うよりもワイミーズから連絡が来るなんて予想外なのだ。
年末年始に里帰りする以外では、連絡も何も無い。
だからこそ、何もない平日に来る電話は私を驚かせる。
おかげさまで今はイギリスだ。
まぁ、イギリスに飛んできた事も仕事が無くなった事も、後悔はしてないけどね。
ワタリさんのお役に立てたってだけで本望だ。
「シャリはワタリが好きですね」
「何を今更」
「えぇ、本当に今更です」
Lはラスクを摘んで、カリカリと歯をむき出しにして食べる。
汚いな。
この私が作ったラスクを不味そうに食べないでいただきたい。
「ハムスターの真似でもしてんの?可愛さは微塵もないし気持ち悪い」
「歯応えを楽しんでいるだけです」
「それワタリさんの前でやらないでよ。育て方を間違えましたって嘆いちゃうから」
「ワタリの前ではやりませんよ。悲しませたくないですから」
「私の前なら良いんだ」
「シャリはワタリが好きなので、ワタリが悲しむような事を言ったりしないでしょう」
よく分かってるじゃん。という台詞を飲み込む。
肯定は駄目だろ私。
「そういうの癖ついたらワタリがいてもやっちゃうでしょ」
「私はそんなに愚かではありません」
「条件反射みたいに脳の電気信号で勝手に身体が動くんだよ。だから例え愚かでなくても駄目だね」
「それは愚鈍な人間の話です」
「人間は十中八九が愚鈍だよ。というか反射は脳で理解していてもやめられるものじゃないし。だから熱いのに触れたら手は勝手に引っ込むんだよ」
Lは不快そうな表情。
その表情は私の正論に屈した事を証明している。
私としては実に愉快だ。
この口から生まれたような男の口を塞ぐ事が出来たのだから、昼食は豪勢にしても良いかもしれない。
今日はLに勝利した日なのだから。
ホテルでランチでも取ろうか。
否、折角だから中華街に行こう。
あそこの料理は美味しい。ホテルのイギリス人シェフが作るランチより美味しい。
席を立つと、Lが目で私を追ってきた。
「昼食に出かけてくる」
「私の昼食は?」
「買ってくるよ」
いつも通り、両手に紙袋ぶら下げて。
何を今更聞いてくるんだか。
「リクエストは?」
「バウムクーヘン、マカロン、ラスク、ケーキ、あぁケーキは生クリームたっぷりが良いです。シュークリームも食べたいですね。カスタードと生クリームが入っていると嬉しいです。チョコレートも食べたいです」
淀みなく甘い物をつらつら述べるLは名前の響きだけで嬉しそうに顔を弛ませている。
バウムクーヘンは昨日食べたからいらない。またあの行列に並びたくないしね。
マカロンは甘過ぎるから私は食べないけど、Lを黙らせるには最適な品だろう。買うにしても並ばないしね。
ラスクは私も食べたい。それにマカロンの店がラスクを売っているから、マカロンのついでに買おう。
ケーキはホールを一つ買って、腹が立ったらLの顔面にぶつけてやろう。
カスタードと生クリームが入っているシュークリームは私も好きだ。さっきLはシュークリームとチョコレートと言っていたけれど、エクレアも良い。
あ、エクレアが食べたくなってきた。
部屋を出て、エレベーターに乗る。
服装はそれなりに決めているので、エレベーターガールは私にスマイルを売ってきた。
前にLに借りたジーンズ姿で出た時は無理して笑ったエレベーターガールの口端が引きつっていたのに、やはり人は外見が大切だ。
やはりスウィートルームから現われた人間がだらしない格好だとホテル従業員としては良い気がしないのだろう。
宿泊すれば誰でも受けられるサービスがホテルの顔や手足という外見ならば、スウィートルームは一部の人しか見られないホテルの内臓だろう。
その内臓に変な者が居たら嫌な気になるのは仕方がない。
まぁ、L曰くあのジーンズはプレミア物らしいけど。目利きの聞かない人にはみずぼらしいジーンズでしかないから仕方ない。
地上に下りて、グッと伸びをする。
ホテル内は空調設備で空気が循環していて、黴臭くはないにしろそんなに気持ち良い空気ではない。
対して外の空気の気持ち良いこと。
Lはこの空気をいつから吸ってないのかという考えが一瞬浮かんだが、すぐに消えた。
私には関係の無いことだ。
大所高所(たいしょこうしょ)
小さな点にこだわらない、偏見や私情を捨てた視野、大局的に物事を見ること
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