小悪魔後輩恐るべし

「あ、観音坂先輩おつかれさまです〜チョコお好きですかぁ?
この間遊園地に行ってきたのでお土産なんですけど、お一ついかがです?」

ふわふわ、柔らかい砂糖菓子みたいな後輩。それが彼女。最近中途採用で入ってきたその子は社内でも疎まれがちな俺にも朝っぱらからニコニコニコニコ愛想を振りまいていた。

「…あ、ありがとう、…いただくよ」
「ふふっ、良かった、観音坂先輩甘いもの苦手そうなイメージあったんで、受け取ってもらえるか心配だったんです」

これ、美味しいって人気なんですよぉ、と彼女は頬を少し染めて天使のような笑顔を見せた。

柔らかそうな色素の薄いゆるくウェーブがかった髪の毛、白くもちもちとした肌に社会人らしくメイクが施された彼女の顔は、とても男ウケするんだろうな、と思う。ふんわりと香るこの匂いはなんの香水だろう。
一二三がよく貰ってくる女の子の匂いとはまた違った女の子らしい匂いだ。

彼女と俺は真逆だ。
無理難題を押し付けられる俺と違って、彼女は俺より入社が遅いのにあのクソ上司に気に入られていて、ある程度のミスなら笑って次気をつけてよーと言われて終わり。
今だって鼻の下伸ばしながらチョコレートを受け取っている。オイオイあの厳しい顔はどこ行ったよ。


正直な話、疎ましい。


ああいう陽キャのカースト上位な女は絶対俺なんか見下している。

この口に入った甘いチョコレートだって、どうせカースト底辺の俺に対する施しであるということなんか分かってる。

ムカつく、すごくムカつく。どーせああいう女は社内の仕事ができる男とくっ付いて、社内結婚して寿退社するんだ。その後は子供が生まれて綺麗なママとか言われて、幸せに人生を送るんだろうな。ああ、俺とは全然違う。
ついついPCのキーボードを強めに叩く。あぁウザい、ウザい、ウザい!!!!!
この間だってあの女がミスした書類は何故か俺が残業して片付ける羽目になった、可愛らしい字で間違えやがって、仕事舐めてんのか!?同期の奴らは可愛いよなぁとか言ってやがる。可愛いのは正義か?愛嬌が良い奴が世界を救うのか!?違うだろうが!!狙ってんじゃねえよ、社内結婚するとしても相手はお前らじゃねえんだよ!糞が!!


こんなことを考えることすら、烏滸がましいのかもしれない。
チョコレートはいつのまにか溶けて無くなっていた。



____



「先生、なんで僕達はまたここにいるんでしょう…」
「独歩君、私も分からないよ…」


仕事帰り、一二三からの連絡で俺はホストクラブに居た。
一二三は先生と俺を呼びつけておいて、まだ仕事が終わらないらしい。先生はソワソワと飲んでも良いのかな…いや、辞めておこうか…と葛藤している。
この場所は苦手だ。煩いし、何よりキラキラしすぎていて目が痛くなる。
今日は仕事が珍しく早く終わって先生も休診日。夜飯に麻天狼で鍋をしようと言い出したのは一二三で、わざわざ仕事帰りに迎えに来た。3人でスーパー行って食材選ぼうよ〜!と、これまたえらくキラキラした絵文字付きのラインが来たからここに居るのに、あの馬鹿はいつになったら終わるのか。



「あ、独歩ちん、先生〜!ごめんね!あともうちょっとで上がれる予定だったんだけど…ちょっと困ったことが起きて」

手をブンブンと振りながら一二三はやって来た。家にいる時とは少しだけ違う雰囲気だ。
はぁ、と溜息をつく

「俺は良いけど先生を待たせるなよ、これから鍋やるんだろ?先に帰って準備しとくか?」
「そ、そうだね、ここにはお酒が沢山あるし…私の家でいいのかな?」
「先生の家汚すわけにはいきません、俺らの部屋で…」

「えっ!先行っちゃうの!?
そうでもいいんだけど、ほんとあとちょっと!あとちょっとで終わるから、待ってて?ね?」



「ねぇ!!!!あたしすっごいいっぱいお金使ったじゃんっ!!!いつ結婚してくれんの!?」


フロアに女の金切り声が響き渡る。

あー、帰れない原因、あれ。と一二三が苦笑いで指をさした。
男が何か言っていて、女は泣きながら男に縋り付いている。

「あーいうお客さん、たまに居るんだよね。あの子新人でさ、お金使ってくれたら結婚してあげる〜とか、枕とかあの子に使いまくってたみたいで。一気にメンヘラ化?でもたしかに風俗まで行って稼いでたみたいで、すげー店に使ってくれたから蔑ろにも出来なくてさ。もーちょいで落ち着くと思うから、待っててよ」

ね?と一二三はウインクをしながら仲裁に入りに行った。
大変だなぁ、そんなにあの男はいい男なのか。
ぼんやりとなんとなくその席を見つめる。
ふわふわとした色素の薄い髪の毛、白い肌に大きな目、……あれ、あの子って



「なんでぇ!?なんで嘘付いたの!?愛してるって言ったじゃんっ!」
「いや、だからホストにはよくある事だろ!?金使ってくれてスッゲー助かったって!だから、これからはホストとして俺を好きになってよ!」

「はぁ!?何言ってんの!?不特定多数の女の子と会うのを許せって!?無理!!そんなの無理!!
あたしはあたしだけを好きでいてくれる男の子がいいの!」
「いや、エースとして君のことは好きだよ!いて貰わなきゃ困る!」

「違うもんっ!ホストの君のことを好きなんじゃないもん!ねぇ、あたしのこと好きだって言ったじゃん!!結婚して子供欲しいって…っ!!

…もうやだ死ぬ!!ここで死んでやるーーーーーーっ!!!!!」

細い腕、見慣れたスーツ。綺麗な指先はいつも見ていてよく手入れしてるなぁと思ってた。その手に握られているのはフルーツ用ナイフで、その白い首に突き立てている姿は綺麗だけど、とてもそれが嫌だと思った。
体が動く、先生は独歩君?と不思議そうに声をあげた。

いつのまにか彼女の後ろに立っていて、そのナイフの刃を掴んだ。
血が垂れる、そこそこ痛い。それでも、ふわふわした彼女の、こんなに刺々しい姿を見たくなかった。

「……ねぇ、ここで何してんの」





驚いたように振り向いた彼女は、ボロボロと泣いていた。あ、かわいい。そんなことをぼんやりと思った。




__________




夜の仕事を辞めた。大学生の頃からバイトで入っていたその仕事は、やけにねっとりとした雰囲気を帯びていて、いつまでたっても辞められないのかなと勝手に思っていたのに。

昔から人からの愛情というものに飢えていて、誰かに好きと言って欲しくて、誰かの体温を感じたくて始めた仕事だった。
あからさまなピンク色の照明、布面積のやたらと少ないコスプレの衣装、私はこの世界が大好きで、大嫌いだった。

辞めた理由は簡単で、好きな人が出来たから。

彼はお店に行けば優しくしてくれて、お店でお金を使えば抱いてくれた。
ーーなら、お金を使わなくなったら?

この仕事をしてるから使えている金額を使えなくなったら、彼はあたしから離れるだろうか。ふとそんなことを思い唐突に辞めた。
彼が嫌いだというからギラギラした化粧はやめた。清楚系のメイクを必死で練習して、髪の毛も彼が好きだという女優に似たふわふわとしたパーマに変えた。

可愛くなった、筈だった。


就職活動は割と早くに決まって、新しく勤めだした会社では上手くやれている。
前職はほぼ接客業みたいなもので、売れている子はコミュニケーション術に長けている子が多い。あたしもその中の1人で、その人が何を言えば喜ぶのか、どんな仕草をすれば喜ぶのか、手に取るように分かった。
…ただ1人、未だに攻略できていないとすればあの観音坂独歩とかいう先輩だけだ。

彼はあたしを時折ゴミを見るような目で見る。
こういうキャラはどうやら嫌いらしい。妬み?嫉み?でもお生憎様、あたしもアンタみたいな陰気な奴はだーいっきらい。
大体このあたしが愛想振りまいてやったんだから一瞬で堕ちろよ、お前だけなんだよ後は!!!


「観音坂先輩、お昼一緒にいかがですか?ランチで美味しいところ見つけたんです!いつもお一人で食べてますよねぇ?」
「……悪いけど、もうコンビニで買ってあるから」

「観音坂先輩!今日の夜お暇ですか?みんなで飲みに行こうって言ってるんですけど、観音坂先輩もいらっしゃいません?」
「ごめん、今日の夜は予定がある」

「観音坂先輩!!!今日の昼はーー」
「今日はこれから外回り」



なんなんだコイツは!!
悉く返されるその今まで味わってこなかった屈辱。なんであたしはコイツにこんなに執着してるんだろう!!

イライラが止まらない。目すら合わない。そんな男初めてで、躍起になった。こんなにもあたしに興味がない。それが許せなかった。



そんな日は彼に連絡だ。最近使う額が減ったけど、この間ラブホで結婚してくれるって言ってた。こんなあたしの魅力に気がつかない男なんて放っておいて、彼に癒してもらおう

ーーーと、思ってたのに。




「俺、お前と付き合う気ないよ」




は?????


なにそれ今までの言葉もセックスも嘘だったってこと?なんで、お金を使う額が減ったから?あたしなんか悪いことした?違うの、あたし、あなたのことが好きなの、どうか嫌いにならないで、彼女だったんじゃないの?あたしあなたのために可愛くなったでしょ?香水だってメイクだって髪型だってあなた好みだし、ご飯だって作って、合鍵だってくれたじゃん全部全部嘘だったの?なんで?なにが原因?なにがダメ?風俗辞めたのがいけなかった?なら、戻るから、戻る、戻るから、お願いだから


「やだ!!!!!!!!!!」


捨てないで。

そこからはあまり覚えていない。
酷い言葉をたくさん言って、たくさん言われて、それから首元が少し痛くて、

何故か、ここに観音坂せんぱいがいて。


「……ねぇ、ここで何してんの」



「かんのんざか、せんぱい」
「死ぬのはいいけどここ、友達の店なんだよね。後輩が死んで一二三に迷惑かけたくない」

あたしのもっているナイフの刃を掴んで、血がダラダラと流れる。
なんでここに。そんな事をちょっとだけ考えたけど、あたしはそれどころじゃなかった。
涙は止めどなく溢れる。止まらない。きっとメイクもぐちゃぐちゃで、見るに耐えない姿なのにそれを気にする余裕もなかった。



「観音坂先輩には関係ないっ!!離して!あたし、あたし死ぬ!もうやだっ!!だれも、だれも本気で愛してくれないじゃない!!

こんな、こんな世界もうやだぁ!!!!」


「あーーーー…

ゴチャゴチャうるせぇなぁクソアマ、いい加減にしろよ餓鬼みてぇに癇癪起こしやがって俺だって毎日死にてえと思いながら生きてんだよてめえだけが辛いとか勘違いすんじゃねえぞ」

ガシガシと頭をかきながらネクタイを緩める観音坂先輩の視線は人をも殺しそうな目つきをしていて、やけにぞくっとする。



ああ、やっと、目を合わせてくれた。



あたしはそんなに尻軽だったのだろうか。さっきまで泣いて縋っていた男がミジンコにしか見えない。
観音坂先輩がやけにキラキラして見えて、あれ??心臓もドキドキする。
手を伸ばす。観音坂先輩のネクタイを思いっきり鷲掴んで引っ張った。
唇が合わさりそうなくらい顔が近い。


「なら、アンタがあたしを愛してよ。あたしのこと好きになって。」


気付いたら、とんでもないことを口走っていた。


「………は??」



観音坂先輩は、ぽかんと口を開けた。







________






「ねーぇ!独歩君、あたしのこと好き?」
「あーはいはい好きだよ」
「ほんと?ホントじゃなかったら殺すぞこの陰キャ野郎わかってんだろうなその両足引き千切って歩けないようにしてやる」

「…分かってんよ愛嬌しかねぇクソ女、次部長に媚びた顔見せたら二度と部屋から出さねえからな」
「………出して欲しくないから媚びようかな」
「あ゛ぁ?」



「…そーゆーの、共有のリビングじゃなくて部屋でしてくれない?」






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