デスノ 君と私は足してゼロ | ナノ
5日 条件反射
Lの馬鹿さ加減が明るみになったワタリさんの香り事件。
ワタリさん的にその香りを纏うのは苦痛だったのではないかと思うわけで、ワタリさんにとってバニラの香りはあまり良い記憶を呼び覚ますものではないだろう。
けれど私にとってあの香りは過去の良いところの記憶だけを呼び覚ますものだ。
という訳で、現在お菓子の材料売場。
バニラエッセンスにバニラオイル、バニラビーンズと、バニラと名前がつく物が、これでもかってくらい棚に陳列している。
これだけ種類を多く作る理由が、私にはいまいち分からない。
君
と
私
は足して
ゼロ
条件反射
「たっだいま」
「お帰りなさい、上機嫌ですね」
こちらには背中を向けてPCと向き合っているL。
声だけで上機嫌って分かるのか。
「バウムクーヘン買ったよ」
「本当ですか!?」
私が帰ってきた時は振り返りすらしなかったのに、バウムクーヘンと聞くとすぐにこちらを降り返り見た。
ソファの上に立ち上がったと思えば、背もたれを飛び越えてこちらに来る。
まるでパブロフの犬だ。
Lの場合は、
ベルを鳴らす=デザートを買ってきたと告げる
唾液が出る=身体的に活動的になる
といった感じか。
「今回は半分個ね」
「二つ買って来れば良いじゃないですか。一つを半分ずつなんて、貧乏たらしい」
「人気商品だから一人一個しか買えないんだよ」
「二回並べば良いじゃないですか」
「分かった。これは私がポケットマネーで買ったから、Lにはヒトカケラもやらん」
一つ買うのにどれだけ並ぶと思っているんだこの引きこもりは。
これだから社会を知らない奴は困るんだ。
無理を簡単に言ってのける。
そもそも今朝、丸まま一個食べたくせに、まだ寄越せなんておこがましいんだよ。
私が善意から半分を分けてやるって言っているのに、何なんだこいつは。
「冗談です。すぐに癇癪を起こすのは悪い癖ですよ」
「すぐに非常識な事を言うLに比べたら断然マシな癖だと思うけど」
「私は常識人ですよ」
「自分でそう言う奴に限って非常識なんだよ」
「では、散々自分はまともだといっていたシャリも非常識人ですね」
口だけは達者な奴だ。
欝陶しいと言って顔にバウムクーヘンを投げ付けたい衝動に駆られたけれど、どうにか抑える。
バウムクーヘンが勿体ないし、何よりまた私が食べられない事になる。
だから投げては駄目だ。
「紅茶淹れて」
「私を使うんですか?」
「今朝淹れたんだから、それ位出来るでしょ?」
「家政婦が雇い主に家事をやらせるなんて前代未聞です」
「私を雇ったのはワタリさん。Lは付録」
「屁理屈です」
「何とでも」
「開き直られても嬉しくありません。私がバウムクーヘンを皿に盛りますから、紅茶はシャリが淹れて下さい」
言うが早いか、Lは私の手からバウムクーヘンが入った箱を奪い取ってしまう。
何でこういう時だけは動きが俊敏なんだ、Lは。
「平等にしてよ」
「いくら甘い物が好きでも、平等に配る物で自分の皿に多めに盛る事はしません」
「よく言うよ。朝、全部食べたくせに」
「あれは配るという概念がそもそも無かったからです」
「だからって全部自分の物にするなよ」
「シャリはマカロンを食べた時に甘い物が苦手みたいだったので、シャリが自分用に買ったとは思いませんでした」
「その後普通にケーキとか食べていた記憶あるけど」
Lはキョトンとして、そういえばそうでしたね、と言う。
とぼけたふりしても可愛くないし。
むしろ三割増しで腹が立つ。
世界の探偵として名を馳せるLが、私がケーキ食べたかどうかを忘れるような頭脳の筈が無い。
もう少しマシな躱し方をしなよ。
紅茶を飲みながらバウムクーヘンを食べて、暇になる。
食べ物を運ぶ以外やる事が無いというのも暇だ。
仕事が無いのは嬉しいけれど、やる事も無いとなると退屈になる。
出かけようかな。
そう思って外を見れば、どんよりした空。
アメリカは竜巻や台風被害はあるけれど、此処に比べたら晴天続きだ。
イギリスって何でこうも雲が多いのかね。
出かける気が失せるよ。
まぁ、後二日だし。
暇だ暇だとグダグダ出来るのは今だけなんだから、この暇っぷりを満喫しよう。
二日経ったら仕事先探さないとだしね。
……仕事。
考えるのは止めておこう。
今はイギリスだからアメリカの仕事を探せる訳ないし、考えたところで気が沈むだけなんだから。
それにしても、と思ってLを見る。
Lは相変わらずの姿勢でパソコンと睨めっこ中だ。
この五日間、Lが寝室で寝たのは1回、外出は0回。
それってどうなのかね。
私だったら絶対に嫌な生き方だ。
出かけるの好きだし、寝るの好きだし、カフェで街往く人を見るのも好きだ。
こんな生き方でLは楽しいのかね。
普通の人は外を歩き回るのが当たり前なのに。
まぁ、Lは見た目もポジションも普通じゃないから論外扱いなんだろうけれど。
「シャリ」
名前を呼ばれてLを見る。
Lの傍にあるティーカップは空っぽだ。
「紅茶?」
「はい」
悔しいかな、相手が何を望んでいるかが分かるなんて。
まるでメイドか何かじゃないか。
会社の駒になるのは良いけど、誰かの駒になるのは気に入らない。
それでも最初に比べては甘味や紅茶の暴飲暴食は無くなった。
これをよしと見るべきなのかね。
「淹れてくれないんですか?」
「はいはい、淹れるよ」
立ち上がって紅茶の準備をする。
さっきはバウムクーヘンを食べるからと紅茶にバニラの香りは付けなかった。
今回は付けよう。
ワタリさんの淹れ方に似せて、紅茶を淹れる。
これだけ丁寧に紅茶を淹れてもLは砂糖とミルクで味を目茶苦茶にするんだから、淹れ甲斐が無い。
まぁ、私がバニラの紅茶を飲みたいから丁寧に淹れているだけであって、Lなんかの為ではないから良いんだけどね。
「はい、L」
「どうも」
Lは砂糖を入れて、ミルクを入れようとして、止めた。
「良い香りですね」
「Lがワタリさんに付けた香りだよ」
「わざわざ褒めたのに、何ですかそれは」
「事実を言っただけだよ」
私も紅茶を飲む。
染み渡るバニラの香りに陽だまりのような暖かい記憶が再生されて、心地よくなる。
私のベルの音はバニラの香りかと、そんな事を思った。
条件反射(じょうけんはんしゃ)
生物が環境条件に適応して後天的に獲得する反射。
パブロフの犬(ぱぶろふのいぬ)
餌を与える前にベルを鳴らす、という行為を反復すると、犬はベルの音を聞くだけで涎を流すようになる。という条件反射の研究に使われた犬の事。パブロフが研究したので、この実験自体がパブロフの犬と言われている。
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