18 マグルのビスケット

クリスマスのお祭りムードが落ち着いて、いつものホグズミードに戻りつつあった。その夜、小さめにしつらえられた暖炉がぱちぱちと音を立てる横で、カーラはベッドに腰掛けて一冊の本を読んでいた。スラグホーンのクリスマスパーティーでカーラが引き当てたプレゼントだ。

『魔術の探究 闇と光』と題されたその古めかしい専門書は一年生のカーラにはまだ難しい部分がほとんどであったが、ところどころ理解の及ぶ記述もあった。例えばここだ──「闇の魔術は大多数の魔法使いに悪き術であり忌み嫌うべきものと考えられている。しかし偉大な魔術は少なからず犠牲を伴うものである。僅かな犠牲、しかも術者自らの痛みや取るに足らない犠牲によって、大いなる成功や多くの者にとっての溢れる幸福を手にすることが出来るなら、誰が闇の魔術を否定することができよう」。別の章にはこんな記述もある──「闇と光の境目は常に曖昧だ。血によって受け継がれる特殊な体質の中にも、闇の魔術に近しいと言われるものがある。例えば蛇語や、時渡りの力だ。これらの能力は後天的に身につけることが出来ないため、研究がほとんどなされておらず、未知の部分がかなり大きい。蛇と意思を通わせることも、時間軸を思いの儘に移動できることも、それ自体に攻撃性はないにも関わらず、闇の魔法使いの証だとされている理由について以下に考察する……」。

カーラは軽く頭を振って、パタンと本を閉じた。一応しおりは挟んでおいたが、次に読むのがいつになるかは何とも言えない。これをプレゼントにと選んだのが誰かは分からないが、きっとスリザリンの上級生だろう。ほとんどの部分が具体的な呪文や魔法薬の紹介というよりむしろ概念的な話で、つまらないとまでは言わないが読んでいると少し疲れてしまう。それに、不思議と頭に霞がかかったようにぼんやりしてくるのだ。楽しい休暇で脳みそが緩んでしまったのだろうとカーラは結論づけて、ベッドの脇に立てかけた真新しい箒に目をやった。

クリスマスの朝にカーラのもとに届いたプレゼントはどれも嬉しいものばかりで、少なくとも『魔術の探究』よりもずっとカーラを喜ばせてくれた。その中でもとびきりの一番はロスメルタとホプキンス氏からのニンバス1000だった。その細身で美しいフォルムは一目見た瞬間からカーラを虜にした。ぴかぴかに磨き上げられた柄は緩やかな曲線を描き、その尾は一本の枝乱れもなくまとまっている。早く飛ぼうとカーラを誘っているようで、カーラはニンバスを手に窓から出て行って空中散歩をしたい衝動に駆られたが、きっとロスメルタが心配するだろうと思って諦めた。ロスメルタからは入学祝いも兼ねて今年は特別だと念押しされたのだが、カーラはこんな素晴らしい贈り物をもらったのだから、向こう十年はなんにもいらないと言った。昨日など、カーラはほとんど一日中村の外れで飛んでいた。一人なのであまり出来る遊びもないのだが、それでも風を切るように、思いのままに動いてくれる新しい箒に乗るのは時間を忘れるほど楽しかった。

友人からのプレゼントを開封するのもまた楽しい作業だった。

まず最初に包みを開けたのがリリーから届いたしっかりした重さのある箱で、中身は箒磨き布のセットだった。まるで休暇中のカーラを見ていたかのようなプレゼント選びに、カーラは感嘆の声を上げた。次はマルシベールからのプレゼントで、なんと可愛らしいレースで縁取られたパステルブルーのハンカチだった。カーラはてっきりゾンコの悪戯グッズなどを予想していたので驚いたが、カーラが今まで持ったことがないような女の子らしい可愛いデザインだったので、すっかり気に入って使っている。エバンからは名前入りの高級羽ペンを貰った。何でもペン先を削らなくても擦り減らずにずっと使える代物らしく、羽の付け根の所にカーラの名前が美しいカリグラフィで刻印されていて、ひと目で上質だと分かるプレゼントは流石の一言だ。同室のゾーイからはいい香りのするインク三種セットに、アマンダからは有名なチョコレート店のお菓子詰め合わせで、それぞれ流行を押さえたプレゼント選定が二人らしい。上級生のジャネット・サビニからは綺麗な柄入りの手紙用羊皮紙セット、ブランドン・ノットからは半日遅れで蛙チョコレートと百味ビーンズが届いた。ノットのクリスマスカードには、遅くなってすまないと丁寧な詫びの言葉が添えられていた。

思わず笑ってしまったのはリーマスからの小包で、なんとカーラがリーマスにと選んだチェック柄のマフラーと同じものだったのだ。正確には色違いで、リーマスに贈ったのは紺と茶の落ち着いた色合いだったが、カーラが貰ったものは白とベージュの明るい色味だった。たくさんある商品の中でまさか同じものを互いに選ぶなんてと本当に可笑しくて、カーラはすぐにリーマスにふくろうを飛ばした。「私たちって本当に気が合うわね?」と走り書きしてロスメルタのふくろうに届けさせると、一時間も経たないうちに「本当にね。パパとママにも話したら大笑いしているよ。ハッピークリスマス!」と返事を持たされて帰ってきた。

セブルスからは、クリスマスから三日経った今も何も届いていない。気にしないでおこうと思っても、カーラはがっかりしていないふりはできなかった。プレゼントが欲しかったからではない。カーラはセブルスのことを同じ寮の友人の中でも、特に親しい仲だと思っていて、きっとセブルスも同じように思っていてくれていると考えていた。だから、プレゼントどころか休暇に入ってから一度も連絡をよこさないセブルスのことを思うと、どうしてもあれこれと理由を考えてしまうのだった。

ホグワーツのクリスマス休暇は長くない。じきに会えるのだからあまり考えないようにしようとカーラがベッドに横になったその時、コンコンと窓を叩く音が聞こえた。

素早く起き上がって勢いよくカーテンを開けると、真っ白なふくろうが小包を足に括り付けて窓枠のところに立っている。ふくろうは暖かい部屋に迎え入れられると、ブルブルッと身を震わせて小包を差し出した。S.Sと小さく走り書きされている。

「セブルスからだわ」

カーラは呟いて、急いで包みを開けた。中から出てきたのは、不器用にラッピングされた小さなビスケットの箱と短い手紙だった。

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ハッピークリスマス(ニューイヤー)。
期待はしないでくれ、ただのビスケットだ。
色々あってクリスマスに間に合わなかった。
ふくろうに何か餌をやってくれると嬉しい。
また、学校で。

セブルス・スネイプ

P.S.
あの本、どこで見つけたんだ?悪くない

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手紙は短くまとめられていた。この「悪くない」は最上級の褒め言葉だと受け取ってよいだろう。いかにもセブルスらしい物言いに、思わず小さな笑みがこぼれてしまう。届けてくれた感謝の気持ちを込めてふくろうの背を撫でると、そのふくろうは小さくホッと鳴いて気持ちよさそうに目を細めた。

ビスケットは見慣れない透明の箱のようなものに入っていて、中がよく見えるようになっていた。魔法はかかっていないらしく、パッケージに描かれた可愛らしい動物の絵は動かない。マグルのお菓子なのだろうか。ひとつつまんでみると、バターの優しい風味が口に広がった。

カーラは椅子にゆったり腰掛け、ビスケットのかけらを砕いてふくろうに食べさせた。セブルスから便りがあったことで安心して少し眠気を感じながら、机の上でビスケットをつつくふくろうを眺めていると、ふとその白ふくろうに見覚えがあることに気がついた──リリーのプレゼントを届けにきたふくろうだ。真っ白なふくろうは珍しいので記憶に残っていた。確か翼の付け根にリボンを結んでいたはずだ、と思い出して柔らかな羽毛をそっとかきわけると、やはり緑色のリボンが括り付けられていた。

リリーとセブルスは入学前からの知り合いと言っていたので、多分近くに住んでいるのだろう。ひょっとするとセブルスの家ではふくろうを飼っていなくて、それでリリーに使わせてもらったのかもしれない。しかし魔法使いの家庭には、たいていふくろうが一羽はいるものだ。セブルスは家の話をしたがらないので、カーラはセブルスがどんな家に住んでいるのか、両親がどんな人なのかなど何も知らない。聞きたい気持ちも少しはあるけれど、カーラだって家の話は聞かれたくないし何なら嘘までついている。それなのに追求せずにそっとしていてくれるセブルスや皆の優しさをいつも感じているからこそ、根掘り葉掘り聞くことはしないでおこうと思った。

「ゆっくり羽を休めたら、もう一度セブルスのところに戻ってくれる?」

リリーのふくろうは任せろと言うように、ホホッと短く返事をした。そしてカーラは貰い物の羊皮紙とインクを取り出して、セブルスへの返事を書き始めた。

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