デスノ 跡継ぎ | ナノ
来たる冬
昼過ぎ。
空はことのほか晴れていた。
雲が無い。
窓の向こうに見える世界にあるのは葉をほとんどつけていない樹。
風が強いのだろう、樹は柔らかい物質の様に斜めに体を揺らす。
窓硝子が叩かれた様な音を立てる。
「凄い風だな」
眼鏡をかけたケイが外を見ながら言う。
風が強い。
ラジオからは笑い声が聞こえていた。
跡継ぎ
風花
ケイはラジオが好きだ。
食後はこうして、ラジオを聞いてのんびりする時間が出来た。
でもそれは最近の話。
食後に勉強もしなくなったし外も寒くなっているから、暖かい部屋でのんびりとする時間が増えているのだろう。
ラジオを聞く時ケイは目を閉じてソファに全身を預ける格好をする。
全身で聞き入っている様な姿。
車に乗っている時もケイは目を閉じていて、以前からラジオが好きだったんだと今さら気付いた。
「L?」
「あ、はい」
「今日散歩に行くか?この風だけど」
窓の向こうでは風が凄い声を発している。
樹は柔らかい物質の様に体を揺らす。
歩く人はコートを手で閉じてまるで台風の中の様に歩く。
流石に出たいとは思わなかった。
ケイは何を考えたのか席を立つ。
台所に行き、水の入ったペットボトルを手に持つケイ。
マグカップでは無くペットボトルなので部屋にある観葉植物に水をやるのだろうと分かる。
ケイは以前マグカップで水をやろうとして零したので、口の小さなペットボトルを使う事にしているのだ。
リビングから廊下に出る扉を引っ張って開けるケイ。
廊下の冷たい空気にケイは肩を少し上げた。
そして部屋を出て行ってしまった。
シンと静まり返る部屋に場違いな程明るい声を発するラジオ。
しばらくして階段を下りてくる音がして、リビングに入ってくるのはもちろんケイ。
「この部屋は暖かいな」
暖房機具が活動しているリビングは陽がたくさん差し込んでとても暖かい。
ソファに座って、ケイは私の顔に指を当てて来た。
手の冷たさに身体がびくりと驚いてしまう。
触れた指先は氷の様だ。
「冷たいだろ」
ケイは笑って手を離す。
部屋の暖かさに頬がジンとした。
「そんなに冷えるんですか?」
この部屋から出ていた時間はそれほど長くない。
なのにあの指先。
そんなに寒いのだろうか。
「指先だからだよ」
ケイは笑って手を握ったり開いたりする。
動かせば暖かくなるからだろうか。
「ケイ」
「ん?」
手を握ったり開いたり。
ケイは私を見た。
そしてにこりと笑って、
「おいで」
と言った。
両手を伸ばして抱き締めてくれる格好。
いつもなら膝に乗って背中をケイに預けるのだけど、今日は抱き付いた。
ケイの服も少し冷たい。
ケイは抱き締め返してくれた。
暖かいし、落ち着く。
心音は少し早いけれど心地良い。
人の心音はこんなにも落ち着く。
「寒い処から暖かい処に来ると、指先が氷に触った時みたいだ」
指先がじんじんとしているのだろう、ケイは笑っている。
身体の当たり前の感覚に笑うケイは、私よりも子供に見えてしまう。
ケイは窓の外に目を向けて、私もつられて外を見た。
硝子越しに見える景色は相変わらず風が強く樹は葉の無い枝を揺らす。
風に乗って、白い小さな物が斜めに流れている。
「雪ですか?」
「風花かな」
ケイは私に立とうと促し、ソファから立ち上がると窓辺に向かった。
「風花だよ。何処かから風に乗って来たんだ」
小さな白い物は地面に落ちても積もる事は無さそうで。
太陽の陽射しを浴びながらここまで来た雪。
外に出たい。
「外に出ようか」
まるで私の心を詠んだ様にケイは言った。
「はい」
リビングを出て寒い廊下を通りながら自室に行き、コートとマフラーを身に纏う。
コートもマフラーも室温と同一化していて冷たかった。
私の方が早く準備を終えて廊下に出てケイを待つと、眼鏡をかけたままのケイはすぐに部屋から出て来た。
