デスノ 跡継ぎ 番外 | ナノ
メロの初恋
僕の先生は全盲だ。
全盲が先生なんて、珍しい。
その証拠に、周りの教師は嫌がっている。
実験の時に薬品を見分けられないとか、怪我した生徒に対処できないとか。
とにかくいっぱい理由を並べて、僕の担任であるケイ先生に辞任しろって言う。
それでもケイ先生が辞めないから、教師から嫌がらせを受けている。
今朝は、隣のクラスの教師がわざと足を引っ掛けてケイ先生を転ばせていた。
なのに今、教壇に立つケイ先生はニコニコと笑っている。
その笑顔に、無性に腹が立った。
跡継ぎ
メロの初恋
ケイ先生の授業は変わっている。
それはそうだ、ケイ先生は全盲なんだから。
国語なら、ケイ先生は生徒に朗読してもらって、それからケイ先生が僕たちに問題を出してくる。
そう、ケイ先生は全部が頭の中に入っているのだ。
そして僕たちのペンが走っている音がしている間は沈黙して、そして、ペンの音が止むと質問をもう一度言ってから、皆の考えや思いを求める。
黒板こそ使わないけれど、まさしく、授業。
その中でも、僕が一番凄いと思うのは社会だ。
ケイ先生は、教科書を当然ながら見ずに、歴史を語る。
しかもそれは、教科書に載っている上澄みの歴史ではなくて、歴史が動いた理由、その人の思想、他社との因果関係まで話してくれるから、本当に驚く。
まるでその時代を生きていて、見聞してきたような話なんだ。
他の教師みたいに、教科書一冊丸暗記なんかじゃない。
他の教師はケイ先生の授業を、無駄が多いと非難する。
けれど僕は、ケイ先生の授業が好きだ。
だって、話の最中でも疑問点があれば質問でぶった切っても怒られないし、むしろ、じゃあそこで何を考える?何を思う?と皆に問うて、考えさせてくれるんだ。
ケイ先生は、先生になる為に生れてきた人なのだと、僕は思う。
だって、他の教師は暗記ばかり。
教科書や参考書に乗っている知識をひけらかして、間違えれば馬鹿にしてくるんだ。
ケイ先生の授業に慣れてしまった僕は、他の教師の授業を受けられそうにもない。
「メロ!聞いているのか!」
うるさいなぁ、こんなに近いんだから嫌でも耳に入ってるよ。なんて言ったら後が面倒だから、はい聞いてます。と答える。
すると隣のクラスの教師は目くじらを立てた。
「何だその気の無い返事は!お前は俺が嫌いなのか!」
嫌いじゃなかったら、お前に足引っ掛けて転ばせないって。
それに気の無い返事って、僕はお前の真似をしただけだ。
お前だってケイ先生を転ばせた時、済みませんねぇ大丈夫ですかぁ?って言ったじゃないか。
しかも、笑いながら。
転んで膝を床に着いたケイ先生に手を差し出す事もせず、見下ろして笑っていたのは、お前だ。
そんなお前に比べたら、僕の言い方はまだマトモ。
笑いながら謝罪するお前が、一番駄目だよ。
「もういい!お前は夕飯抜きだ!あと、次やってみろ、ハウスから追い出すからな!」
ハウスから追い出す権限なんて無いくせに、よく言うよ。
というか、僕が夕飯抜きなら、お前も夕飯抜きになるはずだろ。何だこの不公平は。
説教部屋を出てから、せめて脛を蹴ってやれば良かったと思う。
まぁ、今更なんだけど。
それより早くニアの所に行かなくちゃ。
本当に夕飯を食べ損ねてしまう。
ニアは小食で、いつも半分残すんだ。
でも残すのは厳禁だから、ニアはいつもハンカチに包んで持って帰ってきて、トイレに流しているのを僕は知っている。
それを僕に寄越せと言えば、ニアはあっさりと僕に渡してくるんだ。
残飯だってマットは言ってきたけど、何も食わないよりもはマシだ。
それに、ニアのハンカチはいつも綺麗だ。これだけは保障する。
部屋の方に歩いていると、前方にケイ先生がいた。
壁に手を触れさせながら歩いているケイ先生。
ケイ先生は目が見えないから、いつも壁に指を触れさせている。
それで居場所が分かるというのだから、不思議だ。
ケイ先生、と声をかけようとして、止める。
ケイ先生に僕は見えていない。
そりゃそうだ、だってケイ先生は全盲なんだから。
本当は今すぐケイ先生に駆け寄って、ケイ先生!って言いたい。
でも、どうして此処にいるんですか?って問われたら、誤魔化せない。
説教部屋に行っていたってばれたら、男の沽券に関わる。
ここは声をかけずに、部屋に戻ろう。
ケイ先生は気付いてないけど、ケイ先生が今日最後に会った生徒が僕だっていうのが、少しの優越感だ。
それに僕も、最後に会った教師が説教部屋にいる奴じゃなくてケイ先生で、嬉しい。
隣に並ぶ。
すると、ケイ先生から良い香りがした。
ケイ先生はいつも良い香りがする。
そのまま抜けようとすると、名前を呼ばれた。
メロ、と、ケイ先生は言った。
確かに言った。
見えていないのに、僕が横を通ったと分かったケイ先生。
驚いて動きを止めた足に、ケイ先生はくすくすと笑った。
「メロ」
抑揚があまり感じられない声。
たおやかで、耳に心地いい。
振り返れば、ケイ先生はもう僕の方を向いていた。
しゃがんで、おいでおいでと手招きする。
近づけば、頭を撫でられた。
まるで見えているようなその動きに、僕は口をぽかんと開けてしまう。
「何で、僕だって分かったの?」
「メロだからですよ」
「答えになってないよ。それに頭の位置も、どうして分かったのさ」
ケイ先生はふふ、と笑った。
閉じた目蓋の端、目尻に刻まれた皺が濃くなる。
それがより一層、ケイ先生をケイ先生らしく見せるから不思議だ。
他の女教師は皺を見つけると年だ老いたと言って嫌な顔をするし、確かに老けてダサくなっている。
それに比べてケイ先生は、歳月を重ねる度に綺麗になっている気がする。
僕もこんな老い方をしたいと、そんな事を思ってしまう。
今、ケイ先生はいくつなんだろう。
そんな考えが頭を過った。
「メロの雰囲気を感じました」
「雰囲気?」
「はい。存在感とも言えますね。見えない分、そう云うのを感知する能力は長けているようです」
「そういうもの?」
そういうものですよ。と、盲いた先生は言う。
そういうものなのかな。
ちょっと嬉しくなる。
ケイ先生は、僕の雰囲気を覚えてくれていたんだ。
誰かと僕を間違えたりしない。
その事実が、僕の心臓を早くさせる。
歓喜に震える心臓の音が、ケイ先生に聞こえやしないだろうかと不安になる。
「メロ、あまり人を傷つけてはいけませんよ」
心臓が一気に動きを緩める。
スッと冷たくなる身体。
「私は、メロが罪を背負う事が、心配です」
「僕は悪くないよ。ケイ先生は僕が悪いって言いたいの?」
「何故ですか?何故メロは自分が悪くないと、言い切れるのですか?」
「だって、悪いのはあっちだよ」
「どうしてメロは自分より、相手が悪いと思うのですか?」
「それは」
先にケイ先生を転ばせたのは、あっちだから。
「それは?」
ケイ先生は瞼を上げずに、瞳を見せないままに問うてくる。
ケイ先生の瞳は僕を責めていない。
(ケイ先生は一度も瞼を上げた事がない)
眉間を寄せて、険しい顔をしてもいない。
なのに、とても責められている気持ちになる。
「メロ、貴方はとても正義感が強いです。ですが、ハンムラビ法典では、何の解決にもなりません。それは、分かりますか?」
目には目を、歯には歯を。
ケイ先生は、前の授業で、正論ではあるけれど、解決にはならないと言っていた。
憎しみは憎しみしか産まない。
でもケイ先生、だからって、耐えるだけじゃ駄目なんだ。
ケイ先生がいくら気にしないふりをしても、周りはケイ先生が転べば笑う。
今はまだ足を引っ掛けるだけで終わっていても、いつかそれはより悪化して、ケイ先生を苦しめる事になるんだ。
そうなってからじゃ遅いんだよ。
そうなる前に、相手にケイ先生が上だって教え込まないと、手遅れになる。
僕はケイ先生を守るためにやったんだ。
僕は悪くない。
「ケイ先生は分かってない!」
ケイ先生の手を払って、走る。
何で僕が責められなくちゃいけないんだ。悪いのはあの教師なのに。
部屋まで全力疾走で戻ると、ニアもマットももう居なかった。
「くそっ!」
机を蹴飛ばす。
すると足がジンと痛くなって、より虚しさと悔しさを感じた。
不貞腐れてベットに寝転がっていると、控えめなノック。
返事をするより先にがチャリとドアノブが回る音。
この礼儀知らずは、ニアだ。
俯せに転がっていた体を起こしてドアを見れば、やっぱりニア。
「居るなら返事をしたらどうですか」
「寝てたんだよ」
「はい、これ」
そう言ってニアはハンカチの包みを差し出してくる。
飛び起きてニアに近づいて、包みを受け取る。
中身は、サンドイッチと、牛乳パック。
ニアが牛乳を残すなんて珍しい。
いつも飲むくせに。
「気が利くな」
「……」
「何だよ、黙りしやがって」
「……いえ」
ニアは髪をいじる。
僕はサンドイッチに噛り付いた。
「メロ」
「何だよ」
「メロはずるいです」
「はあ?何だよそれ」
ニアはぷぅと頬を膨らませて、唇を尖らせた。
意味が分からない。
「今日、ケイ先生が、夕食の前に私の所に来ました」
ケイ先生、と言われて租借が思わず止まる。
「ケイ先生は、私に夕飯をメロに持っていってくれって言ってきました。ケイ先生は、メロをとても大切にしています。何かにつけてメロ、メロ、メロ。ずるいです」
ニアの嫉妬に、思わず黙る。
というか、今何て言った?
夕飯に行く前に、ケイ先生が来た?
僕が説教部屋にいる間に、ケイ先生はニアに夕飯をお願いしていたんだ。
何で僕が説教部屋に居たって知っていたんだろう。
説教される悪い子を救う手回しを、どうしてしてくれたんだろう。
「メロ、何笑っているんですか」
「な、何言ってんだよ、笑ってないよ」
「吃らないで下さい」
ニアの不貞腐れた顔に、少しの優越感を感じた。
〜戯言〜
ケイ先生はメロの扱いだけ、慣れていません。
過激な子ほど、理詰めはNGです。
以上、メロの初恋でした。
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