デスノ 跡継ぎ | ナノ
夢ばかり
昼食を食べ終わったら勉強が私達の日課になっていた。
だからいつも通り勉強を始めようと、リビングのソファから立とうとした時だった。
「L、これから当分の間勉強はお休みにしよう」
「……どうしてですか?」
ケイの考えを推測する事も出来ず、すぐに問うのは良くないと分かりながらも問う。
ケイは笑みを浮かべた。
「休みの期間を入れるんだよ。そうしたら今度再開した時にどれ位忘れているかが分かるだろ」
忘れているかの確かめ。
時が経てばたくさん忘れていそうで不安になる。
「使わないなら忘れるのが当たり前。毎日やって積み立ててきたから今は自分の記憶力がどれ程か分からないけれど、知っておくのも必要だよ」
そういうものだろうか。
確かに知っていて損な事は無いだろう。
でも、たくさん忘れててケイに失望されそうで怖い。
「人の記憶は引き出しなんだ。ただその引き出しはすべて鍵が違う。だから鍵束を持っていても引き出しは簡単に開きはしないんだ」
開かない引き出し。
ケイには開かない引き出しがあるのだろうか。
何でも知っているケイ。
開かない引き出しは無い様な気がした。
跡継ぎ
リース
私の記憶は、いつからあるのだろう。
考えるけれど分からない。
私は母の元を離れるまでろくに日付も分からなかった。
カレンダーは見て形は知っているけれど読めない。と云う状態だったから。
実際問題、私は自分の実年齢も知らないのだ。
「さて、今日はリースを作ろうか」
ケイはソファから立ち上がり伸びをする。
先日買い物に行った時、ハロウィンの時仮装服を買った雑貨屋でリース作りの材料を買った。
ハロウィン以降町を飾るのはクリスマス。
周りの家も玄関口にリースを飾ったり庭を様々な色の電球で飾り始めている。
クリスマスはまだ先なのに皆気が早いらしくもう飾り付けが始まっている。
ケイは二階に材料を取りに行き、テーブルに置いた。
輪を作る木の枝。
鈴と、赤と緑のリボン。
それと赤い木の実とチクチクする柊の葉。
二人で一つのリースを作るのだ。
ラジオを鳴らしながら作っている最中、ケイは急に笑った。
何か変だろうかとリースを見ると、ケイは違う違うと言った。
「変な気分だなって」
「変ですか?」
ケイは頷く。
「クリスマスなんて私にとって今までイベントでも何でも無かったから」
私も今までクリスマスはイベントでも何でもなかった。
ケイと逢えてからようやく私はイベントを知った。世界を知った。
ケイはワタリと一緒にいたのに、イベントでは無かったのだと言う。
それは探偵として仕事していて忙しかったからなのだろうか。
「周りの家に合わせて家を飾る事をしたりはしていたけど、自分からこんなのをしようと思った事は無かったから」
ケイは笑う。
楽しそう。
私も胸が落ち着かない。
楽しくて、そして楽しみ。
別にクリスマスが楽しみなのではなく、ケイやワタリと一緒に何かするのが楽しみ。
ケイは目を閉じた。
ラジオからはずっとクラシックが流れている。
この季節だからなのか良く耳にする音楽。
「この歌は何て言うんでしょうか」
「バッハが作曲したカンタータ第147番『主よ、人の望みの喜びよ』」
まるで何かを読む様に言うケイ。
知っている事に驚いた。
ケイはカセットもCDも持っていないから。
ゆっくりと目を開けて、私に笑顔を向けてくれる。
「クリスマスには定番だな。教会でよく流れている音楽だ」
散歩道にある教会。
歩いているとよくそこから音楽が流れて来る。
以前中を覗いた時、イエスを抱くマリアのステンドグラスがあって、日が注いでいてとても綺麗だった。
ケイもそのステンドグラスが好きだと言っていた。
クラシックの曲名や作者を知っているケイ。
好きなのだろうか。
「ケイはクラシックが好きなんですか?」
「どうしてそう思う?」
質問を逆手にとられる。
私が何となくでも予想出来ている事だとケイは質問を質問で返す。
「作者や曲名を知っているから好きなのかと思ったんです」
「なるほど」
ケイはしばらく考えながら鈴をチリンと鳴らした。
「好き……まぁ、好きなんだろうな。だから覚えているのかな」
ケイは首を捻る。
他人の事を話す様な言い方。
ケイ自身がよく分かっていない様だ。
もしかしたら好き嫌いの部類では無いのかもしれない。
「デジャブと似てて、一度聞いた物を時が経って聞くとその時の事を曖昧にでも思いだすものなんだ。Lもそういう経験あるんじゃないかな」
どうなんだろうか。
意識していた事が無いので分からない。
でも、嫌な記憶が堰を切った様に溢れ出て来る事はある。
それがケイの言う事なのかもしれない。
クラシックが終わると、コマーシャルが流れてきた。
そして男性の声でさっきのクラシックとは対称的に男性同士の話し合いが始まる。
ラジオからは笑い声。
クリスマスやサンタクロースという単語が度々聞こえた。
サンタクロースは白い髭を生やしたおじいさんで、赤い服を着て大きな白い袋を担いでいるのだとケイが教えてくれたし、町の飾りで見たりして知っている。
担いでいる袋の中には良い子にしている子供へのプレゼントが入っているのだ。
キリストが生まれた日のはずなのに、今はメインがサンタクロースになっている様に思える。
……サンタクロースはどこから来たのだろう。
ケイは知っているのだろうか。
使わないリボンを三つ編みにしているケイ。
「ケイ」
「ん?」
「クリスマスのサンタクロースはどこから来たんですか?」
「サンタクロースは子供好きの慈善家で有名な伝説上の人物のセント=ニコラウスが発生源だと云われているな」
澱み無く答えるケイ。
セント=ニコラウス。
聞いた事の無い名前に、そんな人が居たのだと思った。
伝説上の人物を知っていて、なおかつすぐに答えられるケイ。
たくさんの本を読んで、すべてが頭に入っているのだろうか。
私はリースに柊の葉をつける。
柊の葉はチクチクしていて、棘があるみたいだ。
ラジオから笑い声が響く。
「クリスマスはキリストの誕生日だって云われているけれど、本当は違うみたいだよ」
その台詞に驚いてケイを見る。
キリストの誕生日としてクリスマスは祝うのでは無いのだろうか。
ケイは笑みを浮かべて、ゆっくりと伸ばした腕を私の頭に乗せ、撫でてくれた。
「新約聖書にキリストの誕生日に関する記述は無いんだ。聖書中の記述からみても、一般には10月1日か2日が誕生の日と云われている。天文学者が今確かめているらしいぞ」
知らなかったこと。
ケイはどうしてそんな事まで知っているのだろうか。
私が知らないだけで、皆それを知っているのだろうか?
では何でクリスマスは12月25日なのだろう。
訳が分からなくて、頭の中がいろんな可能性でいっぱいになる。
「まぁ、真実はどうであれクリスマスは12月25日から変わる事は無いだろうな」
今更変えられないからなのだろうか。
皆の中で12月25日がクリスマスだから変わらないのか。
周りの人がキリストの誕生日は違う日だと知ったとしても、クリスマスはクリスマスのままなのだろう。
「リース上手に出来てるな。ハロウィンの時も思ったけど、Lは手先が器用だな」
ケイはハロウィンの時ランタン作りを苦手だと言っていた。
だからリース作りにあまり手を出さずにいたのだろうか。
「後は鈴を付けるだけだな」
「はい」
一番のメインの様な鈴。
手に持つとチリンと、澄んだ音が鳴った。
紐を結んで付けると完成。
「上手だな」
ケイはワタリに見せに行こうかと言って立ち上がる。
私もワタリに見て欲しくて、リースを持って寒い廊下をケイと一緒に歩いて実験室に向かった。
「ワタリ、今良いか?」
部屋の前でケイが扉をノックする。
中からどうぞ入って下さい。という声が聞こえた。
部屋に入ると、ワタリは椅子に座っていた。
「どうしました?」
「L」
ケイに促されて、リースを見せる。
「ビショップが作ったんですか?」
「はい」
「上手ですね」
穏やかな口調。
嬉しくて、落ち着かない。
「ケイは手伝って無いでしょう」
「よく分かるな。どうして分かった?」
「勘です」
「なるほど」
納得した様らしいケイ。
勘だからというので納得出来るケイがなんだかおかしかった。
「門の所に飾りますか」
「玄関じゃないんですか?」
これは玄関に飾る物だと思っていた。
ケイもそのつもりだったらしいけれど、ワタリの意見に賛同したらしく、良いなそれ。と言った。
「この家はやたらと庭が広いから、飾っても私とワタリとLしかリースを見れないだろ。せっかくLが作ったんだから、門に飾ってお披露目したらどうだ?」
お披露目と言われて、動揺してしまう。
自分の作った物を不特定多数の人に見せるのは初めてだ。
ケイは簡単に言うけれど、私は恥ずかしさを感じてしまう。
それに私は不特定多数の人に見られるより、ケイとワタリに見てもらうだけの方が嬉しい。
何と言えば良いのか分からずにいると、ケイが先に口を開いた。
「やっぱり玄関にしようか。近所の子に悪戯されたらかなわないし」
「そうですね」
「悪戯されるんですか?」
ケイの台詞とワタリの賛同。
以前に悪戯をされた事があるのだろうか。
「飾った事が無いから知らないけど、この家はやたらと広い分子供達は珍しがるからね」
この家は絵本の中に出てきそうな造りで、こんな大きな家は写真や絵本でしか見た事が無かったから私も最初驚いた。
もし私がこの家に住んでいなくて門の外からこの家を見たら確かに珍しいと思うだろう。
玄関に飾る事に決まり、ワタリも一緒に玄関に向かう。
皆が靴を履き終わるとワタリによって玄関扉が開いた。
とても冷たい風が流れ込んできて、手や顔と云った服を纏っていない部分の皮膚が痛くなる。
リースの紐を引っ掛ける場所に私では手が届かないと、ワタリが私を抱き上げてくれた。
引っ掛けると鈴がチリンと鳴る。
「本当にクリスマスだな」
「そうですね」
ケイが笑い、ワタリも笑う。
だから私も嬉しくて、顔の筋肉が勝手に口の端を上げる形を作る。
「ケイにビショップ。あなた達は薄着なんですから早く家に入って下さい」
「そうだな。ビショップ、家に戻ろう」
「はい」
家に入ると、例え廊下でも外より暖かい。
リビングはさらに暖かいのだけれど。
「外に出る時はちゃんとコートやマフラーを身に着けるんですよ」
ワタリが実験室に戻る前に言った。
「分かってるよワタリ」
ケイはそう答えて、ワタリがいなくなってから笑った。
「ワタリはお母さんみたいだな」
私も同じ事を思っていたので、笑ってしまった。
〜戯言〜
ハロウィンが終われば店はクリスマスに染まりますよね。
Lはケイさんに会う前にサンタクロースはいないと知っています。
けしてケイさんが『サンタクロースは存在しないよ』と言ったわけではありませんよ。
それにしても皆さん何歳までサンタクロースを信じているんでしょうか?
リアリズムも良いけれど、夢を持つのも良いですよね。
嘘をつくのも愛情故だと思いますし。
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