デスノ 跡継ぎ | ナノ
悲痛
パソコンの前に座っている私とケイ。
最近はケイの部屋でパソコンを使う様になった。
ケイのパソコンは私の物とは違い、メモリを増やす為にに配線が数本出ている。
今はそれが本体から抜かれているのだが。
画面には幾筋もの記号の列。
今、ケイは不正アクセスのやり方を私に教えている。
「悪い事なのに良いんですか?」
と問えば、眼鏡をかけたケイは笑みを浮かべた。
最近ケイは本を読んだりパソコンをする時以外にも眼鏡をかけている。
眼鏡はかけ始めるとそれに頼る様になって視力が低下していくのだとケイは言っていた。
以前は見慣れていなかったから眼鏡をかけたケイが違う雰囲気を醸し出している様に思えていた。
けれども今は眼鏡をかけてもケイはケイだ。
「言い方が良くないが正義だけでは世の中成り立たないんだよ。皆が皆、正義の味方ってわけじゃないからね」
ケイは笑いながらと言う。
確かに、皆が正義の味方なら犯罪は起きないのだろう。
良い事をする為には悪い事もしなければならない。
善と悪は、もしかしたら表裏一体なのかもしれない。
そんな事を思った。
「目が疲れるけど、この行を見て」
細かい文字が並ぶ列。
ケイは慣れた手つきで記号を打ち込む。
手の動きを目は追わない。
ケイは目を閉じててもこの文を打てそうだなと思った。
「はい。これで終了」
カチッと押すと、画面には個人情報らしく人の名前、性別、生年月日、年収、住所が並ぶ。
だが私達はその情報を見る事も無く、足跡を残さずに脱出する作業を始める。
跡継ぎ
Please,don't betray me.
部屋がノックされる。
「ケイ、今良いですか?」
ワタリの声が扉越しにした。
ケイは椅子から立ち上がり、私に待っててと言って部屋を出て行ってしまう。
窓が外から風に押されて音を立てる。
窓近くにおかれた観葉植物。
それは最近ワタリが置いた物だ。
ケイと私は私の部屋で一緒に寝ているので、今この部屋は誰にも使われていない。
パソコンを使って不正アクセスをする時くらいしかこの部屋に私は入らないし、ケイもあまりこの部屋に足を運ばない。
だからワタリは観葉植物を置いて、命ある物をこの部屋に住まわせたのだ。
観葉植物への水やりは、ケイがしている。
加湿のついた電気ストーブが水を沸騰させる音だけがする空間。
暖かいけれど寒い。
そんな空間。
近頃、ケイとワタリは忙しい様だ。
二人で話をするのはケイの仕事だからなのだろうか。
ケイの机の棚に並ぶ茶封筒は日に日に増していて、これに何かが書かれた紙をしまっているのだと分かる。
けれども私はまだ子供で力不足だから中身がどの様な物か知らない。
ケイは普段と変わらずに睡眠も勉強も散歩も食事も、私と一緒にしている。
この封筒の中味が仕事なら、ケイは仕事をいつやっているのだろうか?
分からなくて、だから余計に不安になる。
私はケイの仕事の邪魔をしているのだろうか。
もし仕事なら、邪魔をしたくない。
仕事かどうか確かめて、仕事だったら私は勉強なら自分で出来る。
……寂しいけれど。
でも、邪魔にはなりたくないから。
見るだけ。
そう自分に言い聞かせて、悪い事をする。
勝手に見るなんて悪い事だ。
ケイに嫌われないだろうか。
でも見なくては、私はケイの邪魔をしているのかしていないのか分からないから。
一番新しそうな封筒。
多分ハサミでだろうか、綺麗に封の切られた大きな茶封筒。
中にはたくさんの紙。
首の後ろに心臓がある様な感覚。
脈が煩くて、気持ち悪くなる。
私は今、悪い事をしている。
気付かれたらケイに嫌われるだろうか。
でも、知らないまま邪魔をしていたくない。
一枚を少し引っ張る。
紙の三分の一を引っ張り出すとそこには『寮について』という文字。
心臓が、さっきまでのが嘘の様に静かになった。
指先が凍る。
視界がぶれる。
紙をしまい、もう一枚を見た。
書いてある文字は『施設』『学校』。
頭の奥が熱を持つ。
静かになっていた筈の心臓がまた煩くなる。
鼓膜が脈の煩ささに破れそうだ。
すぐにプリントをしまって、元の場所に茶封筒をしまった。
あれは どういう 意味だろう。
施設。
寮。
その単語を私は知っている。
孤児院に入る時に婦警から聞いた。
何故その単語が並ぶ紙を、ケイは今持っているのだろう。
考えて出る答えは単純で。
私は施設に戻される
自分で単語を繋げた言葉を作った途端、頭の中が熱を持って思考を狂わせる。
引っ掻きたくても手が届かない脳。
代わりに頭を引っ掻いた。
身体が熱い。
思考がまとまらない。
嫌だ
嫌だ
イヤだ
そんな筈無い。
私はケイを信じている。
ケイは私を好いてくれている。
私の事を好きだと言ってくれた。
好きだと、言ってくれたんだ。
だからそんな筈が無い。
私の勝手な思い違いだ。
「L、待たせたな」
扉からいつも通りに入って来るケイ。
私もいつもの私の様にしなくては。
盗み見た事を気付かれるのが怖い。
でもそれ以上に、気付かれた後にケイから告げられる言葉が怖い。
もし、最悪の考えが現実になったら?
怖い。
足下が崩れて、果ての無い暗闇に落下してしまう。
もう二度と光には当たれない。そう思った。
だからいつもの私でいなければならない。
でも『いつもの私』が分からない。
元より私とはどんな人物だったのか、それすらちぐはぐだ。
「L?」
ちぐはぐな私。
ケイはすぐに何かに気付いてしまいそうで。
見ないで下さい。
気付かないで下さい。
望む事は、叶う筈など無くて。
「どうした?」
心配そうに訊く声。
優しいのに。
なのに何で施設に私を戻そうとしているんですか?
本当にあれは私を施設に戻すつもりの物ですか?
私は施設に戻されるんですか?
その優しさは、偽物なんですか?
「L?」
頭を撫でようとする手。
この人は私を傷付けるつもりなのかもしれない。
信用させて裏切るのかもしれない。
違う。そんな筈が無い。
ケイは私を傷付けたりしない。
ケイは優しい。
裏切ったりなんかしない。
私はケイを信じたい。
でも、もし裏切るなら、裏切る位なら、優しくしないで下さい!
「っ……」
はらわれた手をそのままにケイの驚いた表情。
目を見開いて、私を見ていた。
「どうした?」
すぐにいつもの表情になったけれど、手は行き場所を無くしていて……。
今、私は何をした?
ケイの手をはらった。
私が、ケイを拒絶をした。
冷や水を浴びせられた様に全身から血の気が引く。
心臓の煩い音だけがする。
視界がぶれる。
私は何をした?
「L!」
椅子から飛び下りて扉を目指す。
ケイはすぐに私を捕らえようとした。
けれど
確かに届く距離。
なのにケイの指は腕の布に少し触れるだけだった。
捕まえてもくれない。
触れてもくれない。
余計に苦しくなって、私は自分の部屋に逃げ込んだ。
今まで一度もしめた事が無い扉の内鍵をしめる。
背を扉につけると、急に膝から力が抜けてその場に座りこみ膝を抱えた。
体がガクガクと震えて、膝を抱える腕に力を込める。
部屋は暖房機具をつけていないからひどく寒い。
指先の感覚は消え失せている。
芯まで凍りそうだ。
何をしているのだろう。
拒絶して、逃げて、閉じ籠って。
何をしているのだろう。
「L」
壁一枚向こうからケイの声。
いつも通りのケイの声。
ドアノブが一度動き、鍵がしまっていると分かったのかすぐに戻った。
無理に開けようとしない。
それは、私と顔を合わせる必要も無いからなのだろうか。
きっと呆れられている。
逃げれないくせに逃げる様に閉じ籠るなんて、最低だ。
「L、何を見たんだ?」
どうした。では無く何を見たかと問うケイ。
それは見られたくない物があると云う証し。
「L、今思ってくる事を言ってくれ。それと、私はLが何を見てたとしても咎めたりしないよ」
ケイに何を言えば良いのか。
もう何も分からない。
いつもの優しい声が諦めた様な口調に聞こえて、頭の中が真っ赤になった。
口がわななく。
「孤児院に私を戻すならもう優しくしないで下さい!嫌なんです!裏切るなら優しくしないで下さい!!」
違うと言って欲しい。
笑って、何を言っているんだとからかって欲しい。
どうか私の最悪な考えを覆して下さい。
「あぁ、茶封筒?」
ケイの忍び笑いの声。
お願いだから早く何を勘違いしているんだと言って。
早く。
「L、短時間で物を見て情報を得るのは大切だ。良くやった。でもな、正確な情報を盗るのが重要だぞ」
ちょっと待っててと言って足音が遠ざかる。
また扉の前に来る足音。
まだケイは何も言っていない。
だからまだ扉は開けられない。
早く私の不安を拭いさって欲しかった。
先程の言葉ではいまいち私の考えが勘違いだったのだと言い切れる自信が無い。
自分の都合の良い方に考えられない。
