デスノ 跡継ぎ | ナノ
懺悔
刻一刻と、掬っても指の隙間からすり抜ける水の様に時は進む
早くも無く
遅くも無く
常に一定
命が水だと云うならば
私は元から水が少なかったのか
それとも指の隙間が人より大きかったのか
刻む時は同じだけれど
身体が刻まれる速度は、速い
跡継ぎ
護りたいだけ
Lに、今日は少し調べ物があるから一人で勉強をして、分からない箇所があればワタリに聞く様にと言った。
自室に入り、入口を閉め、換気の為に開いていた窓も閉め、暗幕カーテンを引く。
空気の流れが無くなった部屋は、息苦しさを感じさせる。
席に座り、口から勝手に出てくる溜め息を洩らした。
Lの母親が、じきに仮出所する。
つまり、仮にだが自由となるのだ。
現在の法において虐待の罪は軽い。
だからすぐに仮出所が可能となる。
ここで、問題が出てくる。
虐待をする親は子供を取り戻そうとする割合が高い事。
それは暴力をふるう対象が欲しいだけではなく、愛憎によるものだ。
だから暴力をふるい罵倒するくせに、いなくなると探し求める。
私には理解出来ない感情だが、人とはそういう生き物なのだ。
愛情が無ければ存在すら無視する。
ただ食事を与え、殺人者になる事を避けるのが一番の愛情の乏しさなのだろう。
もしくは存在を認識しないか、家畜同様に扱うかだ。
愛情があるから憎しみが生まれる。
このイコールで結ばれた関係は、間接的もしくは屈折的にであれ常に成り立つものだろう。
愛情が無ければ、憎む必要すらないのだから。
愛情が無ければ、相手に対してどうこう思わないのだから。
ここで問題になるのがLの母親だ。
私はLの母親が捕まる場面を遠目にだが観察していた。
彼女は息子と引き離された時に暴れ、そして訳も分からない言葉をひたすら叫んでいた。
名前すらつけていない息子を失うのを嫌がったのだ。
その彼女がじきに、仮にだが、それでも出所してくる。
血眼になって息子を探すだろう事は前例などから簡単に予測出来る。
息子であり現在Lとなった少年は、保護の後に親の血縁者の所へは行かず孤児院へ行き、その後私達の所へ来た。
Lは保護対象であるから、警察が母親にLの居場所を教える事は無いだろう。
だが探りを入れれば時間もそうかからずに此処へ辿り着くだろう。
此処に住んでいる事は隠してはいないのだから。
『L』ではなく一般人のケイ・クウォークと名乗る私と発明家のワイミーと養子として引き取られたビショップが住んでいる事になっているのだから、隠してはいない。
だから探せばすぐに見つかる。
散歩などをしているから探さなくても見つけられるかもしれない。
引っ越すべきだろうか。
此処から逃げるべきか。
逃げたところで探偵でも雇われて追われる側になるのはごめんだ。
面倒臭いというよりも、『ケイ・クウォーク』を探ってゆくうちに『L』に辿り着かれたら困る。
『後顧の憂いは残すべからず』
こういう職についているとよく言われる言葉だ。
先代がよく使う言葉でもあった。
私の場合は父は天涯孤独の身であったし、その父も私がLになる前に亡くなっていたから血縁者は一人も存在しなかった。
だから平気だったが、Lは両方がまだ存在している。
正直言えば、消えてもらうのが一番なのだ。
Lの母親の親族ももう見つけ出した。
さて、どうすべきか。
『L』としての情報網を使えばマフィアや警官の一人や二人雇える。
つまり、Lの母親とその親族を殺す事も可能。
腕の良い奴を雇えば親族なら強盗殺人、もしくは娘(Lの母親)の事件による周りの眼や悔やみにより一家心中を装える。
それを知った娘(Lの母親)は看守から銃を奪い自殺という装いも可能だ。
警官も警察内での不祥事は隠したがるから事件を公にはせず、新聞に小さく『死亡』と云う記事が載るくらいだろう。
つまるところ、殺す方法と対処法は幾らでもあるのだ。
ただ私が踏み止どまり実行出来ないで三ヶ月も時が経ったのは、Lにとって彼女は母親だと云う事。
自分を虐待し続けた人であろうと血の繋がりがある。
血の繋がりがどれ程のものなのか、私には客観的視点からしか分からない。
だがLにとっての母親は一人であり、現在刑務所に服役中の女性だ。
唯一無二の母。
死なれたら、やはり悲しいのだろうか。
私にはそこが分からない。
虐待を受けた子供は親が死んだ時ようやく解放されたと言うらしいが、それはLも該当するのだろうか。
それを『私』は、理解出来ないでいる。
Lを悲しませる事は極力したくない。
まだ幼い少年だ。
親の死はどれ程だろう。
心の傷をこれ以上作りたくない。
だがこのまま母親を放置していれば、どこに皺寄せがくるか分からない。
Lを探し出す為にならなんだってしそうだ。
此処に来た当初、Lは母親を酷く恐れていた。
頭を撫でようとする手にさえ怯え、触れられる事も恐れる。
俯き、極力体を動かさず眼だけで状況を把握しようとする。
それを思うと、Lと母親を会わせるわけにはいかない。
せっかく話が出来る様になったのに。
笑う様になったのに。
好きに動く様になったのに。
漸く習慣となっていた暴力や罵倒、母親に対する恐怖心から解放されたのに。