視力が下がらないからつけないと言ったのに、ケイは気がつけば眼鏡をかけている。
そのケイもコートとマフラーを身に着けている。
けれども手袋はしていなくて、冷えきった手同士で繋ぐ。
すぐに指先が冷えるのは本当だった。
靴を履いてすぐに外に出ると、まだ風花は舞っていた。
ケイが玄関を閉めると、飾っているリースの鈴がチリンと高い音を奏でる。
太陽の光に当たって白い雪は乱反射を起こしたりしている。
手を伸ばして掴むと、手の中に氷を触った様な冷たさの後、水だけが残った。
地面に落ちた雪は手の上に乗った時と同じ様に消えてしまう。
「積もらないんでしょうか?」
息は煙みたいに白くなる。
以前テレビで見た機関車みたいだと思った。
「今は無理かな。でもじきに雪は降るよ。風が強い分雲の流れも速い。降ってはやんでの繰り返しだ」
ケイの吐き出す息も白い煙になる。
天を仰ぐケイ。
見上げた空は青くて、小さな雲は流されている。
眩しくて、目を閉じた。
肌を撫でる風はこんなにも冷たいのに頬に感じる陽射しは暖かい。
「マフラー、ちゃんと巻かなくちゃ駄目だぞ」
声に反応して目を開くとケイは乾燥して茶と黄色に染まった芝生をサクサクと踏んで私の前に来てしゃがむ。
マフラーを外す事はせず器用に隙間を作らない様に巻くケイ。
手が肌色では無く、赤みを帯びた色になっている。
「ケイ、手が」
「寒さを感じている証拠だ」
手を握られた。
鈍い感覚なのは冷え過ぎたからなのだろうか。
「ビショップの手も同じだ」
煙りの様な息。
寒さを感じている証拠。
ケイの笑顔につられて私も笑う。
不思議だと思った。
コートを羽織っているのに肌は冷える。
手は赤くなるほど寒いのに、鼻の先がジンとする程寒いのに、暖かい。
ケイは立ち上がる。
手は繋いだままだ。
「何処からこの風花は来たんだろうな」
難しい質問。
私は沈黙を答えとした。
「長い間風に乗って、遠くから来たんだろうな。遠路はるばるご苦労な事で」
生き物の事の様にケイは言う。
それがおかしくて笑ってしまった。
するとケイも笑う。
眼鏡のレンズに雪がついて水になる。
ケイはそれを気にした様子も無いけれど、見辛いのではないだろうか。
「眼鏡拭かなくて良いんですか?」
ケイは眼鏡を外してじっと見た後、拭かずにポケットにかけてしまった。
「かけないんですか?」
「今は拭く物が無いからね。それに景色を見るのに目を凝らす必要は無いだろう」
目を閉じて深呼吸をするケイ。
髪が風で好き勝手に舞っている。
頬がジンジンとして、寒いはずなのに熱をもって変な感じだ。
空気を吸い込むと肺が痛いくらいに風は冷たい。
「せっかく外に出たんだから少し歩くか。とは言っても私は眼鏡をかけていないから視界が悪い。だから安全な庭を散歩しないか?」
「はい」
風花は舞う。
落葉樹は葉をすべて散らしてしまった。
けれどこの家の庭には常緑樹もあって、それは表面が光を反射する様な厚い葉を茂らせている。
コートを着て寒さから身を守る様に茂った葉。
寒くて葉を散らして冬眠に入る樹と、葉を茂らせて寒さに堪える樹。
門の外を駈ける人がいた。
私と似た年の人。
夏に比べて少なくなった人の声や駆け回る音。
夏にテニスをやった場所は人がたくさんいたけれど、今は静寂なのだろうか。
冬は寂しくなる季節なのかもしれない。
手を強く握ると、握り返してくれた。
風花が舞う。
ケイは柔らかく笑顔を向けてくれた。
〜戯言〜
風花って綺麗な名前だと思います。
風花って風に乗って舞う白い雪が花弁の様だったからついた名前なんですよね?
風流がありますよね。
冬を耐え抜く樹。
冬は眠りに入る樹。
耐え抜けるだけの強さがLに果たしてあるのか不安です。
耐え抜けないまでも、春が来た時にしっかりと目を覚ませるのでしょうか。
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