デスノ 跡継ぎ | ナノ
安眠
まだ日が昇る前に目が覚めてしまった。
暗い世界。
まばたきをして視界を取り戻そうとしていると、
「おはよう」
ケイの声がした。
跡継ぎ
優しい闇
「おはよう御座います」
私の声は掠れていて、寝起きだと伝える。
「まだ夜も明けてない。もう少し寝なさい」
頭を撫でる手。
優しい声は掠れてもおらず、はっきりとしている。
視界に見えるケイは笑みを浮かべていた。
私の頭の下に敷かれた腕は二の腕で、手に頭を抱えられる。
腹の辺りに重みがきて、きゅうっと抱き締められた。
温かい。
とても安心する。
ケイが眠気を誘う様に私の髪を撫でてくれるけれど、眠気はいっこうに襲ってこなくて。
「眠れない?」
「……はい」
ケイは小さな声で笑った。
「季節の変わり目だからだろうね」
ケイは楽しそうに言う。
声には早く寝なさいと咎める様な部分はどこにも無い。
季節の変わり目。
最近の夜明けは涼しさを通り越して、肌寒さを感じる様になった。
ひんやりとした空気は冬用の毛布や掛け布団を引っ張り出す理由になる程だ。
「身体が周りの変化に反応しているからなんだよ」
柔らかい話し方。
髪を梳く手。気持ちいい。
ふわふわとする胸元から聞こえてくるのはとくんとくんと温かい音。
ケイはあたたかい。
一緒にいて気持ち良い。
落ち着く。
「庭にある樹は落葉樹もあるから、秋の紅葉は綺麗だよ」
紅葉。
私はあまり想像出来ない。
映像でならば見た事があるけれど、私が元住んでいた場所の窓から見える景色にあった樹は、一年中緑の葉を茂らせる常葉樹だった。
……嫌な、記憶。
あの家の事、思い出したくないのに。
ケイの上着を掴むと、ケイはことさら強く抱き締めてくれた。
背中をぽんぽんとされる。
大丈夫。
私は今此処に居て、隣りにはケイが居る。
それだけが真実。
それが一番大切。
「ケイ」
存在を確かめる様に呼ぶ。
声が聞きたい。
「ん?」
何?と声が頭上からふってくる。
優しい声は女性にしては低くて、でも男にしては声変わり前の様な、つまり男とも女ともつかない。
私はこの声が好きだ。
「……寝れそうか?」
「あまり」
「じゃあ、何か話をしようか」
ケイの事が知りたい。
ケイの事を訊きたい。
気持ちがいっぱいになり過ぎて、溢れ出してしまいそうだ。
でも私がケイの事が知りたいというのは我儘で、我儘は言っては駄目だから。
我儘を言って嫌われないという自信が有りそうで、まだ無い。
どうしても踏み止どまってしまう。
嫌われたくないから。
ケイにだけは嫌われたくないから。
臆病な自分。
ケイを信じてるのに、肝心の部分で信じられていない。
「童話は、Lに聞かせた事無いよな」
童話。
ケイから聞いた事が無い。
それに私は童話を養護施設で一度だけしか読んでいない。
読んだのは白雪姫だった。
それを読んで興味がなくなったから読まなくなったのではなく、ハッピーエンドが許せなかったから読まなくなった。
いつも主人公は皆に愛されていたから。
必ず誰かに必要とされたり、愛されたり、私には無いものを持っている主人公が嫌で読まなかった。
今ならば、読めるのだろうけれど。
それでもやっぱり、あまり好きではないのかもしれない。
生まれた事を祝福されてそれで妬まれて事件が起こるのが常な童話は、読んでて主人公が羨ましくなり、最後に裁かれる人が可哀想に思えてしまう。
好きな相手の気持ちを独占したいから白雪姫を殺そうとする継母。
ケイに嫌われたくないから、私はケイの事を訊かないのと似ていると思ってしまう。
継母の場合は自分一人でどうにか出来る事ではなくて、安直だが、白雪姫を手にかける方法しか思い付かなかったのではないだろうか。
好きな人の一番になりたくてとった行動が法や道徳に背いていた。
それが継母が悪として描かれる理由。
「何か無いかな」
ケイの身体はいとも簡単に離れて、起き上がり、床に素足をつく。
隙間から冷たい風が入って、寂しさが一層大きくなった。