溶けた緊張をまた固めさせるのは駄目だ。
今日Lに読んだ物語を思い出す。
鬼に攫われた娘は鬼との暮らしに情が湧いたか習慣となったのかは分からないが、そういったものから逃れられず人里に帰らなかったと云う内容だった。
私はあの物語は後者の意見、つまり人間は習慣から逃れられないと云う内容だったのだと思っている。
Lは、習慣を捨て私達の処に来たのだ。
変化を望み私達の処へ来たL。
親からの離別を決意し私達の処に来た。
それ程までの決断をまだ幼い少年にさせた私達が、今更Lと母親を会わせる気は毛頭無い。
彼の意志を尊重する。
私はLの心の平穏を第一優先に考える。
ならば母親は消すべきだ。
完全な平穏は親からの解放。
つまり親の死なのだ。
だが、殺すのは、ためらわれる。
私がためらっている。
間接的にであり直接手をくださないまでも、私が殺しを依頼するのだから。
私が殺す様なもの。
私は殺人を犯すのだろうか。探偵『L』としての立場が私を動かしているのだろうけれど、結局殺人には変わりない。
世界の『L』が、正義と称するはずの『L』が咎人。
もう仕事はしないから私は『L』では無いはずだが、Lの情報網を使うのだから私は今一度『L』になるのだろう。
最後の仕事が人殺しか。
私の生きる道には、常に屍体が転がっているのか。
解けない呪縛は、名も無い頃の幼い私が父親を死に追いやった時からなのか。
それとももっと昔から、それこそ生まれ落ちた時からか。
どうするのが最良か分からない。
本来の私ならば迷わずマフィアと連絡をとっただろう。
私は『L』としての任務を遂行するだけなのだから。
なのにLと一緒にいる時間が加算されればされるほど躊躇する。
その反面、早く母親を消してやりたいという気持ちがある。
この気持ちはなんなのだろうか。
前者はいまいち分からない。
後者は……憎しみか?
Lを傷つけた母親に対する怒りか?
そんな感情で人を傷つけるのか?私は。
手に負えない。
円管をぐるぐると回っているみたいだ。
一度深呼吸をする。
頭の中で繰り返す言葉がある。
己の弱さを抑え込む時に繰り返す台詞。
『それをやりに私が生まれてきた。そのことだけを考えればよい』
そう、私は『探偵のL』として生きる為に今まで生きてきた。
私は『L』としてやるべき事があるのだ。
感情に流されるな。
憎しみなど私にはいらない感情。
まして……。
やるべき事だけを考えろ。
余計な事は考えるな。
私は『L』として生きてきたのだから、どれが最善策か分かっているはずだ。
『L』として最善の事をするべきなのだ。
当たり前の事なのに、何を戸惑っていたのか。
私は感情などによって行動をとってはならない人間のはず。
次代の『L』の為に。
現在の『L』の私は行動すれば良い。
ただそれだけのコト。
視力が落ちた視界はやや霞む世界。
それでも分かる閉め切った窓にひかれた暗幕カーテン。
閉ざされた扉。
目を擦る。
視力低下の速さが著しい私の身体。
残された時間の短さがをじわじわと実感する。
実行を延ばすのは駄策だ。
分かっているからヘッドホン付のマイクをつけた。
マフィアと連絡を取る時は勿論偽名を使う。
『ケイ・クウォーク』でもない『L』でもない者が殺人を依頼する。
この事はワタリには言わないでおこう。
Lには勿論のこと。
私だけで行うのだ。
知らせる必要は無い。
それに、知られたくないと思う。
それは何故だろう。
人を殺すから?
違う。それもあるけれど、違う。
私は、二人の中で『正義のL』で居たいのだ。
だから隠す。
知られたくない。
知らなくて良い事があるのだというように隠す。
もう後戻りは出来ない。
今週家族を、来週には母親を。
これで良い。
頭の中では分かっている。
それでもパソコンの電源を切りながら、これが夢だったら良いのにと思ってしまった。
〜戯言〜
ヒロインの過去がちょろりと出てきました。あいたたた……
『それをやりに私が生まれてきた。そのことだけを考えればよい』はヘミングウェーのセリフです。
後顧の憂いは絶つべし。
京極夏彦の小説で犯人グループはほとんど皆殺しですよね。
探偵は事件を解決した分だけ恨まれていると思います。
Lを救ったのもある意味事件解決なので、ケイさんはLの母親に恨まれているのではないでしょうか。
後顧の憂いは絶つべし。
自分が死んだ後に彼らに何かあったら嫌だから。
Lを傷つけていた母親に対し憎しみに駆られて殺意さえ抱いてる部分もあるのですが、それは本来自覚する程では無くまた理性が強い分そんな考えは普段なら浮かばないのですが、『Lとしての自分』と意見が一致してしまっているのでその感情が理性を破り引き摺り出されているのです。
理性が強い分、道徳に背く行為に抵抗は強過ぎる事でしょう。
こんな事したくないのにと思っているはず。
それでもやらざるを得ない様に自分を追い込む。
そして逃げ道は沢山あるのに逃げ道を塞ぐ。
一番苦しんでいるのはケイさんですね。
- 21 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -