19 ひとつの目標

あっという間に楽しいクリスマス休暇が終わった。お揃いのマフラーを巻いたカーラとリーマスを見て盛り上がるゾーイとアマンダを交わしつつ、日々の授業と課題に忙殺されていると、矢のように一週間が過ぎた。心地よい三本の箒から離れて、ほんの少し寂しい気持ちが拭えないでいたカーラだったが、ひとつ楽しみにしていることがあった。この週末に行われるクィディッチチームの入団テストだ。学校に戻ってきたその日にザビニから声がかかったので、カーラは嬉しさと緊張とがないまぜになったような気分で一週間を過ごした。テストの結果、やっぱりあなたには無理と言われる可能性もあるので、カーラはこのことをいつも一緒にいるスリザリンの三人とリーマスにしか教えていない。とはいえ、クィディッチ・チームに入ってプレイすることは入学する前からのひとつの目標だったので、絶対にこのチャンスをものにしたいとカーラは意気込んでいた。

土曜日の朝、いつもより早い時間にカーラとセブルス、エバン、マルシベールは大広間に集合して朝食を取っていた。三人ともテストを見物──もとい、見守るために早起きしてくれたのだった。

「どうした、緊張しているのか」セブルスが尋ねた。
「まさか」

反射的に答えた後、カーラは一拍置いてふうっと溜め息を吐いた。

「嘘。緊張しているわ」
「飛行訓練ではあんなに自信満々だったじゃないか」

皿に取ったオートミールがちっとも減らないカーラを尻目に、セブルスは半分笑いながら言う。エバンもいつもより口数の少ないカーラをなんだか面白そうに見ている。

「それはそれ、これはこれよ。あれはテストなんかじゃなかったもの」
「そ、それってもしかしてニンバス1000かい?」

後ろから上ずった声が聞こえた。振り向くと、あまり喋ったことのない大柄なスリザリンの同級生が、目を輝かせてテーブルに立て掛けられた箒を見ている。エバンが「早いな、エイブリー」と親しい調子で挨拶した。

「お、おはようロジエール。グレイ、このニンバス、きっ……君のかい?」

エイブリーはエバンに返事をしながらも、ニンバスから目を離さない。カーラは誇らしい気持ちでにっこり頷いた。

「ええ、そうなの。寮チームの入団テストを受けるから、スラグホーン先生に特別に持ち込みを許可していただいて」
「寮チーム?クィディッチのチームに、は、入れるのかい?」
「まだ分からないけど。テストを受ける権利をもらったというだけだから」カーラは肩をすくめた。

エイブリーはどもりがちでのんびりしているので、よく寮生にからかわれていたが、確か飛行訓練では、このクラスで最も安定感のある飛行ができる生徒だとフーチ先生に褒められていた。クィディッチへの情熱は並々ならぬものらしく、いっそう目をきらきらさせてカーラに向き直った。

「い、いいなぁ。ぼっ僕も、いつか選抜を受けてみたいと、思っているんだ。きっと、僕は入れないだろうけど……」
「そんなことないわ。私、あなたが授業でとても上手に飛んでいたのを覚えているもの」

エイブリーがしょんぼりと肩を落とすので、カーラは声に力を込めて言う。実際、エイブリーの体格はビーターやキーパーに向いている。強風にあおられてもしっかりと持ち場を維持する必要があるため、体重の軽いカーラにはできないポジションだ。カーラの励まし受けてエイブリーは少し照れ臭そうに笑った。

「君がクィディッチのチームに入るつもりだとは知らなかった」エバンは意外そうにエイブリーを見た。
「う、うん。み、みんなにからかわれるから、だまってるんだ……」エイブリーはぼそぼそと消え入るような声で呟く。

エイブリーは色々な意味で、スリザリンには珍しいタイプの生徒だ。カーラがそう思った時、背後からクスクスと大げさに笑いながら通り過ぎる女子生徒の声が聞こえた。「見てよ。は、犯罪者のむ、息子がぶるぶる震えてるわ」──声の主は、見たことのあるグリフィンドール生だった。ブルネットの巻き毛を後ろに流して、意地悪そうに瞳を細めている。連れの女子生徒が「メリー、聞こえるわ。よしなさいよ」と、笑いながら嗜めた。

「ちょっと、あなたたち──」
「黙れよ。お前みたいに、箒に乗った途端ぶるぶる震え出すよりましだと思うね」

カーラが反論するよりも先に、マルシベールが痛烈に皮肉った。カーラが驚いてマルシベールを見ると、なんでもなさそうに大皿からサンドイッチをもう一つ取って食べ始めた。グリフィンドール生のメリーはみるみる耳までピンク色に染まり、「なんなの?」とか「失礼よ」などとしどろもどろにつぶやいた後、友達と一緒に足早に去っていった。

エイブリーも驚いたのか、いつもはとろんとしている目を丸くして「あ、ありがとう」と小さくお礼を言った。マルシベールは「べつに君のためじゃないさ。あいつには苛々させられてたんだ」と鼻を鳴らしながら答えた。

「どうして?」
「あのメリー・マクドナルドとかいうやつ、スリザリン嫌いのブラックに気に入られたくて必死なのさ。君は知らないだろうけど、スネイプや僕には強く言えないからって、今までもエイブリーをちくちくいじめていたんだよ。まあ見てろよ、これで終わりだと思うな……」

マルシベールは意味ありげにセブルスと目を見合わせて笑った。カーラが眉をひそめて「何かするつもりなの?」と聞いてもマルシベールははっきりと答えなかった。ただ、さきほどのエイブリーに対するひどい態度を見た後だと、正直なところ、何か少しくらい恥ずかしい目にあってもいいとカーラも思った。マクドナルドは女の子だし、ポッターやブラックにするように派手な呪いをかけたりはしないだろう。エバンは関わるつもりがないらしく、紅茶を啜りながら肩をすくめるだけだった。

「ぼ、ぼくのことはき、気にしないで……」
「君が気にしなくても僕が気にするんだ」マルシベールは断固として言った。
「いけない、もう行かなくちゃ。五分前だわ」

カーラは席を立った。結局かぼちゃジュースくらいしか胃に流し込めなかったけれど、想定外の諍いが起きたおかげなのか、幾分緊張はほぐれていた。マルシベールがまだ最後のサンドイッチを食べている途中だったので、すぐ行くという皆を後に残してカーラは競技場へ向かった。




* * *





温かい城内から一歩外に出ると、真冬の冷たさが肌を刺す。しかし風はほとんどなく、太陽もちょうどよい具合に隠れていたので飛ぶにはもってこいの天気だった。時間ちょうどに着いたとき、既に他のチームメンバーは全員揃っていた。というより早朝から練習をしていたようで、みな練習用のユニフォームを着て、一汗かいた後といった様子だった。

「ニンバス1000か。悪くない選択だ」キャプテンのブランドン・ノットは満足そうにうなずく。

ノットが改めてチームメンバーにカーラを紹介すると、選手たちは無遠慮に頭からつま先までカーラを眺めた。七人のうち半数は話したことがない上級生だった。監督生のラバスタン・レストレンジや、ジャネット・ザビニは時々会話をする仲だが、がたいの良いモンタギュー兄弟や、一学年上のソーフィン・ロウル、ぽっちゃりしたアレクト・カローなどは談話室でたまに見かけるくらいだ。一年生が推薦を受けること自体が稀なためか、半信半疑の顔で肩をすくめる者と、生意気な一年が失敗するのを見てやろうとにやにやしている者が半々だった。アレクト・カローが「まぁぁなんて可愛いお嬢ちゃんなんでしょう」と縁起がかった猫撫で声で言うので、カーラは「お褒めの言葉をどうも」と最大限の笑みで返しておいた。ここにきてカーラは俄然やる気が出てきた。一年生の女の子なんてという偏見をひしひしと感じるからこそ、あっと言わせてやりたいという気持ちがめらめらと湧き上がる。

「それじゃ、みんな箒に乗れ」ノットが指示する。「まずはウォーミングアップからだ」

クアッフルを使ってのパス練習はうまくいった。パスを回すだけなのでふつうは失敗する要素などないのだが、カーラがとんでもないへまをやらかすことを期待する何人かがわざと難しい方向にパスを飛ばすので、取り落とさないよう神経を尖らせなければならなかった。

その次のゴール練習でもかなり調子が良かった。十回中七回もゴールを決めることができたのでカーラは嬉しくて思わず宙返りした。反面、キーパーで七年生のオットー・モンタギューは何度もゴールを抜かれて非常にご機嫌斜めだった。このあたりから他寮からも見物客がちらほら集まりだす。朝食を終えたマルシベールら三人も、エイブリーと一緒にスタンド席に座っていた。

この次はいよいよカーラが一番やりたいシーカーのポジションでのテストだったのだが、モンタギュー兄弟とアレクト・カローが口を挟み、まだカーラのポジションは決まっていないのだから全ての役割をテストすべきだと言い出した。そして、カーラには向いていないビーターのポジションのテストもやることとなる。期待以上の動きをするカーラの飛び方を多角的に見ておきたい、とノットも賛成したため、カーラは逃れることができない。案の定、嫌な予感はテストが始まってすぐに的中した──ガッツーンと鼻面を殴られたような強い衝撃とともに、一瞬目の前が真っ暗になり、カーラは上下左右どちらを向いているのかわからなくなる。必死にニンバスにしがみつき、視界と平衡感覚が戻ってきた時には、見物客からのブーイングと、ザビニがモンタギューに向かって怒号を浴びせているのが聞こえた。アレクト・カローは楽しそうにケタケタ笑い転げている。

「仲間になんてことするのよ──あなたって本当にトロール並ね!」ザビニがヒステリックに怒鳴る。
「卑怯だ!モンタギューの野郎!」いつからいたのか、スタンド席から身を乗り出してシリウス・ブラックが叫ぶ。
「一旦中断!──インカーセラス 縛れ!」ノットが眉間に皺を寄せて杖を振り、犯人のモンタギュー弟をあっという間に縄で縛り上げた。「グレイはこっちだ!」

ノットに着いてふらふら地上に戻ると、そこで初めてカーラは鼻血が顎から練習着の前までを真っ赤に染めていることに気づいた。驚いて下を向くと、ぼたぼたと芝生に血が垂れる。さらに悪いことに、痛みが段々ひどくなってきた──きっと鼻が折れているに違いない。

恥ずかしさと痛みで涙目になりながら鼻を押さえ、ノットを見上げると、その表情には静かな怒りの中に心配の色が見えた。

「大丈夫だ。まったくあいつは信じられないほどのばかだな──手をどけろ。治してやるから」

カーラは口の中に鼻血が流れ込むので何も言えず、黙って手を退けた。ノットがカーラの顎下に手を添え、聞いたことのない呪文を唱えると、ずきずきと燃えるようだった鼻の痛みがスーッと引いた。ノットは杖をもう一振りして、カーラの顔と服についた血を綺麗にしてくれた。

「ありがとう──あの、私の鼻……」
「ん?ああ、心配ない。さっきまで折れていたけどもう元通りだ。念の為あとで医務室にも行っておいた方がいい」

カーラはおそるおそる鼻を触った。なめらかで、曲がってもいない。少なくともダンブルドアの鼻よりは真っ直ぐだ。カーラはほっとして、もう一度「ありがとう」とノットに礼を言った。どうやら弟の方のエドガー・モンタギューが、カーラから二メートルも離れていないところで顔面目掛けてブラッジャーを強打したらしい。エドガーはノットの出した縄にぎゅうぎゅう締め付けられながら、わざとじゃない!と叫んでいる。

「まさに驚くべき神技だな。兄の方は一年生の小娘に七回もゴールを抜かれ、弟は棍棒の振り方もわからないときた」ノットが冷たく言い放つ。
「でもキャプテン。エドガーはわざとじゃないって言ってるんだよ」カローがにやにやしながら心底嬉しそうに囁く。
「黙れ」

ノットが凍りつくような目でアレクト・カローをじろりと睨みつけると、カローは慌てて口をつぐんだ。犯人の兄、オットー・モンタギューもばかみたいな笑い声は引っ込めたが、いまだに腹立たしいやにや笑いを浮かべている。

「前キャプテンのアンドロメダはお前らのようなやつにも優しかっただろうがな。俺のチームで悪ふざけは許さん。この次に練習の邪魔をすれば、チームから放り出すかそれとも──」ノットは恐ろしい顔で杖先をエドガー・モンタギューの額に押しつける。「許されざる呪文か、俺の気分で決めることにするぞ」

途端、モンタギューはギャッと叫んで飛び跳ねた。杖を押しつけられたところが、ひどい日焼けをしたように真っ赤になってしゅうしゅうと煙が上がっている。ノットは深いため息を吐いて、しかたなさそうにモンタギューの縄を解いた。まさか、こんなことが起こるなんて──この数十分でカーラはブランドン・ノットが大好きになり、モンタギュー兄弟とアレクト・カローが大嫌いになった。

「おい、大丈夫か?」成り行きを見守っていた二年生のソーフィン・ロウルが、笑うべきか心配すべきか迷っているような顔で声をかけた。
「ええ……、ちょっとふらふらするけど。ブランドンは完璧に鼻を治してくれたみたい」カーラは頭を抑えながら答えた。

カーラはザビニに心配されながらもテストの続きをやると言い張り、シーカーのテストをすることになった。スニッチを放してから五分以内に捕まえられたら合格というものだ。カーラは絶対にエドガー・モンタギューを箒から突き落としてやると決めていたので、ニンバスに鞭打って最高速度でエドガーに突っ込んだ。エドガーは悲鳴をあげて回転しながらすれすれで避けたはいいものの、箒の上でずるりと滑って片手でぶらさがる格好になり、観客の爆笑をかっさらった。ノットはこれをカーラの悪ふざけだとは言えないはずだ──なぜなら、スニッチがエドガーの近くまで来るのを待ってから突っ込んだので、エドガーはたまたまその軌道上にいたに過ぎないし、結果的には一分半でスニッチを捕まえたのだから。

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