デスノ 跡継ぎ | ナノ
秋晴
庭に出ると広がる世界。
目に痛い程の青に白い雲は一点も無い。
空が近く感じるのは何故だろうか。
庭の樹を眺めているL。
色褪せて散る葉。
朱に染まり散る葉。
吹き抜ける風は今までとは違い強い。
葉は羽毛の様に舞って地に落ちる。
「勢い良く散るな」
視力の悪さと眩しさに目を細める。
視点が合った処で霞は消えない。
閉ざされていた冬の入口が、今はもう無防備に開け放たれている。
後はそこを通過するだけ。
通過すれば冬が来る。
跡継ぎ
A beautiful autumn.
冬は途絶えだと、最近になって思う。
夏に茂った生命力の象徴の様な葉は絶え間なく散る。
枝の先端部は葉を散らし細い枝を晒す。
夏の夜、秋の夜、啼き続けていた虫達は姿を隠し始めていて夜に聞こえる音色は弱く、そして小さい。
これから静寂がやってくる。
ゆっくりとゆっくりと世界から色彩を抜き取り、やがてくるはモノトーンの世界。
その中で春が来た時に色彩を取り戻せないものはどれ位いるのだろうか。
手を繋いだまま庭を一周する。
私が植えた物では無い常緑樹は緑の葉を茂らせている。
私の菜園の場所はもう何も無い。
食べるのでは無い物はただ乾燥させ、今は貯蔵場所に。
一周して、玄関が見えて来た。
「家に戻ろうか」
Lが私を見上げる。
黒髪の隙間から伺えるのは大きな黒い瞳。
色彩が薄くなるこの世界。
けれどこれからを通して、君が見る世界が色褪せなければ良い。
色とりどりの世界をたくさん見ると良い。
たくさんの世界を知って欲しい。
物事はすべて一つでは無いのだから。
大切だから、そう思うのだろうか。
私がこんな願いを持って良いのだろうか。
勝手にこの子に対して望みを持って良いのか。
「はい」
玄関の方に足を進める。
庭の芝生は葉が固くなった様で、夏本番の時の様に踏むと靴越しに感覚を覚える。
だがそれは弾力がある夏のものとは違い、踏んだらそれきりだ。
家の中は窓を閉め陽射しだけを室内に取り入れているからだろう、ことのほか暖かい。
影の長さや風の冷たさと強さを無視して陽射しだけならば、夏を感じさせる季節。
「なぁL、今日は夕方になってから散歩をしないか?」
いつもは日中の、それも陽が高い時に散歩をする。
滅多に夜に外出する事が無い私達だから少し趣向を変えてみるのも良いのではないだろうか。
それに夕方から夜にかけてであり、またこれ位寒くなってくれば変質者とやらも少ないだろう。
第一ここは治安が良い。
だから夜に出かけるという提案を出せた。
そんな考えからの発言。
心のどこかで、夕方の記憶を良い物に変換したいと云う気持ちがあったのは隠しようも無い事実なのだが。
Lは大きな目を見開いた後、この提案に興味をひかれたのか大きく頷いた。
「夕方や夜は世界が違って見えるぞ」
とは云っても、そんなに遅い時間にするつもりはない。
午後六時過ぎならば十分暗いこの季節。
五時に家を出るなら安全だ。
ワタリは最初こそ遅く(とは云っても五時)に出かけるのかと再度問う様な態度で居たが、すぐにそうですか。と云う返事で締めくくった。
最近、ワタリの気遣いを感じる。
優しい人に気を使わせるのはたまらなく嫌だ。
ただ笑っていて欲しい。
Lやワタリが苦しむ事なく穏やかに笑っていられる世界を作ってやりたいなんて、不可能な願いだろう。
世界は常に動いていて、安らぎだけの世界など無いのだから。
それでも願わくは二人だけは。そう思う。
自分の我儘に一番自分が溜息をつきそうだ。
今、ソファに座りながら膝の上にLを座らせて抱き抱える格好の私。
慣れ過ぎた格好。
膝を抱えるLを私が抱える。
Lの髪は伸びていて、癖が強い為なのか重力を無視した様につむじを中心にはえた髪。
撫でるとややかたいが質が良い髪。
「今度髪を切るか」
Lが首をのけ反って私を見上げる様に見るので、私は抱擁をやめる。
Lは自主的に立ち、私と向き合う格好になって座る。
「髪の毛、視界に入って邪魔だろう」
前髪を上げようとすると、Lは少し身をひいた。
失敗をしたのだと理解してしまう。
出来るだけ普通を装い、やり場の無くなった手でLの頬に触れる。
「子供の肌って綺麗だよな」
当惑した表情を向けられる。
わざとらしいなと自分でも思っている。
でも今から話を他に変えるのもあからさまだし、そんな事をすれば聡いこの子に気付かれる。
Lの手を取って、私の頬に触れさせる。
小さな手。
手のひらに収まる程小さな手。
私は何度この手に触れたのだろう。
そしてこの手は、これから何を掴み取るのだろう。
「ケイの頬はあったかいです」
安堵した様に言うL。
私も安堵してしまう。
「Lの頬もあったかいぞ」
最初会った時は痩せていたけれど、今はワタリのおかげで柔らかい頬。
綿菓子やマシュマロ。そう云った物に子供が喩えられるのが理解出来た。
夕焼けの時間。
靴を履いて、外に出る。
夕焼け空はうろこ雲。
藍
あやめ
茜
表情出来ない色が空を装飾している。
世界も真紅を薄く塗ったみたいだ。
風は強くそして冷たくて、繋いだ手のみが暖かい。
息が白くならないのが不思議だ。