「下から入れるから受け取ってくれ」
扉と床の隙間。
そこから差し込まれて部屋に入ってくる紙。
「読んでごらん。そうすれば分かるから。私が口で何を言うよりも、目で確かめるのが一番だ」
心臓が激しく脈打つ。
数枚入れられた紙を手に取って見ると、『孤児院施設を建てるにあたっての規定及び規則』と云う文字。
二枚目にはだいぶ大きい土地の売買について。
書かれた値段は『0』がたくさんあった。
三枚目には建設費の見積もりや構造等。
どれもケイ宛に書かれた物だった。
小さな文字を読むと、そこにはケイが施設を建てようとしているのだと読み取れる内容。
心臓の鼓動が正常に戻ってゆく。
施設は施設でも、私を送り込むのが一番の目的では無い施設。
「……ケイは施設を建てるんですか?」
「あぁ。正確に言えばもうほとんど出来上がってて今は施設の外壁の話に入ってる」
「……そこに私も入るんですか?」
「私は入れるつもりは微塵も無いけど、Lがもし入ってみたいと言うならとは思ってる。同年代の子も入って来るだろうし」
私は、行きたくない。
この施設には寮がある。
寮生活になればケイと離れてしまう。
離れたくない。
同年代の人とケイを選ぶなら私は迷わずケイを選ぶ。
立ち上がって扉の鍵を開ける。
ケイは扉の横の壁に背を預けて座っていた。
目が合うと、微笑まれて。
「未消化の物は消化されたか?」
「はい。その……済みませんでした」
恥ずかしくなる。
勘違いをして、初めて大声を出した。
「間違いも大切だぞ?人間はね、間違いから学ぶ事が出来る生き物なんだ。Lは良い経験をしたんだから謝る事なんて何も無い」
ケイは私の頭を撫でる。
芯にあった寒さが暖められて、溶けてゆく。
ケイを信じられなかった自分がひどく浅ましく思えた。
ケイの手をはらったのに、ケイは私を咎めない。
あれで傷ついたのはケイでは無く私なのだという扱い。
何でこんなに優しいんだろう。
「それとL、良い事……否、あまり良い事じゃないかな?まぁ知ってて損をしない事を教えておこう」
笑みを浮かべたケイと一緒にケイの部屋に入る。
暖かい部屋。
加湿機の水を沸かす音が鳴っていた。
ケイがベットに腰掛け、膝を示す。
私は膝の上に座った。
私を抱き抱える様に体育座りの私の足の前で指を組むケイ。
ケイの心音を背中に感じる。
「茶封筒が並んでいる時はまず両端を見るのが一番だ。だいたい日付順で並んでいるからな。もし何か秘密事項の手紙なら最初に主題が来るだろ?だから日付が古い物を見るんだ。その後最新の物を見ればなんとなくでも内容は掴める。時間があればちゃんと日付を確認たりしっかり読むのが一番だが、時間が無い時はこれが一番だな」
盗み見る時の心得を話すケイ。
良い事だけでは無く悪い事も教えるケイが何だかおかしかった。
ケイは他にもどこら辺に重点がくるのかなどの話をしてくれる。
盗み見る方法を話したケイは「以上」と言って締めくくり、手を離して後ろに倒れてしまった。
見ると両手を広げていて、シーツにたくさんの筋が出来上がっている。
膝の上に座ったままの私。
「Lも横にならないか?」
目を閉じたまま言われて、ケイの膝から降りてベットに横になる。
ケイが腕枕はいらないか?と問うてきたので私は頭を乗せた。
眼鏡を外し、頭上に置くケイ。
私を抱きしめてくれた。
心音が近い。
暖かい。
きゅうっと抱き締められて、幸せになれる。
「L、初めて大きな声出したな。あの場面での事なのにこんな事を言うと不謹慎だけど、嬉しかった」
「……」
何故私が怒鳴ったのが嬉しいと思えるのか分からず黙っていると、ケイは笑った。
「でもやっぱり、大きな声出すのに慣れて無いよな。まぁ私もそうだけど」
ケイが大きい声を出した事があっただろうか。
私の記憶には無い。
ケイは私が怖がる事をしないから。
「L、これから夜に本を読む役はLがやる事にしよう」
「私がですか?」
いつもケイがやってくれていた読み聞かせ。
これからは私がケイに読み聞かせをする様にしようと言うケイ。
私は声を出して読み、人に聞かせた事など無くて、急に出来るはずが無い。
「声に出して読むのも結構声を鍛えるのに役に立つんだぞ。大丈夫、誰だって最初は新人だ」
頭を撫でてくれるケイ。
言っている事は正論で言い返せない。
それに、私がケイに読み聞かせるというのをしてみたい気持ちもする。
頷くと、今日からゆっくりやっていけば良いから緊張しなくて良いんだぞ。とケイは言った。
背中をあやす様にぽんぽんとされる。
「そうそう」
話の切替えをする合図。
私も頭を切り替えた。
「施設の名前『ワイミーズハウス』にしたんだ」
「設立者はケイなのに、ワタリの本名なんですか?」
驚いて、すぐに疑問が口から出る。
どう考えてもおかしかった。
ケイなのだから『ワイミー』の部分が『クウォーク』になる筈だ。
ケイは笑顔のまま、良い質問だと言った。
そして頭を撫でてくれた。
「私の名前は偽名だろ?本物では無いからな」
忘れかけていた事。
ケイの本名はクウォークでもケイでは無いのだ。
でも私の中でケイはケイで、他の名前になんてならないから忘れていた。
「だから本名を持ったワタリの名字をいただいたわけだ」
私の『L』も『ビショップ』も、もう私の名前だけれど私の名前では無い。
ケイは不変の物を施設の名前にしたかったのだろうか。
良く分からない。
「ケイは本名が良かったんですか?」
「そうだな。苗字にしたのは施設内が家族みたいになって欲しいっていう願掛けからだけど」
ケイの願掛け。
だから『ハウス』がつくのだろうか。
施設の名前にはたくさんの意味が含まれていたのだと知る。
そしてそれは優しさに満ちている。
「ケイ」
「ん?」
「どうして施設を建てようと思ったんですか?」
「なかなか良い質問だ」
ケイは笑って、私をきゅうっと抱き締めた。
「でも私はそこまで善人じゃないから理由は無いんだ」
本当は理由があるのだろう。
けれど言わないのは、私に対するクイズなのだろうか。
それとも、別に言いたくない理由があるのだろうか。
優しいケイは自分を善人では無いと言うが、私はケイを善だと思う。
だってケイは私を裏切ったりしなかったから。
〜戯言〜
Lが初めて大声出しました。
ビックリ。
せっかく良い状況なんだから荒波を立てるなと言われそうですね。
でも、たまには本心でぶつかるべきだと思います。
相手を傷つけちゃうから言わない。そんな事ばかりしていると疑心に囚われてしまいそうですよね。
体当りしてぶつかって、本心を聞いて言って、それで不安を拭いされるならばこした事は無いかと……程度にもよりますが。
(言葉が人との距離を広げたりもしますからね。難しいです)
ただ物分かりの良い子なんてこの世には居ないでしょう。
まぁ、Lの勘違いだったんですが。
それにしてもワイミーズハウス。
ようやく名前が出せてスッキリしました。
ケイさんはワタリさんと話し合って決めてますよ、勿論。
無断で決めたりしてません。
ワイミーズハウスはワタリさんがおじいちゃんで子供たちが孫、先生がお父さんお母さんって感じだったら良いです。
一度失った物を与える場所、傷を癒す場所。そんなところだと良いです。
最近は外に出る話ばかりだったので室内でしたが、季節感がやはり出ませんね。むむ。
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