ばーさす石切丸 6






「こんにちは、大和守安定。
以前いた彼ではないようだし、君とは初めまして、かな?」


虫の声が静かな本丸に響き、ギィギィと古い廊下の板は歩くたびに悲鳴を上げる。

綺麗になったとはいえ、日本家屋である本丸の作り上、音を立てずに歩くのは困難であった。
肌寒いくらいの気温が肌を撫でるが、そんなの気にしていられない。
先を歩いていた大和守安定は、その静かでいて優しい声色にびくっと肩を震わせた。
 

「ー石切丸。」


「まったく、随分と凝った事をしてくれたものだ。
これを私の部屋と主の部屋に貼り付けたのは君だね?同じ霊力が君から感じられる。…それにしても、随分と、悪いものを憑けているようだ。それでは君が辛いだろう。」



ぺらり。石切丸は薄っぺらいその札を、大和守安定に見せつけるように差し出した。
漢字のような、絵のようなそれは一見するとただの落書きにしか見えない。
それこそ、石切丸を審神者から遠ざけ、審神者の命を少しずつ蝕んでいたものであった。


この本丸の以前の主も、こういった道具を良く使用していた。


石切丸はいやなことを少し思い出しながら、その札をびりっと破って見せる。

 
ーそう、いやなこと、だ。


石切丸は前の主にされた事を覚えている。

そうだった。呪具である薄桃色の香のにおい。神であり、男でありながら暴かれ奉仕する屈辱、それが一番、神であり人を守る事を当たり前としてきた石切丸にとって耐え難い絶望である事を、前任者は知っていた。
吐き出された性の匂いも、匂いに狂う同胞も、熱気も、胃酸の味も。
短期間で石切丸の心を折るには充分な材料であった。

前任が居なくなってからも、粉々に折れた心は戻りはしなかったが、審神者によって少しずつ浄化されていく本丸に正気を戻した石切丸は、今の審神者に感謝した。過去は消えやしない。
許すことも出来ない。絶対に。
だが、彼女は彼ではないのだ、と。
そう考えられる石切丸は、この本丸の誰よりも聡明で、優しく、簡単な言葉で言い表すのであれば、“大人”であった。
石切丸が居なければ、この貼られた2枚の紙切れで審神者は1日も待たずに死んでいただろうし、こればかりは石切丸が“大人”であった事が幸運であるとしか言えない。


そんないやなこと、を押し込めて。

びりびりに細かく破った、ただの紙切れと化したそれを、外の池へと吹いた。

神力の強い石切丸だ。
外側から剥がしてさえ貰えれば、この手の物は大抵無力化出来たし、誰かに止められていたとしても、主の危機に今剣が痺れを切らして自分の部屋に近々やってくることは長年の付き合いの上で分かっていた。

今剣はあの形ではあるが元はと言えば平安時代から受け継がれる名のある守り刀である。
審神者からの霊力の補給だって審神者がこの本丸にやってきてから今まで、食事という形で十二分にされてきたし、弱っている自分を差し引いても、前の虐げられている状況からは考えられないくらい力が回復しているはずだと、石切丸は知っていた。

大和守安定はばつが悪そうに、それでいてどこか安心したように石切丸に向き合った。

少しの沈黙が走ったあと。



「…僕がやった。それは認める。主は…あのひとは、これで救われる。

僕をあの人の前に連れて行くのが嫌なら納屋にでも縛ってもらって構わない。抵抗は、しないよ。」

一歩、一歩。まるで鉛の球がついた足枷を嵌めているかの様に重い足取りで石切丸に近付く。
俯いてしまって表情は見えない。月明かりに照らされた石切丸は、大和守の手を握った。


「それを決めるのは私じゃない。

…君もよくわかっているだろう?」


その言葉に、全てが込められていた。








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