これと云って話す事も無く、私達は手を繋ぎじきに沈む陽に吸い寄せられる様に歩く。
普通なら眩しくて背を向けたくなるはずなのに。
不思議なものだ。
公園に差し掛かる。
昼は子供が遊んでいるのに今の時刻は静寂。
「中に入ってみるか」
「はい」
広い公園。
人影がどこにも無い。
「ケイ……」
「ん?」
小さな声。
見れば、髪の隙間からこちらを伺っている。
奇妙なデジャビュ。
出会った頃を思い出す。
「どうした?」
口を開きかけて、そして閉じる仕種は緊張の証し。
何を緊張しているのか。
そんな事いちいち問わなくても分かる。
先刻の出来事がまだ未消化で、居心地が悪いのだろう。
どうにかしたくて、でも自分からは言えない。
だからと云って私から先刻の出来事を持ち出すのはどうだろうか。
Lは私に髪をかき上げられるのを拒絶した。
その拒絶は意識的なものでは無く無意識であったのは理解している。
だから拒絶としては受け取っていない。
むしろ私の配慮の無さによるものだったのだ。
あれはきっと過去の経験から導き出された動作。
それをはたして私がこの子に問いただして良いのか。
記憶を抉り出す行為をすべきなのか。
判断がつかない。
何故こんなにも悩むのか。
まるで腫れ物に触る様な自分。
らしくない。
最善の事をすれば良いのだ。
でもその最善の事が、分からない。
事件なら楽なのに。
相手が他人なら楽なのに。
時間が人の傷を癒す筈無いのだから、例えその場は傷を抉ろうともそれで膿を出した方が良いと云う考えだったのに。
Lにそれを適応したくない。
それにこれは時間を急く事件の証言調査では無いから。
まだ記憶の波に呑まれてしまうかもしれない少年の記憶の蓋を開ける勇気が無くて。
優柔不断。
そんな四字熟語が頭に浮かぶ。
悩むなら進め。
やらずに後悔するならやって後悔しろ。
今まで教訓としていたものは、音も無く消え去っていた。
差し障りのない、波を立てない楽な道を選ぶ程、私は弱っているという事か。
らしくない。本当に。
こんな自分は嫌だ。
周りに人は見当たらない。
深呼吸をする。
冷たい空気が肺を満たすと痛みを感じた。
悩むなら進め。
やらずに後悔するならやって後悔しろ。
心の中で反復を。
しゃがんで視線を同じ高さにする。
上から言うのでは無く、同じ高さの視線で言いたかった。
「ビショップ。私が髪をかき上げようとした時、頭に何が浮かんだ?」
伺う様に見るL。
私にそんな態度はとらなくて良いのに。
どうすれば君は自信がつくのだろう。
何故顔色をそんなに気にするのだろう。
「お……お母さんに、眼が、気持ち悪いって、よく言われていたんです」
途切れ途切れに紡がれるは予想通りの返事。
母親が暴力の口実を作っていただけだ。
Lもきっとそれは分かっているのだろう。
だが言葉の暴力は心に深く根付いているのだろう。
だから、子供だから分からないと思って暴言を吐く人は嫌なんだ。
何でもっと言葉を選ばない。
「ケイは……」
「ん?」
「ケイは、気持ち悪いって思わないんですか?」
Lの眼は確かに大きい。
だが何故それを気持ち悪いと思わなくてはならないのだろう。
本当の気持ちを口にするのは難しい。
それでも今言わなければならない事だってある。
「ビショップの眼に今、世界はどう映る?綺麗か?」
「……はい」
当惑した表情。
私の顔は勝手に笑みを浮かべる。
きっと精一杯の照れ隠し。
言わなければ。
喉につまるものは重く胃にのし掛かる。
緊張だ。
大切な言葉だから言えない。そんな事が自分の身に起こるなんて思いもしなかった。
「私の眼に映るビショップは綺麗だよ。この世界とは違って全部が綺麗だ。それなのにどうしてビショップを気持ち悪いなんて思うんだ?」
しっかりと発音して、気持ちを言葉にする。
言葉だけで気持ちが伝わるとは思わない。
けれど言葉にしなければ伝わらない事もたくさんあって。
私が言葉にしない事でLが不安にかられるならば、私は言葉を紡ごう。
それでこの子が少しでも自信を持つなら、苦手な事だってきっと私はやり遂げる事が出来る。
Lが初めて(ハロウィンの時のはLが動転していたからカウントしていない)抱き付いてきた。
背伸びをして首に回される手。
私は前に倒れそうになって、膝を地についた。
気恥ずかしさと、安らぎ。
周りに人が居なくて良かった。
本当ならば抱き上げてあげたい。
けれど私の腕はそんな筋力無くなっていて、抱き締める事しか出来ない。
感じる歯痒さ。
「寂しくなったり不安にかられたりするならば言ってくれ。私はそばに居るから」
偽り事を言う自分。
だが『いつまでも』とは言っていないから嘘ではないか。
西の空は、あやめ色に染まっていた。
〜戯言〜
大切な言葉は声にならないですよね。
ケイさんの優しさも、Lの気持ちも、言葉の数だけで伝わるなら簡単だと思います。
それでも時折言う言葉はいつも言う言葉よりも価値がある様に思えます。
余談
A beautiful autumn.〈秋晴れ〉
- 30 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -