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 甘い憂鬱

 正月が終わり二週間もすると世間は甘い雰囲気に包まれる。
『青い鳥』でもチョコレートを使ったスイーツの種類が増えるし、商店街でも可愛らしいものからお洒落なものまで、綺麗にラッピングされたチョコレートが売られ始める。いわゆるバレンタイン商戦ってやつだ。若宮わかみやなんかは「お菓子メーカーの陰謀だ!」って叫んでいたけれど、時期が過ぎて安売りされたお菓子を毎年買ってくるんだから説得力がないと思う。
 頼まれたものをカートに突っ込みながら、オレの知る限り一番”陰謀”の被害者になりそうな人をちらりと見上げた。相変わらず整った顔立ちをしてるが、その表情はイベントの空気感とは正反対の苦々しいものだった。

八尋やひろさん、なんでわざわざ先生に運転頼んだんですか……」

 思わず隣を歩くもう一人の男性に尋ねた。
 一月の下旬に差し掛かった頃、オレたちは星降ほしふり荘から車で三十分くらいの場所にある大型のショッピングモールまで来ていた。店の方で使う材料や日用品など、大量の買い出しが必要になってしまったのだ。
 買うものの量も多いし、全部まとめて揃えるためにもここまで車を出すのは頷ける。でも、だからといって雪見ゆきみ先生に運転を頼む必要はあったのだろうか? 出発前から出掛けるのを渋っていたし――なんとなく理由は察しているけど――そもそも八尋さんも運転免許を持っているはずだ。わざわざ頼まなくても自分で運転した方が早い気がするのだが。
 首を傾げるオレに、八尋さんはなんとも彼らしいけれど全く理解できない答えを口にした。

「強いて言うならつかさくんの嫌そうな顔が見たかったから?」

「置いて帰るぞ」

「ごめんなさいそれだけは勘弁して……!」

 踵を返した先生を八尋さんが腕を掴んで引き止める。きっちりオレのことは回収しようとしていたあたり、この人わりと本気で帰るつもりだったんじゃないだろうか。
 ひとまず置いて行くことは思い留まったらしい先生と二人、自業自得な八尋さんにじっと呆れた視線を向けると、

「だって羨ましいじゃない、いかにしてチョコを貰わずに済ませるか悩むなんて! 本命さえ貰えたらそれで良しではあるけどさ、男としてちょっと憧れるものはあるんだよね。そう、だからこれは贅沢な悩みを抱える君への妬みだよ」

 と、嫌がらせの理由を吐き出した。清々しいほどにくだらなかった。
 時に甘いものが苦手な先生にとって、これは結構深刻な悩みなんじゃないかと思う。バレンタインの空気に呑まれつつある場所に近付くのも嫌がるくらいだから、少なくとも何かしらあったのは確かだろう。

「先生、やっぱりチョコいっぱい貰うんですね」

 それとなく声をかけてみる。やっぱり苦々しい顔をしたまま先生は頷いた。

「まあ、それなりに。貰っても食べられないから、毎年それとなく持って来ないよう言ってはいるんだが……」

「……女子高生には効果ないんじゃないですかね」

「なかったな。だからまず生徒に会わないよう、休み時間は空き教室に隠れてやり過ごすことが多くなったんだが……」

「見つかっちゃったとか?」

「いや、職員室の机に置いてある。……生徒じゃなくて名前も書いてない、おそらく同僚のが」

「もはや軽くホラーじゃないですか? それ」

 ちょっと席を外した隙に誰かのチョコが置かれている。
 なんとなく想像してみたけれど、オレにはちょっと、色んな意味で怖い状況にしか思えない。贅沢な悩みだって訴えはわからなくもないけど、羨ましいって感覚は湧いてきそうにない。
 だから八尋さんに「ねえ、高良たからくんも羨ましいと思わない?」と聞かれても、オレは首を横に振るだけだった。

「あんまり羨ましくはないかなぁ……」

「嘘でしょ? それでも健全な男子高校生?」

「いや、男子高校生が誰でもそうだと思わないでくれません?」

「どうでもいいから早く買い物を終わらせてくれ……」


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