デスノ 跡継ぎ | ナノ
視覚
あの様な依頼をした後は必ず出かけたくなる。
現実逃避でしかないのに、まるで逃げる様に。
引きずるのは悪い癖だといつもならば割り切るのだが、今回ばかりは上手くいかない。
外に出ようと思った。
遠くに行きたいと思った。
ちょうど視力に変調が出ていたから、眼鏡屋に行けば眼科医が居るからと自分に口実つける。
だから眼鏡を買うつもりは無かったのだけれど、眼鏡屋に向かった。
病院に行くだけで、ワタリは私の病気が悪化したと決め付ける。
それにLも気にするかもしれないから、病院には行こうと思わない。
眼鏡屋までのドライブ。
いつも通りに冷静に振る舞うけれど、Lを見ていると苦しくなった。
哀しませたくない。
私はあの選択で『間違えていない』と言い切る自信が、今になって無くなってきてしまっている。
いつもならば気にしない。
でもいざ目の前に関連者が居ると、苦しくなる。
車の中で抱き締めたのは、懺悔のつもりだったのかもしれない。
眼鏡屋に着いて、私は検査結果があまり良くないだろうと予測して二人には別の場所へ行く様に提案した。
ワタリは何となくでも私の気持ちを汲み取ったのか、Lを連れて外に出てくれた。
検査室に向かい、暗い部屋で眼球に光を当てたりする。
眼科医は、調べた後、こう言った。
「このままでは失明してしまいますよ」
跡継ぎ
Bitter days.
自分の病気については調べていた。
治らない病気。
やがて死ぬ病気。
適切な処方薬が無い病気。
身体が軋む様に痛む。
呼吸がつらくなる。
視力低下は載っていなかった筈だ。
なのに失明……他の病気と併合しているのだろうか?
それとも病院が診断ミスをしたのだろうか。
光ある世界。
輪郭のある世界。
私の視界に映るこの世界がいつか靄に呑まれて輪郭を無くし、最期には闇に染まるのか。
そうか。としか思わなかった。
心は波立つ事も無く一点の揺れすらない。
落ち着いて受け入れられた。
眼鏡は視力が一応低下しているからつけても良いが、私の視力はそこまで低下しておらず、むしろ霞んでいるだけ。
それを伝えれば、霞むのは眼鏡ではどうにも出来ないと言われた。
分かっている事を言われて、そりゃそうだと笑って、少しだけ和む。
「眼鏡をつけても世界はさほど変わりません。それでも買いますか?」
Lやワタリに買うと伝えたので、買っておいた方が良いだろう。
視力が下がったから眼鏡屋に来たのに、買わなかったら何をしに来たんだと思われるに違いない。
口実の裏付けの為に眼鏡を買おう。
試しに眼鏡をかけた自分は、今までの自分と違って見えておかしかった。
詰まる所、似合わないのだ。
どれをつけても、違和感がある。
腕につけている時計と同じだ。
最初こそ違和感がある。
けれどそれはいつかつけているのが当たり前となり、無いと違和感を感じる様になる。
眼鏡も慣れれば体の一部になるのだろう。
結局私は、適当な形の眼鏡を買った。
レンズを注文するので一週間後に取りに来て下さいと言われる。
お金を払った後に引き換え券と店のスタンプカードを渡された。
名前の欄には『ケイ・クウォーク』と書かれていた。
「病院に行って検査をして下さいね」
「はい」
その後ワタリと連絡を取り、喫茶店へと向かう為に外に出て、空を仰いだ。
秋晴れだ。雲が無い。
太陽は真上に位置して、目に痛いほどの光。
太陽はよく母親に喩えられる。
恵をくれるから。
私はじきに太陽を見られなくなる。
母親を無くすのだ。
そう考えると、笑えた。
私はLから母親を奪う。
そして私は抽象的比喩の母親を失う。
同じ。
「……違うな」
私はLの母親を奪う。
私がLの母親を奪う。
私は母親なんて居ない。
だから痛みも
恐怖も
苦痛も
苦悩も
悲しみも
苦しみも
嘆きも
何一つとしてLが親を失った時に受ける感情の波を理解出来ないのだ。
Lが苦しんでいる時私は何も出来ないのだ。
心理学から得た知識を使い想像する事しか出来ない。
違う、想像すら出来ない。
本から感情を統べて得る術は無い。
ただ頭ごなしにある出来事により取る行動や、そこからどのような苦痛が導き出されるのだとしか分からない。
私は親を失う気持ちが分からない。
でも、他に方法があったのか?
