デスノ 跡継ぎ | ナノ
抱擁
『好きだよ』
そう言われると、胸が破裂するんじゃないかと思うほど苦しくなった。
それは嫌な苦しさでは無くて……暖かくて、今までの比にならない嬉しさが一気に押し寄せてきた様な。
胸がいっぱい過ぎて、私も好きだと伝えたかったのに伝えられなかった。
服を掴むことしか出来なくて。
それだけでもケイは笑顔を見せてくれたから。
私はまた、胸が苦しくなるほどの嬉しさに満たされたのだ。
跡継ぎ
声と言葉と音と
部屋に入って、ケイがベットに乗って枕元の壁を背もたれにして足を伸ばす。
「Lもおいで」
促されてベットに乗り、ケイの太腿の上に座る。
背中をもたれかけるとケイが受け止めてくれ、とくんとくんと背中に伝わってくる心音。
温かい。
人に好きだと言ってもらったのが初めてで、私の心臓はまだバクバクしている。
人を好きになっても好きになってもらった記憶が無い分、動揺する。
私はケイが好き。
私もケイが好き。
たった一文字の違いで、こんなにも満たされる。
満たされるだけで良いはずなのに、私は欲を持った。
ケイの事を知りたい。
今までケイ以外の人に持った事が無い感情。
好きだから知りたい。
私はケイが好きで、今ならまだ、質問をして嫌われないという変な自信を持っている。
「ケイ」
「ん?」
「ケイの本当の名前はなんていうんですか?」
「え……」
『え』の後は続かない。
沈黙が現実を知らせる。
困らせてしまった。
嫌われるだろうか。
頭の中がグラグラする。
「残念だが、私に名前は無いよ」
「え……?」
上を向いてケイを見上げると、ケイは首が痛くなるぞと言って私を立たせて、向き合う格好で元の位置に座るように促した。
いつもは顔を向き合わせていなかったけれど、今日は向き合う。
ケイは柔らかく笑っていた。
不安は少し納まる。
そして浮かぶのは疑問。
こんな豪邸を持つ親がいるのに、どうして名前を付けられていないのだろう。
そういえばケイの親は何処にいるのだろう。
会った事が無い。
ワタリは一緒に住んでいるけれど、血縁関係は無さそうだ。
ケイは苦笑した。
「勘違い……否、違うな。私が何も言ってなかったからな」
ケイは目を閉じて何かを考えた後、
「Lは私をどう解釈してる?」
解釈。
ケイはこの家の子供で、親は一緒に住んでいなくて。
それから頭が良くて、探偵。
良い人だとか、頭を撫でてくれるとか、人間性は分かるけれど、それ以外は何も知らない。
だから知りたい。
知る為には、例え間違いであったとしても私の考えを口にしなければならなくて。
けれど間違いだと分かっている事を口にするのは難しい。
外は風が強く、窓が風圧でガタガタと鳴る。
さっきまで青だけが広がっていた空に、今は白がある。
太陽の光の中、雲は空の上で影をつけて流れに身を任せていた。
「ケイは親と別々に住んでいて、それで探偵をやっているんだと思ってます」
ケイは私の頭を撫でて、こう言った。
「成る程。良い意見だ。一番現状況から推測するには良い内容だな」
だけどな、とケイは続ける。
「私はこの家の子ではない。親がこの家の主ではなく、元主だった今は亡き人に私は引き取られたんだよ。養子みたいなものだな。未登録だけど」
この家の主は、ケイの親ではない?
ケイは引き取られた?
どうしてなのだろうか。
先程言っていた名前が無いという言葉を思い出す。
私はケイに引き取られて此処で生活している。
名前は此処に来てからつけられた。
類似した点。
ケイは笑っている。
「そんな訳で名前は無いんだ。悪いな、質問に答えられなくて」
「……いえ」
もしも。
もしもケイの過去が私と同じだったらと考えると怖くなった。
嫌だった。
ケイには痛い思いも嫌な思いもして欲しくない。
ケイは私にとって、幸せを凝縮した人の様な存在だから。
だからケイに名前が無いのは、ケイは探偵だから身元がわれないように偽名を使い、本当の名前を捨てたと云う意味なのだと思い込もうとした。
だってケイが笑って言うから。
「この家に住む私とLとワイミーは血の繋がりは何も無い。でも家族みたいなものだ。血の繋がりって重く見られているが、実はあまり関係ないんだろうな」
血の繋がりとは、何なのだろうか。
一般的に血が繋がってるのならば仲良く出来るのが当たり前だと思われている。
だがそれはあくまで一般論であり、総てではない。
暴力を受ける自分が悪いのだと思っていた私の考えが、ケイに会って覆ったのと同じだ。
「この世界には幾千万の人が存在するのに、ただ血の繋がりがある一人の人と上手くいかないからって、たったそれだけで自分を否定してしまう人は沢山いる」
それには私も属していて。
「でも本当はまったく知らない人とでも仲良くなれるんだよ」
ケイは背中をあやす様に叩いてくれた。
頭を撫でてくれる温かい手。
優しい手。
「他に質問は?」
問われて、何を訊こうか悩んだ。
人間性は知っている。
それだけで満足だった。
私は今のケイが好きなのだから、他の事はどうでもよくなった。
今のケイが大切なのだから。
「じゃあ、私から質問。Lは私と寝てて嫌じゃないか?」
「え?」
「私が強制的に一緒に寝る様にしただろう?だから嫌じゃないのかなって、思っていたんだ」
「嫌じゃないです」
嫌じゃないから、離れていかないで下さい。
一緒に寝るのが好きなんです。
だからこれからも一緒に。
望みを口に出来ない自分が腹立だしかった。
でもケイは声に出していない私の気持ちを理解してくれたらしく、抱き締めてくれた。
心地良い心臓の鼓動。
離れたくない。
「温かいな」
「はい」
あたたかい。
太陽が真上にある今、風は涼しいと思える程度で人肌は少し熱く思える。
なのに離れたくなくて、温もりが心地良くて。
これから冬が来ても、寒さに怯える事は無い。
ケイが居てくれる。
それだけで満足出来る。
電話が鳴った。
ケイは私を見て苦笑して、私は立ち上がり退いた。
ケイは受話器を取り、ボタンを押す。
「もしもし?……あ?あぁ……。分かった」
ケイは私を見て、
「済まんな度々」
困った様な笑みを浮かべてそう言った後、部屋から出て行ってしまう。
私はまだ未熟で、何の役にもたてない。
早く大人になりたい。
ケイと一緒に調査をしたい。
一人で居る時間は果てしなく長く感じられる。
扉が叩かれ、返事をするとケイが入って来た。
「L、悪いが今から出かけてくる」
「何かあったんですか?」
事件なのだろうか。
現場に行くなんて危険だ。
でもどうやって守れば良いのか分からなくて。
「探偵ではなく一般人のケイ・クウォークとして顔を出さなくてはならない行事なんだ」
「行事、ですか?」
地域でやる何かなのだろうか。
ケイは数拍置いてから、
「葬儀だよ」
と言った。
「人手が必要らしいから、行ってくる。帰る時間は分からないから夕飯はワタリと先に食べていてくれ」
頭を撫でた手はすぐに離れ、足早に部屋から出て行った。
誰が亡くなったのだろうか。
ケイが急ぐほど大切な人なのだろうか。
夕刻になると雨が降り始めた。
夕焼けも見えず、厚い雲が空を覆う。
ケイはまだ帰ってこない。
ワタリと夕食を摂ってお風呂に入った後、眠れなくてリビングに居るとワタリがココアをくれた。
静かな空間。
時計が刻む時の音。
テレビ番組は代わり、別の物になったと思えばまた番組は代わる。
ブラウン管の中で笑う人。
何が楽しいのか。
何を笑うのか。
何杯目だろうか、時間をかけて飲んでいた為にまた冷めてしまったココア。
飲み終わる頃に玄関の音が聞こえて、ワタリと共に玄関に向かう。
「ただいま」
「お帰りなさい、ケイ」
「お帰りなさいケイ」
ワタリと揃って言ったら、ケイは笑った。
黒い服を身にまとったケイ。
ワタリと似たスーツ姿。
けれど庭を傘もささずに走ってきたのだろう、髪から雫が落ちて上着も光沢がある。
「凄い雨だな」
「だから傘を持って行った方が良いと言ったでしょう」
「荷物になると思ったんだよ。風呂に入って来る」
「そうして下さい」
ケイは私と目が合うと笑顔を浮かべた。
そして風呂場に向かってしまった。
「さっぱりした」
髪をタオルで拭きながら、湯上がりのケイは言った。
「改めてただいま、L、ワタリ。ワタリ、食事は残ってるか?」
「えぇ、食べますか?」
「少しだけ注いでくれると嬉しい」
いつものケイ。
ソファに座り、髪を乾かそうとタオルで拭く。
乾きかけた髪をかき上げ、背もたれに身を任せるケイ。
一段落したと云う様に息を深く吐いて……疲れているみたいだ。
私は何か出来ないのだろうか。
「ケイ、どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
遅い夕食。
量が少なかったからだろう、ケイは早くに食事を済ませた。
ケイは壁にかかった時計を見た後、腕時計を見る。
壁時計の短針は9より上を指していた。
「以外と早く帰って来れたな」
正午過ぎに家を出て、この時間。
葬儀は忙しいのだろうと予想できた。
「L、今日は本でも読もうか」
本を読むというのは、ベットに寝ながらケイが本を読んでくれる事を指す。
私はその時間が好きで、それにケイは疲れているのだから早く寝させるべきだと思い頷いた。
「まだ寝ないけど、おやすみ、ワタリ」
「おやすみなさい、ケイ、ビショップ」
ワタリは何処でも私をビショップと呼ぶ。
最初は違和感があったけれど、今は当然の様に思えるから不思議だ。
廊下に出ると、雨音が一段と大きく聞こえた。
階段を上って、部屋へ。
ベットに横になったのに、眠くない私。
ケイも本棚を眺め本を一冊手にしてから横になる。
ケイも寝るつもりはないらしい。
疲れているのに平気だろうか。
「今日は短編集を読んでみようか。短編の方がオチは凄いんだよ」
ケイが本を開き、目で文字を追いながら言葉にする。
雨音に混じる声はいつもより優しく聞こえて。
瞼が下りてくる。
「……寝ようか。本はいつだって読めるからな」
本をどこかに置く音。
「少し頭上げて」
言われた通りにすると腕枕が出来る。
続いてきゅうっと抱き締められた。
夜は冷え込むから、温もりが心地いい。
ケイの心音が近くて安心すると、睡魔が押し寄せてくる。
「おやすみ、L」
おやすみなさい、ケイ。
ケイは私を抱き締めたままで、怠慢な思考回路の中で私はそれがただ嬉しかった。
〜戯言〜
言わなくても気持ちは伝わるものでしょうか?
分からないけれど、言葉の数だけで心は通わないと思います。
いくら言葉を連ねても、気持ちが伝わらない事はあるし、逆に気持ちが軽く見られる事もありますし。
『好き』とかは、一度しか言わない方が意味が重たいと思います。
度重なって言えば、言葉は気持ちを伝えるのではなくただの音になってしまうのではないでしょうか。
かと言って黙っているだけでは気持ちは伝わりませんし誤解をされたりします。
結局すべて、時と場合によりけりなのですかね。
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