デスノ 跡継ぎ | ナノ
視野
仕事が終わったと言って降りて来たケイは、そのまま眼鏡を買いに行こうと誘ってきた。
童話を読んでいる時に読み辛そうだったけれど、起きたてだったからとかではなく、本当に視力が落ちてしまった様だ。
ワタリがどうしたのかと問うと、視力が下がったからとケイは言った。
「眼鏡屋は遠いですから車を出しますよ」
「良いのか?」
「勿論ですよ。支度をして来ますので暫くお待ち下さい」
「じゃあ先に外に出ているよ」
「分かりました」
「行こう、L」
靴を履き、二人で手を繋いで外に出る。
眩しい光が目に痛くて一度強く目を閉じる。
太陽は真上にあって、陽射しが暖かかった。
跡継ぎ
ラジオネーム
「気持ち良いな」
「はい」
繋いでも手は汗ばんだりしない。
風がやや涼しくなっている。
夏の熱を含んだ突風とは違い、ケイの髪をふわふわとした風が揺らしている。
ケイは私と目が合うと笑みを浮かべて、それで私は気持ちが温かくなる。
「色が黄に変わってる。散った葉が少しあるな」
庭にある樹を見てケイは笑う。
葉が所々緑から淡い黄に変わっている。
芝生の緑に黄色い枯れ葉が少し落ちている。
もうじき秋だ。
虫の声も日中は出遅れた蝉でも、夜は鈴虫になった。
芝生を踏んで歩く。
先月よりも弱まった陽差しと乾燥した風が気持ち良い。
「準備出来ましたよ」
ワタリの声を聞き、私達は車の方に向かった。
後部座席に二人で座って、窓を開けて外を眺める。
街路樹は少しずつ色を変えている。
ケイは揺れる車に目を閉じて、ラジオから流れる音に耳を澄ませている様だった。
ケイをならって私も目を閉じ耳を澄ます。
聞いたことの無い曲。
曲が終わるとラジオネームと云う単語が出て来た。
何だろうか、『ラジオネーム』とは。
ケイの方を見る。
ケイは目を開き、私を見て笑みを浮かべてどうした?と言った。
「ラジオネームって何ですか?」
「ラジオ番組に曲をリクエストする時に使う偽名って言えば一番良いかな。どう思う?ワイミー」
「それで良いと思いますよケイ」
「あぁそうだビショップ。何かをリクエストする時だけではなく、何か意見を言ったりする時も使うんだぞ」
何となく分かった。
不特定多数に聞かれるラジオで本名をバラされたくないという考えから生まれるのが『ラジオネーム』。
ケイは私をじっと見て、そして頭を撫でてきた。
嬉しさと照れが混ざり、変にこそばゆい気持ちになる。
車の中は少し狭いけれど、ケイは伸びをした。
車の中だけれども、淡い期待を持つ。
ケイは自分の太腿を指差し、おいでと言ってくれた。
いつもケイは期待を裏切らない。
それが嬉しくて、車の中だから狭いけれど私はケイの太腿の上に座った。
腹辺りにケイの腕が回ってきて私は背中をケイの胸に預け、抱き締められる。
慣れた動作。
でも嬉しさは最初の頃と変わらない。
店に着く少し前まで、その格好で居た。
「いらっしゃいませ」
「眼鏡が欲しいんですが」
「どなた様がでしょうか?」
「私です」
ケイはちょっと手を上げた。
「ご来店は初めてですか?」
「はい」
「ではまず視力を測りますので、こちらにどうぞ」
「時間かかりますか?」
「はい。お客様は初めてのご来店なので」
「じゃあワイミーとビショップは喫茶店にでも行ってて。終わったら連絡するから」
ケイは知らない人を前にすると少し口調と音域を変える。
それは何か深い意味があるのだろうか。
ケイはそれじゃあ言って奥の検査室に行ってしまう。
「ビショップ、喫茶店に行きましょうか」
「はい」
私は見慣れない眼鏡屋を見てみたくもあったけれど、甘い物も食べたくて、結局後者を選んだ。
注文したのはチョコレートパフェ。
ワタリはコーヒー。
ケイと離れてから40分程して、ワタリが持っている携帯が鳴った。
私はチョコレートパフェが来るのが遅かったからまだ食べている最中だった。
「はい。……。今眼鏡屋の隣りの喫茶店ですよ。はい。待っています」
ワタリは電話を切り、ケイがすぐに来ると言った。
本当にすぐに、チリン。と入口の鈴が鳴る。
入口付近で周りを見回し、私達を見つけるケイ。
目が合うと、ケイは微笑んだ。
その笑顔で私の胸は暖かくなる。
「ビショップはやっぱりパフェか。ワイミーはコーヒーだな」
予想していたのだろうか、椅子に腰を下ろしながらケイは予想が当たったのを嬉しそうにして、私まで嬉しくさせる。
「眼鏡はいつ出来上がるんですか?」
ケイは私の隣りの席に座って伸びをして、ワタリの質問に溜め息をついた。
「一週間後に取りに来る様に言われた。先に言っておくが、私に眼鏡は似合わんぞ」
