デスノ 跡継ぎ | ナノ
日常
ずっと暗い空間だった。
すべてが無だった。
でも感覚は鈍くだけどあって。
どこからが現実か、どこまでが夢か、もしくはまだ夢か、いまいち分からない感覚。
けれど腕枕や抱き締めてくれる腕、自分の物では無い鼓動でこれが現実なのだと分かる。
一度強く目を閉じ、目を開く。
頭上から忍び笑いをする声。
「おはようL」
口の端を上げて、優しく笑いかけてくれるケイ。
安心する。
「おはようございますケイ」
「早い目覚めだな。まだ5時代だぞ」
毛布の中は暖かいけれどきっと外は寒いのだろう、毛布から抜け出して頬に触れてくるケイの手があたたかい。
「眠気は?」
「無いです。ケイは?」
私が起きる時には起きているケイ。
ちゃんと眠れているのだろうか。
それとも元より睡眠をあまり取らなくても良いタチなのか。
「無いよ」
きゅうっと抱き締められて、ケイの心臓の音を間近に聴く。
優しくてあたたかい音。
気持ち良い音。
「外に出ようか。この時期なら朝霧が見れる」
「はい」
跡継ぎ
闇から救い出してくれる存在
「いつもより厚着をしような。外は寒いから」
「はい」
ベットから降りて、部屋の電気をつけたケイは着替えに自分の部屋に行ってしまった。
室内の空気はこんなにも冷たかっただろうか。
暗幕カーテンの向こうの景色は、ケイと見る物だから私はそのままクローゼットを開ける。
寒いだろう外。
私はあたたかそうな服を選んだ。
電気を消して廊下に出ると、ケイは廊下に居た。
「うん。暖かそうだ」
頭を撫でる優しい手。
ケイはセーターを着ている。
「静かに外に出よう。ワタリは6時に起きるから」
口元に人差し指を立てて小さな声。
「はい」
階段を静かに下りて、ケイはセロハンテープを付けた大きめの紙をリビングの入口に付けた。
『おはようワイミー。ちゃんと睡眠をとったか?私達は朝の散歩に行って来ます。朝食には帰ります』
ケイは悪戯っぽく笑った。
私は何だかおかしくて、顔の筋肉が緩んだ。
手を繋いで、足音をあまり立てずに玄関へ向かう。
ケイが靴を履き、玄関の鍵を開けて押すと冷たい空気が地を這う様にやってきた。
玄関の向こうにはいつもと違う世界。
薄くではあるけれど空にある雲が下りて来た様な、そんな世界。
息が白くなった。
鍵を閉めたケイは私の手を握った。
「息が白くなるだろ」
「はい」
嬉しそうなケイ。
私も嬉しくなる。
息が白くなるのは、その人が暖かいから。
ケイは暖かい人だから息が白い。
暖かい手も嬉しい。
遠くが霞んでいて一歩前に出ればその一歩分だけ先が見える様になる。
一定の距離しか見えない世界。
独りならば寂しくて哀しくなるだろう。
だけれども、今は不思議と寂しくない。
ケイは道を飾る葉に触れ、私にも触ってごらんと言ってきた。
表面はツルツルとしていて厚さがある葉。
裏が冷たかった。
指が冷たい滴に濡れて、ジンとする寒さを感じた。
「何で水滴がついていると思う?」
驚いた私を見て、ケイは問うてくる。
葉の裏についた冷たい水滴。
道の途中の曲がり角にあるカーブミラーについた鏡についた水滴。
朝霧だ。
「夜になって気温が下がる事で空気中の水が冷えるからです」
「正解」
外の気温はそこまで寒くは無くて、もう息は白くはならなかった。
太陽が少し動くだけで霧はすぐに姿を隠す。
夕陽でもないのに長い影。
太陽の日差しがピリピリと冷えた肌を溶かす様に暖めるのを肌で感じる。
西の方を向くと眩しくて、目を閉じても太陽があった位置に変な物が浮かんでいた。
「朝日と夕陽って違うよな」
ケイは太陽の方をまっすぐに見ていて、だから眩しいからなのか目を細めてつらそうに眉を顰めていて。
その表情に、訳も無く苦しさを覚える。
私が見ていると気付くと私の方を向いてくれた。
そして優しい、見慣れたケイの笑顔。
「ビショップ、不思議に思わないか?朝の陽射しは白いのに夕方の陽射しは橙色なのを」
言われて、そういえばそうだと思う。
日常の事過ぎて、今まで疑問にすらならなかった事。
今は白い光。
時が経てば橙の光。
「波長の違いで光の色は決まるんだよな。目に見えない物だから仕方ないんだが、受け入れるだけしか出来ないのはどうも落ち着かないよ」
ケイは息を深く吐いて、笑った。
日がさす場所は暖かい。
日陰との差を思い知る。
まるで前の私と今の私の様だ。
今はケイが居るから暖かい。
住宅街をぐるりと周り、家に帰る頃には身体の中が熱くなっていた。
大きな、威厳のある門をケイが開けて私を先に入れてくれる。
錆があるのだろう、閉める時に空気を裂く様な音が鳴った。
玄関に手を繋いで向かうと、ケイがポケットから鍵を取り出すより早く玄関扉が開いた。
「お帰りなさい、ケイ、ビショップ」
「ただいまワイミー。おはよう」
「おはようございます。ただいま、ワイミー」
外ではワイミー中ではワタリ。
私は外ではビショップ中ではL。
使い分けが意識しないでも出来る様になっている現在。
いつから無意識で識別する様になったのだろうかと、ふとそんな事を思った。
家に入って靴を脱いで、ケイと一緒に手を洗いに行く。
リビングが暖かいから冷えた身体の表面が暖められて少し痒くなる。
身体の中の熱と部屋の熱。
熱い。そう思った。
「L、着替えに行こうか」
ケイも熱いらしく、襟首を指で引っ張っていた。
もう片方の手にはコップ。
「はい」
手を差し出されたので、手を握る。
温かい手。
二階に上って、自室に入る。
今はまだ日中は熱いから服をやや薄着にする。
廊下に出ると、ケイはまだ居なかった。
ケイの部屋。
扉は閉ざされている。
着替えているかもしれないから部屋に入るのをやめて、扉近くの壁に背を預けて座る。
少ししてケイが部屋から出て来て、床に居た私を見て一瞬驚いたが笑みを向けられた。
「待っててくれたのか?ありがとうな」
手を繋いで、階段を下りる。
三人で囲むテーブルには朝食。
ホットミルクの入ったマグカップ。
少し蜂蜜が入っていて甘い。
ケイもティーカップに口をつける。
私は砂糖をたくさん入れなければ苦くて美味しくない黒い液をケイは飲む。
「ケイ」
「ん?何だ」
「扉に貼った紙、朝から笑わせていただきました」
「ああ」
ケイはティーカップを置く。
そして朝扉に紙を貼った時と同じで、悪戯っぽい笑み。
「笑ってもらえたなら作戦は成功だ」
「ケイとビショップはちゃんと睡眠をとっているんですか?」
「もちろんだ。なぁL」
「はい」
私達は自然に目が覚めるまで寝ている。
それはしっかり寝ているから。
「あぁそうだワタリ、今日研究室使うか?」
「特に予定は無いですよ。実験ですか?」
「L、今日は実験して見ないか。雲や霧を作ろう」
言われて、作れるのだろうかと思った。
けれどケイが言うのならば作れるはずだから、
「はい」
私は頷いた。
実験は好きだ。
ノートの上でやるよりも、物を使ってやる方が楽しい。
ケイが笑みを浮かべるから、私は楽しみになった。
今日もケイからいろいろ教えてもらえる。
そう思うだけで、今日の朝暗闇みに不安になっていた事なんて頭から消えた。
〜戯言〜
日常の一コマに幸せは結構含まれていますよね。
当たり前になっている幸せも結構ありますし。
Lには小さな幸せにも気付いて欲しいです。
今回はケイさんがわざと貼った紙で、Lもワタリさんも笑えましたからね。
ちょっとした事でも笑えるし、楽しめる。
結構大切だと思います。
笑う門には福来たるとも言いますからね。
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