デスノ 跡継ぎ 番外 | ナノ
先生と生徒
独り立ちしたLになって初めて、仕事を受け持ったのは一年前。
先代であるケイが勝ち取っていたのだろう信頼によって、手足となって動く人々。
その人達が、私のミス一つでボロボロになってゆく。
まるで、特攻隊のようだ。
彼等は私の一言を神の言葉のように信じて、突き進んでゆく。
それが恐ろしかった。
自分の采配一つで、数多の命が消えてゆく。
このプレッシャーは、想像を遥かに越えていた。
私の指揮一つで命の数が決まる。
何だ、これは。
死にたくないと思いながら死んでいった者達の多さ。
その者達の帰りを待っていた者達。
何なのだ、これは。
私は、何をした。
彼等を死に追いやった。
彼等の命を台にして、犯人へ手を伸ばし、捕まえた。
「あっ……」
恐ろしい。
何人殺せば気が済むのだ。
何人殺ればこれは終わるのだ。
果てが見えない。
私はもう、Lの舞台に立たされた。
この舞台から降板するのは許されない。
数多の屍の上にある舞台。
此処から降りるには、次のLを拵えて、舞台に立たせなくてはならないのだ。
恐ろしい。
こんな恐ろしい舞台に、ケイは今まで立っていたのか。
身体には傷一つ無いのに血塗れになった服を着て、ケイはLの役を演じ続けた。
どれだけ恐怖に心を蝕まれようと。
どれだけ泣いて喚いて許しを請いたくとも。
ケイは毅然とした態度でLを演じ続けた。
仮面を被り、自分を信じてついてくる数多の命を前に、自信が無い態度は取らなかった。
だからこそ、人は信じてついてきた。
自信が無い人の下につく者は居ない。
ケイはそれを知っていたから、雄弁に語り、毅然とした態度を取っていたのだ。
勿論、その中には知識も必要だっただろう。
知識無くして、良策を練れるはずが無い。
駄策を練れば人は離れていく。
だから良策を練る。
そして、可能な限り命を救うことに力を注いだ。
頭を掻き毟る。
私に、そのような技量があるはずが無い。
恐ろしい。
逃げたい。
他人の命の上に立つなど、どうして出来る。
他人の命を踏み台にするなど、出来るわけが無い。
しかし、もう私は舞台に引き摺り出されたのだ。
幕はもう上がっている。
逃げる事は許されない。
演じなければ、ならないのだ。
震える指で、マイクのスイッチを押す。
赤から青に変わったランプ。
震える喉を気取られないように、声を絞りだした。
跡継ぎ
先生と生徒
「もしもし、L?」
『……』
「L?寝呆けているのかな?」
『起きています』
「その口調から推測するに、あまり良い結果ではなかったみたいだね」
『……』
「私は盲いているが、今の君が易く想像できるよ」
『……』
「L」
『はい』
「Lを降りなさい。君には似合わない仕事だった」
『役不足と言いたいのですか?』
「そう解釈したいか?ならば、そう解釈しなさい」
『嘘です。ですが、そう言ってくれたほうが、柵もなく辞められました』
「辛いんだね?」
『はい』
「ならば辞めなさい。亡霊に囚われては、まともな推理は出来ない」
『辞めません』
「意地を張るのはよしなさい。意地で乗り切れるものではないよ。それに君が亡霊に囚われて誤った選択をすれば、被害は大きくなる」
『意地ではありません』
「では、死者への罪滅ぼしか?」
『今逃げたら、己を許せなくなります』
通話が一方的に切られる。
それが意地なのだと、何故分からない、L。
賢い君ならば分かっているだろう。
逃げる事を許さないと言っているのも所詮は意地で、逃げ道を塞いでいるのは自尊心という名の固まりだ。
それを砕かなければ前へは進めない。
私はお前を苦しめるためにLにしたのではない。
しかし、これは私のミスだ。
過去の己も、恐れていた。
人の死に怯えて、なのに逃げ出すことは死者への冒涜だと考え、Lであり続けた。
Lも同じだ。
過去の己と同じ轍を踏み、同じ道を進もうとしている。
笑ってしまう。
Lを絶やすなと先代に言われたが、何故それを実行した。
先代は亡くなっていた。彼に言われた事を実行するか否かは私が選べた。
実行せずに私で絶やす事も出来たのに、この重圧に耐えられなければならない贄をまた拵えてしまった。
しかし、ここで罪悪感を感じるのはお門違いだ。
過去に悩んでも、憂いても、何も始まりはしない。
今は何をするかだ。
どうすれば死者を減らせるか、それを考えなければならない。
先代Lとしては次代の仕事に手を貸すなど、端から見れば甘やかしになるのかもしれない。
Lが助言や助力をよしとしないのも知っている。
しかし、命には変えられない。
彼が持つ他の仕事をこちらでも調べてみよう。
それで良い結果が出るなら越したことはない。
彼が助けはいらないと意地を張ったところで、私が参入して救われる命があるならば、彼の言う事を真に受けてはならないのだから。
一時十分前を知らせる壁時計。
時間切れだ。
部屋から出る。
盲いていても、身体に馴染んだ屋内は杖いらずで楽に移動できるから良いものだ。
「あ、ケイ先生いた!」
たぶん後ろだろう、駆けてくる足音。
声はマットだった。
もう一人は、メロではない。疲れ切ったような、足を擦るような走り方。
ニアだ。
「ケイ先生、またメロが窓ガラスを割って、逃げました」
やはりニアの声。
状況を伝えるニアは疲れたというように私の腰にしがみついた。
「……困った子ですね」
ニアがまたと言うからには、またサッカーボールで窓ガラスを割ったのだろう。
あれだけボールはガラスに向かって蹴る物ではないと言っているのに。
「ロジャーに捕まる前に探そうよ、ケイ先生」
「そうですね」
柔らかい口調はワタリ直伝だからだろう、子供たちは私に懐いてくれている。
頭ごなしに叱られるよりも、柔らかく諭す口調のほうが子供は好きなのだ。
ワタリの真似事をして、ワイミーズで教師を初めてまだ一年だが、生徒からは好かれている、と思う。
他の教師は盲いた女などと言ったが、『創立者のワイミー』の推薦で来た私を嫌とも言えずに、渋々私が教師になる事を承諾した。
認められてはいないが、働いているうちにいつかどうにかなるだろうと思っている。
「今日のメロは、何処に逃げたのでしょうね。二人は何処だと思いますか?」
「森の方に走って逃げていったよ」
と言うのはマット。
窓ガラスを割る場面に居たのだろう。
見ていた情報は有力だ。
「きっと校舎に逃げ戻っていますよ」
と言うのはニア。
その理由は?と問えば、寒いから、という回答。
「ケイ先生は何処だと思う?」
「そうですねぇ」
盲いた事で発達した聴覚は、ニア達がこちらに走り寄ってくる時にもう一つの足音をとらえていた。
靴下の状態で、床を忍び足で歩く音だったそれは、今は止んでいる。
大方、私に接触しようとして、ニアとマットに出鼻を挫かれたのだろう。
「私達の後ろにいるかも」
そう告げて、後ろを振り返る。
「メロ、いらっしゃい」
あくまで優しく、誘うような口調。
誤っても、命令口調にしてはいけない。
命令では、人は反発心を持つ。
人に聞き入れて欲しい時は、まず諭すようなやわらかい口調が好ましい。
特にメロのように自我がはっきりしている人は、上から重圧を与えては必ず反発力は重圧に比例して増大する。
それを悪い事だとは思わない。
一個性であるし、言う事全てを鵜呑みにする個性の無い子供のほうが余程扱いづらい。
とは言っても、助言を助言として受け取ってもらえずに、同じ事を繰り返されてはたまらない。
メロはわんぱくは過ぎるが賢い子なので、少しずつ助言を受け入れてくれるだろう。
「メロ、いらっしゃい」
僅かな布擦れの音をとらえる。
ニアがメロ、と言い、マットは何処に行っていたんだよ!と安堵からの悪態を吐く。
しゃがんで両腕を広げれば、突撃してくる小さな身体。
「ケイ先生、俺」
抱きついてきたメロからは、土と草の匂い。
マットとニアが言っていたとおり、森に逃げて、それから遠回りして校舎まで来たのだろう。
「何でガラスを割ったんですか?」
ほんの少し言葉にスパイスを混ぜれば、メロはぎゅうと強く抱きつくことを答えとした。
大方、先輩が外で誰かを中傷する仕草をとったのだろう。
メロは仲間を傷つけられるのを嫌い、仲間を苛めようものなら、先輩相手に殴りかかる子だ。
沸点が低いのも問題だと思うが、私は持ち得ない部分なので、その性分が眩しくも感じる。
仲間にとっては大変頼もしい友人であるから、仲間からすればこのままであって欲しいだろう。
しかし、メロにとっては生きづらい。
この性分は少し自制という足枷を付けるべきだと思う。
しかし、今それを伝えるのはよくない。
メロの性格上、仲間を庇って、なんて、他者の前で公言されるのは羞恥を煽られるようだ。
後でゆっくり、二人で話をしよう。
ぽふ、と肩に柔らかい物が触れたと思えば、横からミルクの香りがするニアが抱きついてきた。
するともう片方からも、マットが抱きついてくる。
お昼にケチャップソースの何かを食べたのだろう、マットからは酸味のあるトマトの香りがした。
しゃがんだ格好のまま、前と左右から抱きつかれては身動きがとれない。
このまま此処に居れば、ロジャーに見つかってしまう。
ロジャーには、私からメロに叱っておいたと伝えるほうが好ましい。
彼は以外と粘着質で、憶測するに子供嫌いだ。
メロを頭ごなしに叱り付けるから、メロは反発して話が長引く。
そうなれば、私がLの仕事を勝手に調査する時間が減る。
それは避けなければいけない。
「メロ、マット、ニア、離れてください。そろそろ移動しないと、ロジャーに見つかってしまいますよ」
渋々と離れる三人に、在りし日のLを思い出した。
〜戯言〜
ケイさんがワイミーズハウスの教師をやっていたら良いな、と思いました。
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