そんなに似合わない眼鏡なんだろうか。
ケイなら、なんだって似合いそうなのに。
どんな眼鏡なんだろう。
気になったけど、来週まで想像しつつ楽しみにしておこうと思い私はパフェを食べる事に専念した。
ゆったりと音楽が流れる。
ケイは音楽を聴くと伏し目がちになるのが癖なのだろうか。
それとも視力が下がったから目を細めているのだろうか。
伏し目がちになって睫が長く見える。
ケイは中が綺麗だから外も綺麗な人だ。
その日はそのままドライブして夕食も外で済ませて家に帰った。
私が先にお風呂に入った後、ケイが浴室に向かう。
お風呂上がりは涼しくなってきている今でも熱い。
ソファに座りながら髪をタオルで拭いていると、コップがテーブルに置かれた。
中身は白色。牛乳だ。
ワタリは何も言わずにソファに座る。
一緒にいて緊張を含まない空間。
優しい人。
感謝を言うのが緊張を含んでいないのに何だか言い辛くて、何も口に出せない。
喉に絡み付く言葉を飲み込む様にコップを口につけて傾けると食道が冷やされる感覚。
身体がどれ程熱かったかを知る。
ワタリは何も言わない。
私も何も言わない。
沈黙が心地よい。
「ビショップは」
外でもないのにその名前を言われて、驚きつつもワタリを見る。
ワタリも私を見ていた。
「……」
「ビショップはケイの事が好きですか?」
突然の質問。
そのような事を訊かれるとは思っていなかったから対処に困る。
どういう反応をすれば良いのか。
ケイが好きかと問われれば、迷わず言える。
好きだと。
でも人に対する気持ちを口にした事は無いから。
人を好きになったのすらケイが初めてで、それを問われるなんて、どうすれば良いのだろうか。
口が上手く開かない。
気持ちを言葉に出来ないのはまだ昔の名残なのか。
でもどうにか伝えたくて、だから頷いた。
「そうですか」
ワタリは顔を綻ばせて、頷く。
好きだと気持ちを吐露するのは、気持ちの押し付けになったりはしないだろうか。
好きだと言ったからって何かが変わるわけでもないし、相手に認識させて、困らせるだけなのかもしれない。
ケイは私を抱き締めてくれる。
でも口で好きだと言われた事が無い。
好かれているのだろうと思う。けれど、確かなものは何も無くて。
思い込みかもしれないと、そう思うと違うと言い切れない自分。
「ケイには、言わないで下さい」
私の気持ちが重荷になるかもしれない。
片方からしか向けられない気持ちは苦痛だから。
邪魔になるかもしれない。
だから知られたくない。
「どうしてですか?」
「……」
ケイが好きなのかが不安だからではない。
好きだから不安になる。
私が言った事で何かが変わるのは嫌だ。
これからも抱き締めて欲しいし、これからも一緒に寝たい。
離れるのが一番嫌だから。
「ケイはきっと喜びますよ?」
それでも、言えない。
人を好きになる事がこんなにも悩むものなのだと初めて知った。
好きすぎて、それが一方通行だと思うと、つらい。
ケイの事が知りたいとか、ケイの中で大切な存在になりたいとか、我儘が沢山私の中にある。
暫くしてケイが上がって来た。
冷蔵庫から牛乳パックを取り出しコップに注ぎ込むケイ。
「ケイ、届いてましたよ」
「ん?何が」
冷蔵庫にパックをしまってコップの中身を一気に飲み、ケイは私達の処に来た。
ワタリは大きな便箋をケイに渡し、ケイは差出人を見て、あぁ。とだけ言った。
何なのだろうかと見ていたら、ケイは微笑を浮かべただけだった。
隠し事をされると、苦しくなる。
私はまだ子供で力にならないし、ケイが探偵の仕事で受け取った便箋ならば私に見せる事は出来ないだろう。
でも、哀しい。
ケイは封も切らずに便箋をワタリに渡し、私が座ったソファの後ろにまわる。
そして、私を後ろから抱き締めた。
熱を帯びた腕。
熱いけれど嫌じゃない。
ケイの髪はまだ濡れていて、石鹸の香りがした。
甘い香り。
「同じ香りだ」
ケイが私の髪に顔をすり寄せたらしく、触れた部分に熱が伝わる。
抱き締められて温かさを感じていると、ワタリが笑った。
「ケイが子供みたいですね」
ワタリがそう言うと、ケイは少し沈黙をし、抱き締める力を緩める。
見上げると、笑みを浮かべているケイが見えた。
それだけで満足だった。
言葉じゃなくても今は満足できるから。
秋の虫が外で音を奏でていた。
〜戯言〜
ケイさんの視点でこれを書きたかったけれど、
いつもL→ケイさん→L→ケイさんなので……。
歯痒い。
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