デスノ 跡継ぎ 番外 | ナノ
語り合い
第一部終了時の物語となります。
死後の世界は素晴らしい場所だ。
その証拠に、一人も帰ってきてはいないだろう?
跡継ぎ
語り合い
カーテン越しに朝日が射して、微睡みから醒める。
そんな感覚だった。
いつぶりだろうか、こんなに惰眠を貪っていたのは。
「起き……た…だ」
断片的に聞こえる声は優しい、アルトともテノールともとれない音域。
ワタリではない。なのに、聴覚は聞き覚えがあるというかのように、心地好さを教える。
その心地好さは胸を焦がして、倦怠感が残る身体を鞭打ってでもその人に近づきたいと思わせた。
重い目蓋を上げると、私を見下げる誰か。
真っ白な光を逆光に受けたその人が、僅かに笑ったのが分かった。
「おはよう、L」
「ケイ……」
「おはよう御座います、L」
「……ワタリ」
二人を見て、理解する。
私はキラに、夜神月に、負けた。
負けは即ち、死。
私は死んだ。
「……あ」
目を腕で覆う。
ケイに逢えた嬉しさと、ケイから引き継いだLの名に『敗者』の烙印をされた申し訳なさに、胸が潰れそうだ。
名を、汚してしまった。
「頑張ったね。人ならざる存在と戦ったのは、ビショップが初めてだ」
懐かしい名前。
もう長い事、置き去りにしてきた名前。
髪を撫でられる。
逢えて嬉しくて心が揺れる。
負けて悔しくて心が焦げる。
腑甲斐なさに喉が焼ける。
言いたい言葉は沢山あるのに、なにもかも声にならない。
愛しい哀しい悔しい痛い。
「気が済むまで、泣きなさい」
頭を撫でられる。
その手は昔と変わらなくて、余計瞳が濡れた。
「もう、大丈夫、です」
優しい手が、ゆっくりと離れてゆく。
Lの名を汚してごめんなさい。出かかった言葉を飲み込む。
謝罪は駄目だ。してはいけない。
謝れば済む事ではないのだから。
起き上がって、目元を袖で乱暴に拭えば、ケイがふふ、と笑った。
「改めて、久しぶり、L」
久しぶり、と言うべきか一瞬悩む。
久方ぶりに逢う人なのだから、久しぶりと言うのは間違えていない。
しかしそれとはまた別のような気がする。
ケイの口から久しぶり、と言われるのは、朝起きた瞬間に『おはよう』ではなく『こんばんは』と言われるくらい奇妙な感覚だ。
「探偵として、否、それ以上に、自分の正義感により動いたL」
凛とした声。
ケイがこんな声音で話すのは、初めて聞いた。
たじろいでしまう私に、ケイは笑わない。
今目の前にいるのはケイではない。
中性的で細身の女性だ。
そして、私にとっては先代のL。
世界を指先一つで操る、負け知らずの探偵。
そう、この人は一度たりとも受け持つ事件を迷宮入りにしなかった。
Lとしての実力は、測らずとも分かる。
対峙した彼女の纏う雰囲気が彼女を『一般』から遠ざける。いわばカリスマ性を持っているのだ。
それを抑えて一般に扮していた彼女は、まさに探偵となる為に産まれてきたように思わされる。
これが、彼女なのだ。
これがケイの探偵としての姿なのだ。
「君の雄姿は認めよう。理と離れたモノと戦うのは、骨が折れただろう。よく頑張った」
「ですが、先代L。貴女から受け継いだ名を、称号を、負けという形で汚してしまいました」
そう、私は負けたのだ。
私は私の考えうる、最良の方法をとってきた。
本当ならば避けたかった表舞台に立つこと。
しかし道を次々に塞がれ、戯策だと分かっていても、その道を選ばずにいられなかった。
そうでなければ周りの士気も、探偵Lの立場も崩壊する。
私は、探偵Lの立場を護りたかった。
ケイから引き継いだそれに、傷をつけたくなかった。
それ以上に、好敵手に会えて浮かれていたのかもしれない。
捨て身に出て、あそこまで張り合えて、嬉しかった部分もある。
けれど、負けた。
悲しいのではない、悔しいのだ。
私は、勝ちたかった。
「立ち向かうだけ勇敢だ。私なら、尻尾を巻いて逃げていたよ」
ケイは笑いながら言う。
驚愕した。
ケイが、逃げる?
そんな筈がない。
だってケイは、歴代の中でも優秀だった。
決して逃げなかった。
総てを統一するかの如く、犯罪者を法の前に差し出した。
そのケイが、逃げる?
「尤も、それは生前、三人で住んでいる時ならばの話だがね」
「冗談を」
「冗談じゃないさ。君が居て、ワタリが居る。それだけで私は捨て身になれないよ。君やワタリを危険に曝す事を出来る訳が無い。だから私は逃げるよ」
「……」
「けれど、もし君が居なければ、私も同じように戦っただろう。まぁ、疑っていた夜神月の父親を懐に入れたのには、驚いたが」
ケイは疑いがあれば容赦無く間引きをしていた。
それがケイのやり方。
その人個人ではなく、その人の所属するチームを切り捨てるのだ。
誰も信用せず、そのチームが必要とする情報のみを提供する。
そしてその情報関連を調べさせながら、自分が有力と認めた部外者を使用して、調査の裏を調べさせていた。
それを、二重三重に行っていた。
そう、ケイは個を操るのが上手かったのだ。
表では警察やFBI、SWATを使い、裏ではエキスパートだけを駆使して調査を行う。それがケイのやり方。
時には無慈悲とも非情とも非道とも思える行為をとるケイの歴史が、捜査ファイル内にあった。
それと同時に、膨大な人物ファイル。
それを見た時、ケイは誰も信用しない人なのだと知った。
あの時の驚愕は、今も忘れていない。
私を抱き締めたあのぬくもりが、調査ファイルには欠片も無かったのだから。
「仮説はこれくらいにしよう。私はもう死んでいて、傍観者にしかなれないのだから」
「ケイにしては、珍しく仮説で話しましたね」
「一人で居る間に随分老け込んだようだ」
「見た目は変わりませんが」
「中身の問題だよ。生きていたらもう熟年だからな」
「ケイの熟年姿も、見てみたいですね」
「興味本位で言ってはならないよ」
ケイが笑う。
その微笑みは昔と変わらない。
あたたかくて優しい、私が目覚めた時におはようと言いながら向けてくれたものと同じだ。
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