母親の呪縛から逃れる方法は、技法はなんだ?
分からない。
違う。
私は……
隣りの喫茶店に入りLを見るといつも通りだったから安堵した。
どうして安堵したのかは分からなかった。
ただ、もう少しこのままでいたいと思った。
Lが笑みを浮かべ、ワタリが優しく接してくれる空間で、私は笑っていたい。
なんて私は我儘なのだろうか。
それでも時は刻まれ、事実をありのままに伝える。
三日経った日、一家心中が朝刊の新聞に載った。
理由は書かれておらずただ皆が銃で亡くなっていたと、さほど大きくない記事として書かれていた。
記者は理由を探ったのだろうが児童虐待がネタとなり、児童保護の規定により細かく載せられなくなったのだろう。
一家心中の原因となった娘(Lの母親)の名前を載せ、そこからLが導き出され他の記事に名前を載せたられたり、周りから中傷批判を受ければそれが問題になって記者は尻拭いが大変になるからだ。
そうでなくては記事にする事が無い日の新聞でこのネタが小さな記事になる筈が無い。
それにしても、新聞記者も警察も本当にこの殺人事件を一家心中と見たらしい。
彼らはどうやって殺したのだろうか。
よほど上手く偽装したか、私が渡した金を警察に何割か回して黙らせたかのどちらかだろう。
罪の意識は、ある。
それでも冷静な顔でいられたのは、朝食後でLもワタリも近くに居るからだろう。
新聞を畳み、いつも通りを装う。
手に握る汗も心拍速度の早さも、周りから見て気付かれる事は無いのだから。
午前十一時過ぎ。
私はいつも通りLの部屋で一緒に机へ向かっていた。
机の角に置いている電話(子機)が鳴る。
内線でしか子機は鳴らない様になっている。
ワタリは聡いからあの新聞を見ただけで私の考えに気付いてしまったのだろうか。
だからと云って何故電話なのか。
子機を手に取り、赤いランプの点った内線ボタンを押す。
「どうした?」
平常心を装う。
「警察からビショップの事で電話をいただきましたから、そちらに繋ぎますね」
「ちょっと待て」
私はLを見た。
Lも私を見ていたが、電話の声は洩れていなかったらしくどうしたのかと云う表情だ。
「暫くの間一人でやっていてくれ」
それだけ言って部屋を出る。
隣りの自室に入り、ワタリに良いぞと言う。
「お電話変わりました」
いつもより少し高めに声を出す。
勿論わざとらしくない、女性の平均的な高さにした。
低い声で警察と話すのは得策ではない。
『L』が私であり、発声源が変わらない分『L』の時は低く話していたから、今は少し高めにしなければ。
「ケイ・クウォークさんですか?」
男の声。
年齢は三十代中頃か。
「はい」
「そちらに引き取られた少年の母親が、独房で自殺しました」
こういう時すぐにそうですか。と言うのも一般人としてはおかしいだろう。
間を置くべきだと思い黙っていると、相手は優しく刺激を与えない声音で「突然で驚かれたと思いますが」と気を使ってきた。
「どうしてですか?」
動揺した様に聞こえる声。
自分で己の演技力を笑いそうになってしまう。
「理由は分かりませんが、周りの独房者の話では硝子の破片で首の頸動脈を切ったそうです」
二つの部分に違和感を感じるのは、私だけだろうか。
硝子で自殺を装うのはどう考えても不可能だろう。破片の入手経路はどうしたのか。
周りの独房者というのも謎だ。
警察は嘘をついているのか、それとも真実か。
もし真実だとしてもしなくても、Lを引き取っただけの人間にここまで話すとは思えない。
独房での自殺自体が問題視されるのに、それを最初から真実だからと話すのだろうか。
「それでですね、色々とお話しをしたい事があるのですが、今からそちらに伺ってもよろしいでしょうか?」
「今からですか。いつ頃こちらに着きますか?」
「すぐです。一番近い局にいますので」
「分かりました。あ、お名前は?」
「ラグマンです」
「ラグマンさんですね。お待ちしております」
電話を切り、溜め息をついた。
Lの部屋に行き、今から客が来るから二階に居る様にと言う。
「どういった方なんですか?」
「同業者と言えば良いかな。Lは会わない方が良い。それから、もし会う事となっても君はビショップと名乗るんだ、良いね?」
「はい」
神妙な面持ちのL。
緊張させない様に笑みを向けると、Lはやわらかく笑った。
この表情を強張らせたくはない。
つらい思いをさせたくない。
私は顔を向き合わせて人と話すのは慣れていないが、そんな事は言っていられない。
私が、Lと今から来るラグマンの間に立つ壁にならなくてはいけないのだから。
ワタリにも客が来ると言い、ずっとワタリが換気と掃除をしていたけれど実用されていなかった客間を使う事にした。
「ビショップの母親が亡くなったのですね」
「あぁ」
「……」
ワタリは今は何も訊かないでいてくれる。
その優しさに、胸を締め付ける痛みを感じながらも感謝した。
門のチャイムが鳴る。
入って来て下さいと言い、玄関で出迎える。
「お邪魔します」
スーツを着た男。
歳は三十代後半程、体格は良いがやや細身。
ビクトール・ラグマンと名乗る男。
警察手帳を見せてはこない。
「お待ちしていました。どうぞこちらへ」
客間に誘導し、ソファに座らせて自分は向き合う位置に座る。
足の短いテーブルがある以外、私達の間を邪魔する物は無い。
ワタリがコーヒーを運んできてくれた。
ワタリが去るまで待った後、急いたふりをしてこちらから話を切り出す。
出来るだけ自然に、Lを心配するだけの人物を演じる。
Lの事で頭がいっぱいだと見せる為に。
その方が後が楽だから。
「話とは、どの様な事でしょうか?」
「そんなに力を入れないで下さい」
普通ならこの様な場面で宥められれば腹を立てるのだろうが、相手が警察だと大人は冷静になるだろう。
「それにしてもお若いですね。養子をとるような方ですから、初老の女性を思い浮かべておりました。それに家も凄いですね」
和ませようとしてなのか不意を突いたつもりなのか、私は少しだけ曖昧に笑っておいた。
「本題に入りますが、少年の母親が亡くなりました。なので葬儀をするので、息子さんもご出席させていただきたいのですよ」
「ビショップをですか?」
「ビショップと名付けたのですね」
「えぇ。……あの、私だけが出席するのでは駄目ですか?」
様々な考えから導き出された気持ちが口をつく。
偽りは無いが、この男性を相手に言って何になるのだろうかと思った。
「それは里親だからですか?」
「それもあります。ただ、私はビショップにとって過去の記憶を思い出させる鍵を与えたくは無いんです」
「それは臭い物には蓋をしろの原理では?」
「得策では無いと承知しております。けれど、あの子はまだ幼い。酷な記憶と向き合うにはまだ早過ぎると思うんです」
「今も塞ぎ込んでいるんですか?」
「いいえ。今は話しますし、時折笑顔も見せてくれるようになりました」
「この期間でそうなるは、傷が元々軽かったのでは?」
分からず屋は私か、この男か。
傷が軽かったなんて、他人がどうして言えるのだろうか。
親から受けた苦痛がどれ程子供を絶望させるか、受けた者以外には分からない。
当事者の苦痛を理解出来るはずが無い。
私が重く見過ぎているのだと言われたら反論はしないが、軽視するよりもはマシかと思う。
いや、重視し過ぎるのも悪いのだが。
「時間がいくらあっても癒せない傷は沢山あります。それに少しでも、癒せる癒せないは時の流れよりも周りの環境なのではないでしょうか」
男は溜め息をついてコーヒーを一口飲んだ後、私を見た。
据えた目。
私も仕事中はこんな目をしていたのだろうか。
「少し話題を変えさせていただきますが、クウォークさんは現在定職していますか?」
「いいえ」
長い前置きを終え、ここからが本題なのだろう。
この男は、ずっとこの事を訊きたかったのだ。
私は素知らぬふりをし、今からの話題を聞く体勢をとる。
相手は私の顔色を伺っている。
自分に質問がぶつけられた時、少し動揺を見せた方が人間らしいのだろう。
無反応の方が場慣れしている様で怪しまれる。
「此処に越して来たのはいつ頃ですか?」
「二年前ですね」
「それ以前は何処に?」
「ワイミーの仕事の関係で、ニューヨークに。あの、この質問とビショップの事との関係が分からないのですが」
普通に、ただの女の様に。
してもいない動揺をしている様に見せるのは難しい。
互いに探りあっているとは思わせない様に。
「実は、あの子の里親となった貴女の事を調べさせていただきました。すると不可解な部分があったんですよ」
「不可解な部分、ですか」
ここは訝しげにするのが普通かと考えるより先に、表情も声も訝しげになる。
「ケイ・クウォークと云う人物は此処に二年前に越してきていましてね。その前はアメリカのニューヨーク。此処までは分かりました。ですがそれ以前の事と、それ以外の事が何も分からないのですよ」
相手は私の顔色を伺う。
少し動揺を見せ、困った様にすれば相手はそこを突いてこようとするだろう。
今私が攻め入っては怪しまれる事は明らかだから守りの一手だ。
いつも攻めばかりなので、守りは慣れていない。
「私達はあの少年に安全で安定した生活を送らせる様にするのが仕事です。ワイミーさんは発明家で裕福ですが、貴女は何もしていない。それでは私達も心配なんですよ」
「私はビショップのメンタル面での親代わりはしていますが、金銭面はワイミーがすべて請け負っています」
勿論嘘だが、生活費云々はワタリに全部任せているのは本当だ。
「学歴も経歴も、現在どこで働いているのかも分からないのですよ。分かるのはただ二年前に越して来て、それ以前はニューヨークにいた事と、名前はケイ・クウォークだという事。そんな人に子供を預けるのは不安でしてね」
漸く尻尾を掴めた。
私を探っていた証拠。
学歴経歴を探っていたと自白した。
「私からも幾つか質問してもよろしいでしょうか、ビクトール・ラグマンさん」
「良いですよ。権利等の面でいささか不明な点が御座いますでしょう」
笑顔を向けられて、私は出来るだけ普通の人が極当たり前の事を尋ねる様に訊いた。
「貴方は誰でしょうか」
「ラグマンです」
男の視線が少し鋭くなる。
本性はこれか。性格はきつそうだな。
気性が荒い人は扱いやすいけれど、相手をするのはかったるい。
「ビクトール・ラグマン氏はがっしりとした無精髭の男性です。児童保護員の方ですから、見た事があるんですよ」
本当は見た事も無いのだけれど。
警察庁上層部と自分が住んでいる地区を治める警察署の人物の顔写真は見た事があるから知っているんだ。
ラグマン氏は40過ぎの男性。
顔も違う。
この男性からすればまさかラグマン氏と私が会った事があるとは思わなかったのだろう。
上層部の人間に一般人の私が会う事があると考えないのは当たり前だから、おかしい事ではない。
睨まれ、私は笑うのもおかしいかと思い、無表情でいることにした。
「最初からお気付きだったという訳ですか」
溜め息混じりに、視線はずらされる事なく発せられる言葉は斬りつけてくる様だ。
沈黙が続く。
名乗るつもりは無いらしい。
これ以上ねばるのは時間の無駄か。
「次の質問に移らせていただきますね」
「……どうぞ」
「警察署への不正アクセスには慣れているんですか」
またもや沈黙。
こちらがカマをかけている部分があるので、元から答えをもらえるとは思っていなかっただけに黙秘権は気にならない。
無理に吐かせるつもりも無い。
男は口を開く。
もう開かなければ良いものを。
「告訴しますか?」
それは不正アクセスを肯定する台詞なのか、それとも勝手に個人の事を調べた事への告訴か。
「告訴はしません」
「何故ですか?」
まだ幼いLに人の汚い部分を見せたくない。
あの子が引き金になったのだと思われたくない。
私はあの子を護りたい。
そう、護りたい。
これから汚い世界を目の当たりにするあの子に、今だけでも、例え偽りであっても綺麗な世界を見せてあげたい。
これはすべて私のエゴだ。
エゴを口に出来る程私は自分に忠実になれない。
「告訴をすれば貴方は後ろめたさも無く私の事を調べられるのでしょう。だから貴方は告訴された方が色々とやりやすいかもしれません。ですが、告訴をしても私には何の得も無いんですよ」
「知られたくない過去があると」
「そういうのでは無いので、調べたかったら調べて下さい」
調べても分からないから調べたければ調べれば良い。
「では何故?」
「ビショップに嫌な思いをさせたくないんです。それに、私も争う事は嫌ですから」
争いのない日常。
穏やかな日常。
手に入れて気付く。
失いたくないと。
Lの母親や親族を手にかけた私にそのような権利は無いのだろう事は重々承知だが、それでもなお望んでしまう。
私は本当に我儘だ。
「あぁ、それともう一つお訊きしたいのですが」
「どうぞ」
「ビショップの母親は本当に亡くなったのですか?」
「はい。それは確かです。今日の朝刊を読みましたか?」
「えぇ」
「では一家心中の記事は?」
「見ました」
「あれが少年の母親の親族でしてね、その方達が死んだと知って自殺をしてしまったんですよ」
「そうですか」
「私はそこに事件がある様な気がしましてね」
「事件ですか」
「はい。娘が捕まって三ヶ月も経ってから心中しますかね?普通」
「私は判断出来かねますが、一般的にはしないでしょうね」
こういう時の否定もしくは言い淀めば怪しまれる。
かと言って肯定も怪しい。
ならば一番無難な意見を口にするのが妥当だ。
「葬儀に少年は出席しないんですね?」
「えぇ」
「……分かりました。それでは私は失礼します」
「せめて」
男は立ち上がろうとした姿勢で止まる。
「名前は良いので、誰に雇われたかを抽象的で構いません。教えていただけませんか」
「……今は亡き人達、と伝えましょう」
一家心中に見せかけて殺されたLの母親の親族か。
それなら道理が分かる。
尤も、信じてはいないけれど。
……警察が雇主ということは無さそうだな。
警察と云う後ろ盾があるならば、名前くらい明かすだろうし、上手い言い逃れだって出来る筈。
それをしないなら、この男は個人で動いていることになる。
「では私からも質問をさせていただきます。貴女は何をしている人ですか?」
私は少し迷った後口にした。
「残り少しの人生を謳歌している者です」
男は目を見開いた。
「病院に行けば分かりますよ」
このヒントをやれば、男は私の事を細かく調べる気が失せるだろう。
死にゆく者の事を調べても得は何も無い。
探偵は趣向で動くのでは無く、利益を求めて動く。
だからもう十分だろう。
私とワタリは門まで見送った。
家に帰った後、ワタリに少しよろしいでしょうかと言われ、腹をくくる。
ワタリの研究室に入り、近くにあるパイプ椅子に座った。
窓はすべて閉ざされている。
「ケイが殺す様に仕向けたのですか?」
早速核心を突くワタリ。
やはり怒っているのだろう。
人殺しを依頼する様な人間にワタリは何を思うのだろうか。
嫌悪だろうか、拒絶だろうか。
心臓が狂った様に速くなる。
覚悟は出来ていたはずだ。
なのに何故今頃になって取り乱す?
煩いな、心臓。
「そうだ」
それだけを答えとすると、ワタリはひどく悲しそうな、嘆く様な表情。
一番、堪える。
軽蔑された方が気が楽になるのに。
「それは『L』として、任務だからその様な事をしたのですか?」
すぐに頷けず、また未だに答えが導き出せないでいる私。
先刻、話していて分かってしまった。
私は『L』として次代のLの身の安全の確保の為では無く、ただの人間としてビショップの身を護り幸せになって欲しいと望んでいた。
ビショップを苦しめる親が許せなかった。
それが本心だったのに、『L』という肩書きを利用して自分を正当化していたのだ。
感情で動いていた咎人だ。
私の価値観で物事を計り、あの子の親を間接的ではあるが手にかけた。
「ワイミー、懺悔を聞いてくれるか?」
神など信じない。
懺悔をしたところで汚れが落ちるわけでもない。
それでも話したかった。
胸が痛いんだ。
こんなに胸が痛いのは初めてで、対処が分からない。
ワイミーは頷いてくれた。
「私は『L』ではなく『ビショップ』を護たかったんだ。私の尺度で物事を計り、あの子の親を殺した。最初、依頼をする時は自分が『L』だからあの子が『L』となった時に邪魔になる人を殺すのだと思っていた。でもそれは違ったんだ。思い違いだった。私は『L』と云う肩書きに自分の本心を覆って殺人を依頼していた。私は肩書きを武装していた。本当の私は、あの子を護りたくて、護るには死んでもらうしかないと安直な考えしかしていなかった」
惨めだ。
これで何が『世界のL』だ。
子供じみた、邪魔なら消すという安直な思考。
私はLの母親が、私が彼女からLを奪った様に(私が通報した結果彼女は捕まったのだから私が彼女から日常を奪った様なものだ)私もまた彼女に日常を奪われるのではないかと恐かった
安らかな日常。
穏やかな日常。
失いたくないと思ってしまう。
勝手に作った脅迫意識に囚われ徳を失う。
犯罪者に多い傾向。
私も所詮それなのか。
「ケイ」
「……何だ」
「ビショップに、ケイがどれ程ビショップを好きかを伝えてあげて下さい」
こんな時の慰めの言葉は余計傷つくと理解していて、だから話をすり変えるのがワイミーの癖。
ワタリの優しさに私は甘えてしまう。
「ワイミー」
ワタリでは無くワイミーに伝えたい。
「何でしょうか」
「いつも私を救ってくれてありがとう」
言葉ではない優しさをくれるワイミー。
何度救われた事だろう。
私はLの部屋に向かい、扉を叩いた。
中からドアノブが動かされ、私が扉を開ける前に扉が開く。
Lが私を見上げて、
「お帰りなさい」
と言った。
小さなL。
護る為にならば何だってしたいと思う。
これが愛しさと云うならば、愛とは誠に恐ろしいものだ。
法の下の善も悪も無く、Lを護る事が私の善になる。
今まで捕まえてきた者達の気持ちを、本当の意味で理解してしまう。
膝を床について、小さな少年を抱き締める。
「好きだよ」
まさか私の口からこの言葉が出るとは夢にも思っていなかったよ。
Lの小さな手が私の服を掴んだ。
それだけでもう、十分だった。
〜戯言〜
長い長い長い……。
ケイさんの心の変化を書くのは難しい。
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