素足でペタペタ歩く足音が遠くなる。
寂しい。
ケイが月明りよりも薄い明かりと夜目を頼りに本棚を眺め、一冊を手に持ち、埃を払ってから足早に戻って来てベットに潜り込む。
ケイは私を見て、頭を撫でてくれた。
一度きゅうっと抱き締められる。
「明かりつけるけど良いかな?」
枕元のスタンド。
頷くと、視界が一瞬真っ白になり、ゆっくりと光に慣らされた視界にケイの姿が見えた。
「読むよ」
両膝をベットについて顎を片方の掌に乗せる格好のケイ。
ケイは字を目で追い物語を読む。
私はケイを眺めていた。
すると、ケイの口の動きは途中で止まった。
見ていたのに気付かれたのかと思い目をそらす。
でもケイの台詞は見当違いで。
「済まない、視界がくらくらする」
「どうしたんですか?」
「視力が落ちたのかそれとも老眼か、見え辛いんだ」
「……老眼は無いかと思いますよ」
「んー……どうだろうな」
ケイは見た目から年齢が分からない人だけれど、今幾つなのだろう。
とりあえず老眼になる様な年では無いのは確かだ。
「私の年が気になるか?」
まるで心を詠まれた様なタイミング。
驚いていると、頭をポンっとされた後撫でられた。
「偉いな。女に歳を訊かないのか」
ケイは少し目を擦った後、また文字を読み始めた。
読み辛いのならば止めた方が良いのではないだろうか。
そう思いながら何も言えない。
それはケイの声が気持ち良いから。
「旅人が山中を歩いていると、川で洗濯をしている娘が居た。
人里離れた山奥。不審に思った旅人は声をかけてみることにした。
『ここに住んでいるのですか?』
『はい』
『一人でこんな山奥に?』
『一人ではありません』
旅人は先程寄った村での話を思い出し、こう言った。
『まさか三年前に近くの村で鬼にさらわれた娘ですか?』
『えぇそうです』
娘は落ち着いた様子のまま、洗濯をし続ける。
その服は人の物より大きく、良く見れば鬼の服であった。
旅人は無論、連れて帰ろうとした。
しかし娘は言った。
『私は余所にいけやしません。此処にずっと居たんですもの』
仕方無く、旅人は山を越え、次の町に一人で向かった。」
読み終わって、ケイは前のめりの格好だったから首を回す。
「何で村に帰らなかったんでしょうか?」
帰れば親に会えるのに。
よく思い出して、村娘の親は一度も物語に出ていないのに気づいた。
ケイは首を回しながらんー。と言った後、口を開いた。
「鬼に対して情が湧いたのかもな」
情が湧いた。
確かにそれが理由かもしれない。
でもしっくりこなかった。
「もしくは、もっと別のものなのかもな」
「別のもの?」
「あぁ」
ケイはそれ以上言わない。
それはつまり、自分で考えてごらんという事だ。
ケイは私に考える事をさせる。
それは私にとって楽しいものだった。
物語は様々な見解が出来て、答えは一つでは無いから。
作者が言いたい事を探りだして、それと自分の意見を比べるのが楽しい。
「眠気がさらに遠のいちゃったな」
ケイは本をベット横の台に起き、横になってまた私を抱き締めてくれる。
離れていた分、私達は冷たくなっていて、得にケイの指は冷たかった。
でも温かいと思うのだから、不思議だ。
とくんとくんと打つ脈。
ケイの心音は落ち着く。
ケイが小さく笑った。
「おやすみ、L」
「おやすみなさい、ケイ」
目を閉じると吸い込まれるのは怖い暗闇では無くて、暖かくて優しい闇。
いつからだろう、眠るのが心地良くなったのは……
〜戯言〜
日本昔話でああいうのありましたよね?
無かったかな……(曖昧)
どこかで読んだ気がするんです。
タイトル何だったか思い出せす探し出せませんでした。
おかげで内容が曖昧……うぅ。
昔物語はオリジナルで書くと内容が薄っぺらになって嫌なんですよ。
あ、ケイさんがLに読んで聞かせた物語は次に引き継がれます。
- 20 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -