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恋は人を狂わせる::
楽園からの逃避行 ▼ 恋は人を狂わせる
「嫌だよ。僕は君を看取りたくない」
最愛の魔法使いはそう言って首を振った。そんな頑ななところも可愛くて大好きだけど、ちょっと往生際が悪いと思う。いい加減諦めたらいいのに。
「なんで? 大好きな人に看取ってもらえるなんて、とても幸せなことなのに」
「君はそうかも知れないけれど、残される方の気持ちを考えてよ。特に僕はちょっとやそっとじゃ死ねないんだから、ずっと君がいなくなった寂しさを抱えたまま生きなきゃいけないんだよ?」
「え、それって最高じゃない? だって、俺がいなくなっても君の中には俺が残り続けるってことでしょ?」
「薄々そんな気はしてたけど、君って頭おかしくない?」
「失礼だな。俺を狂わせたのは君なのに」
むっとして言い返すと、君は意味がわからないとでも言いたげな顔をした。優しいから口にしないだけで、きっと心の中では「何言ってるんだこいつ」とでも思っているんだろう。
それが堪らなく愛しくて、にこにこ笑って俺は言った。
「恋は人を狂わせるって言うだろう? だから、俺をおかしくしたのは間違いなく君だよ」
▼ 楽園からの逃避行
その日、僕は楽園から逃げ出した。
ここにいれば最低限の生活は保障されるし、命が危険に晒される心配もない。それはこの世界において素晴らしいことなんだろうけれど、僕にとっては退屈でしかない。滅ぶことが約束された世界で、結界に守られた安全な都市内で、なんの刺激もなく暮らして何になる?
だから、僕は楽園を捨てた。残された時間を都市内で無駄に消費するより、どんなに危険でも刺激に満ちた外の世界を満喫してみたかったのだ。
ただ一つ、気がかりがあるとすれば。
「無理に僕に付き合ってくれなくてもよかったんだよ?」
一緒に出てきた親友に問いかける。僕が出て行くことを告げると二つ返事で「じゃあ一緒に行く」と言い出した、誰よりも大事で、愛すべき親友だ。
彼は何度も瞬きを繰り返して、それからけらけら笑って言った。
「君のいない都市での生活なんて、死んだ方がマシなくらいつまらないに決まってる。君は俺に死ねって言うのかい?」