デスノ 跡継ぎ | ナノ
懐疑心
私はまだLに教えていない事がある。
心理学だ。
考え方や物事の見方については時々教えるが、それでも私は行動や言動からの分析を教えていない。
それは最初故意にやっているのだと思っていた。
心理は幼い頃に学ぶよりも学ぶ本人が思春期を迎えてから学んだ方が理解出来るから。
もしくは幼い頃に学ぶと自分が思春期を迎えた時にひどく冷めた視点で自分を見る事になり、思春期の時期にある精神面の成長はやや乏しくなるから。
それに心理は、一人でも出来るから。
だがそれは、限り無く無意識に近かった。
私は恐れていたのだ。
この子が心理を学び、その視点から私を見る事を。
隠し事はたくさん有る。
今一番Lに引け目を感じる隠し事は無論Lの母親の事。
元から聡い子だから、心理学を少しでも囓れば私が何かを隠している事に気付いてしまうかもしれない。
言う前に気付かれるのは、言うよりも怖い。
それは自分の中で納得した上で口に出して言うのでは無く、相手に気付かれたから言うとの違いだ。
虚を衝かれて自分の中で納得していない事を口に出すのは不安と恐怖を作り出す。
考えるだけで不安と恐怖にかられる私が虚を衝かれたものならばどうなるか、考えるだけで溜め息が出る。
つまるところ私はLの母親を手にかける前から、きっとLと会った時から、何かを隠そうとしていたのか。
無意識にその様な行為をとっていたとは、それこそ溜め息物だ。
跡継ぎ
I believe in you.
今日は今までに学んだ事が身に着いたのかを確かめる為にLに問題集を解く様に言った。
簡単なテスト。(私が簡単とは云っても、難易度では『難』なのだが)
人が居ると催促されている様に感じるだろうと思い、私はリビングに居るから解けたらリビングに来てくれと伝えてLの部屋を出た。
階段を下りて廊下を進むと掃除中らしいワタリが客間から顔を出す。
「ケイ、出かけるんですか?」
「いや、少し庭に出るだけだ」
「もう寒いんですから、あまり長居しては駄目ですよ?」
その言葉はまるで親が子供に帰ったら手洗いうがいをしなさい。という物の様で、笑みが浮かんでしまう。
「分かっているよ」
掃除の手伝いを私がしても足手まといになりそうなので靴を履いて庭に出る。
強い風は日中だからそこまで冷たくなく、見上げなくても視界に入る空は雲一つない澄んだ青。
先代が植えた、常に緑の葉を茂らせている樹。
私が植えた、冬が来れば葉を散らす樹。
統一感の無い庭。
どうして私は常緑樹で統一された庭に落葉樹を植えたのだろう。
それは単に好きだからと云う理由だけでなく、先代と同じ趣向を持ちたくないと云う意識があったからなのかもしれない。
私はあの人を理解したくなかったのだ。
反発心の現れだろう。
そう思うと、昔の自分を少し笑いそうになる。
常緑樹を見上げる。
そういえばあの人は深層心理を探るのが好きだった。
それ故に、人を常に疑っていた。
だから小さな私ですら疑い、また自分の立場を脅かす者として見ていたのだろう。
それが心理の落とし穴だ。
確かに心理を学んで人の真意を見れる(それにより時折やる騙し合いに勝てる様にもなるとする)ならば誰でも興味を持つ。
だがそれで人の裏の顔にばかり注意を向けるのは愚かではないだろうか。
裏を見て良かった例など滅多に無い。
なのに裏を見ようとする。
自分が後悔すると分かりながら得た知識を使いたいという気持ちと興味本位から人の裏を見て、そして疑心暗鬼に陥る。
心理を学び得た知識は使う時を見極めるのが重要なのだと思う。
……尤も、私も見極める云々は出来ていないだろうけれど。
頭の中では理解していても実践出来ない。
周りとの関係を持たずに成長した『L』の欠点の一つは、常に人の裏を見て事件の謎解きをする為に事件以外での人付き合いが下手な処ではないだろうか。
(『L』になる者は過去が過去だから元々人に対して距離を置こうとするのも理由になるのか)
幸いにして私にはワタリが居たから良い方なのだろうけれど。
常緑樹から目を外し、歩く。
向かう場所は私が園芸をやっている一角。
やっているとは云ってもこの時期なのだから今は何も育てていない。
そろそろすべて収穫しなければならないだろう。
今日収穫しようかな。
腕につけた時計を見る。
早くても問題集を解くのに2時間はかかるだろう。
一人で収穫するのも悪くない。
それにここにはまともな物とそうでない物がある。
私は草に触れ、抜く作業を開始する。
食べれる物はワタリに渡そう。
他は……どうしようか。
日干しすれば乾燥物になって日持ちするだろうか。
食べられない物は私達には必要ない。
けれど『L』は毒物などを持っていて損はない。
庭で毒草を栽培している私。
幼い頃、勉強の合間に庭に植えた落葉樹に水をやっていたのを思い出した。
今落葉樹は私が水をやらなくても枯れる事なく悠然と立っている。
すべて収穫して、まず食べれる物だけを持ってワタリの処に向かった。
食べれない物を何処で日干ししようか悩んで、自室に向かった。
使っていない部屋もあるのだが、その部屋は北側にあって日があまり入らないから日干しにはむかない。
私は簡単に組み立てたハードルの様な物に食べられない物を吊るす。
風も乾燥しているし、日も強い。
これなら良いだろう。
腕時計を見ると、まだ時間はあまり経っていなかった。
やると決めたら作業が早いのは良い事だが、暇になってしまった。
本を読もう。そう思ったが、私の部屋にある本はすべて一度読んでしまった本だ。
一度読んだ物は台詞などが記憶に残っている為に読む気はしない。
オチが分かっていて、全体の内容を把握しているのに読みたいとは思わない。
私が読んでいない本はLの部屋の本棚だ。
仕方無いかと思い、二階の奥にある部屋に足を運んだ。
二階の奥。
そこには先代が集めた本と、先代が先々代もしくはそれより前の人が集めた本で気にいった本が置かれている。
この部屋もワタリに任せっぱなしで、私が入る事は無い。
やはりこれも先代と同じ趣向を持ちたくないという意識があったからなのだろうか。
そしてそれは今も持続しているのか。
部屋に入ると少しカビ臭いが窓は開け放たれており、冷たい風だけが入って来る。
図書館の様に背の高い本棚が並び、それでも収納出来ずに床に積まれた本まであるこの部屋。
あの人は何故こんなに本を読んだのだろうか。
これ全部を本当に読んだのだろうか。
きっと読まずにただ棚に並んでいる本もあるだろう。
そういえば何年間も日干ししていない本は無事なのだろうか。
虫に食われていそうだな。
並ぶ本棚を眺めて、一冊を手に取る。
入口辺りの本棚から取った本だから、先代も読んだ物だろう。
あの人は几帳面なくせして、こういった処で手間を省く人だ。
その証拠に作者順にもタイトル順にも並んでいない本達。
いつの時代だと問いたくなる本といたって最近のだと思われる本が無秩序に並ぶ。
どんな内容なのだろう。
理解するつもりはない。
ただの知的欲求。
ページを開く。
端が変色した紙。
内容は、どこまでも暗鬱な物だった。
足音が廊下から聞こえたので、本を閉じて棚に置いてから廊下に出る。
「L、ここに居るよ」
階段を下りようとしているLに声を掛けると、Lは私の方を見た。
「ケイ」
走り寄ってきて、私も歩み寄る。
「問題解けたのか?」
「はい」
「お疲れ。じゃあ採点しようか」
「はい」
短い距離、けれど手を繋ぐ。
どちらからと云うのでも、また示し合わせたわけでも無く自然にまるでそうであるのが当然と云う様に繋がれる手。
私の部屋に回答はある。
別に私が同じ問題を解いてそれで正解を出しても良いのだが、時間がかかるからやめよう。
社会系は暗記物だから私が間違えるのも嫌だ。
解答をファイルから取り出す。
Lは私の部屋の窓辺に視線を向けていた。
「乾燥させようと思ってね」
「あれは食べれるんですか?」
店には置いていない物だからそう問われたのだろうか。
「食べれないし、食べては駄目だよ」
食べても美味しくないという返事にしても良かった。
でもLはそれを試してみそうだから、私は本当の事を言う。
「身体に悪いんですか?」
「あぁ。食べたら目の覚めない眠りにつくんだよ」
少し湾曲して言うが、摂取すれば死だと言うのと変わりはない。
もう少し上手く言い表せば良かった。
考えの足りない自分。
Lにこんな表情をさせてしまうなんて。
今更弁解をして、それでこの子は納得出来るのだろうか。
言葉を今になって並べると逆にLの中にある考えを肯定する事になるかもしれない。
模範解答と眼鏡を手に持ち、空いている方で小さな手を握る。
「採点しに行こう」
「はい」
Lの部屋に入り私が席に座り形だけの眼鏡をかけた後、赤ペンを持つ。
弧を描く音が続く。
間違いは見当たらない。
「満点かもしれないな」
全教科丸付けを終え、右上に一本線を書いたあと横に丸を二つ加える。
「おめでとうL、全教科満点だよ」
頭を撫でて、赤ペンは丸しか描いていない紙を渡す。
「Lは頑張っているからな。その頑張ってる証拠が形になったわけだ」
Lは口を動かして、でも発音する事は無かった。
嬉しそうな表情。
それを見て、私まで嬉しくなった。
喜怒哀楽は本当に周りに感染するのだと身をもって知る。
先代はワタリも、『次期L』の私も疑っていた
でも
私はワタリもLも疑うのではなく 信じたい
だから私は二人を信じている
何があっても
きっと
私が一番疑っているのは
私自身だ
〜戯言〜
『L』の自分と『Lでは無い』の自分に差があればある程「自分とは何か」が疑わしい。
偶然だと思われるけれど、自分に都合の良い方向に向いていた物事で自分が信じられなくなる。
自分が自分を信じなくてはならないのは分かります。
でも自分のちょっとした言動に他ならぬ自分自身が驚く事ってあるのではないでしょうか。
ですがそれは一時であり、人を信じられるなら自分も信じられると思います。
人を信じるか疑うか。
一般にリスクを背負うのは信じる方です。
信じて期待して駄目なのよりも、元から期待していない方が駄目な時心の傷はまだ浅いから。
それでも期待して信じたくなるのが人のサガ。
傷つく事を怖がって臆病になるのも人のサガ。
それを理解した上で相手を信じるのには相当な決意が必要だと思います。
『所詮そんなものだ』と妥協して付き合うのでは無く真の信頼。
他人との間でこれは難しいと思います。
(ケイさんとLとワタリさんは家族関係にほぼ近いのですが)
ケイさんは『L』だった為に人を疑うのが当然なのでしょう。
本当は仲間でさえ信じるのも難しい。
だから今までは信じたいけれど相手が誰であれ一定の壁は作っていたと思います。
話は変わりますが、心理学は向き不向きがあると私は思います。
冷静な人程得意そう。
得た知識に溺れない。過信しない。使い方を間違えない。知識に惑わされない。
大切な事だと思います。
長くなっちゃった……。
- 28 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -