乱数くんのATMです



とある病院の看護婦四年目。
看護婦という職業は、とてつもなくハードである。生と死が毎日交差する職場で、命をすり減らしながら私達は仕事をする。
ナースコール連打の夜勤もあれば急患の多い日勤もあるし、全然仕事が終わらない残業だってある。この仕事にやりがいを感じながらも、特に今日は酷くわたしは疲れていた。
夜勤の連続、モンスターペアレントならぬモンスター患者の対応。病院食が不味いってそりゃそうだ。美味しさを求めつつ栄養バランスに配慮した食事は絶品になれるわけがない。
上がりの時間。イライラしながら、乱暴にナース服をロッカーに仕舞い込む。
はぁ、とため息をひとつ。

そんな、仕事に限界を感じた時。
わたしはいつもスマートフォンを取る。緑のあのアプリを開いて、カラフルなアイコンをタップする。
ーー今日は、空いてればいいけど。
たぷたぷとスマートフォンをタップして、空にメッセージを送った。忙しい彼は、最近矢を掛けて忙しさが増している。もう1週間程会っていない。
そろそろ会いたい。私服に着替えながら叶うかわからない願いをスマートフォンにかける。

【ひっさしぶり!今日これからなら会いてるよっ!ボク、美味しいハンバーガーが食べたいなぁ〜!】

ピコン、と表示された文字を見れば、わたしは目をひん剥いてカバンをひっ掴み、病院を出てダッシュでタクシーを捕まえた。




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「オネーサンっ!今日もお仕事お疲れ様っ!誘ってくれてありがと〜!丁度会いたかったから、すっごく嬉しいよ!」
「そーんな嬉しいこと言ってくれるなんて…っ!
もーなんでも好きなの注文してねっ!乱数くんのために私仕事してるようなもんだから!」

駅前のトイレで軽くメイクと髪型を直してから、彼が好きだといつだかに言ってくれたお気に入りのオーデコロンを噴射した。
まさか会えると思ってなかったからコットンの持ち合わせがなく、アルコールを飛ばせないので軽く足元と腰付近にだけだけど、つけないよりはマシだろう。
彼が待つ待ち合わせ場所に行き、久しぶりにあった乱数くんはやっぱりキラキラしていて、顔がつい緩んでしまう。
どうやら今日はハンバーガーの気分だったらしい。乱数くんオススメのお店に行って外れたことは一回もないので、オススメのハンバーガー屋さんに連れて行ってもらう。手をナチュラルに繋いで来る辺りこの子ほんとに出来る…っ。

着いたハンバーガー屋さんは、ファストフードのお店とはいえ少しハワイアンを連想させる装飾で、椅子やテーブルも拘っていて、とても小洒落た内装になっていた。ファストフード店とは思えない。
わたしが普段あまり来ない小洒落た店にソワソワしているのにも関わらず、乱数くんは手慣れた様子で笑顔でメニューを楽しそうに見ている。
きっと、他の仲良しの女の子とも来たことがあるんだろう。


……あぁっそれにしても癒されるっ!!



わたしは、乱数くんの顔が好きだ、大好きだ。この整った顔立ちに屈託のない天真爛漫な笑顔とか反則だ。とても反則だ。奇抜な髪型と髪色ですら似合っている彼は、見るだけでわたしを幸せにしてくれた。
理想。理想の男の子。その理想の男の子は、今目の前にいた。


「ん〜…アボカドチーズにするかテリヤキチキンにするか…ねぇおねぇさん、半分こしない??」
「よーろーこーんーでーーーっ!!」

多分わたしの今の顔はデレッデレだ。それに乱数くんとハンバーガー半分こなんてそんな役得断らないわけがない。少し大きめな声でそう言えば、そんなわたしに乱数くんはクスッと笑って、


「…オネーサンってほんと、ボクの顔好きだよねぇ?そんなに見てて楽しーい?」

頬杖をついて手に顎を乗せ、少し、意地悪っぽく笑う。小悪魔的なその笑顔にズギュンと何かで打ち込まれたような気がした。

あかんて!!そんな顔したらあかんて!!心がギュンギュンするってー!!
と心の中で内なるわたしが叫ぶ。


「………ハイ、大好きです。そのご尊顔をずっと眺めていたいです。ラブすぎます。愛おしいです。」
「…やーっぱ、店で食べるんじゃなくてテイクアウトにしてもらおっか!」

真っ赤な顔でそう懺悔したけど乱数くんは意に介さず、マイペースにテイクアウトを頼む。わたしは瀕死の心を休めつつ無言でお財布からピッと素早く万札を取り出した。



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「ね。乱数くん今欲しいものとかないの?ボーナス入るし、今ならなんでも買ってあげれるよ」

シブヤディビジョンのラブホテル。
ここがいつも夜ご飯を食べた後に来る場所だ。
乱数くんのお家は乱数くん曰く、行っても邪魔?が入るとかで行けなくて、わたしの家もシブヤディビジョンからは離れている。次の日も用事がある乱数くんにわざわざご足労いただく訳には行かない。
乱数くんと少しでも一緒に居たい私が本当に下心なく最初に提案したのが此処で、ラブホテルといっても、そういった行為は一切した事がない。カラオケをしたり、お腹いっぱいだけどピザを頼んでみたり、なんとなーく借りたDVDを見たり。至って健全すぎる一夜をいつも過ごす。いや、一緒に寝るから健全ではないかも知れない。
本来なら、やっぱり成人女性としてはしたい。ものすごくしたいけど、乱数くんを襲うだなんてそんなことわたしにできるわけが無い。嫌われたらどうしてくれるんだ。

テイクアウトしたハンバーガーを行儀悪くベットの上で食べながら、今日もなんとなーく借りたDVDを見る。見ながら、ふと思った。乱数くんのおねだりが今日はまだ無い。と。

乱数くんに今まで貢いだものは数知れない。冷蔵庫、ソファー、ベット、電子レンジなどの家電からチュッパキャップという棒付きの飴100本。全てわたしが買いたくて買ったものだし、乱数くんの生活の一部になれるなら嬉しいものだ。
DVDを見ていた乱数くんはハンバーガーセットのコーラを飲みながら、くりん、と向き直りわたしを見る。


「んー………そろそろみょうじなまえがほしいかなっ?」


にっこり。星が付きそうなくらい、乱数くんはとっても素晴らしく笑った。

「……ンンンン??

と、言いますと?だれか紹介したほうがいいの?わたし、友達少ないからな…いるかな…」
「あーもー!オネーサンって変なところ鈍感だよねっ!だぁかぁらぁ…」

リモコンでDVDを消した乱数くんは氷すら飲み干した空のコーラのボトルをポイっと後ろに投げ捨てる。がこん、とゴミ箱に入る辺り、彼は本当に凄いと思う。

じりじりと私に近寄る彼のいつもと違う雰囲気にどきどきする。なんというか、かわいい、というよりは、雄っぽい、というか。
つい、後ろにわたしも下がってしまう。なんだか逃げなければ食べられてしまいそうな、そんな目線を感じた。
ラブホのベットというのはとても便利で、枕元にはライトを消すスイッチがある。そこすらもパチパチと消し、私を追い詰めた彼はどんな表情をしているのか分からない。わからないけど


「僕、なまえのこと1番好きだから、一生ボクのこと好きでいて欲しいんだけど」


そう右耳に囁いた彼の声は、とても低く腰に来るものがあった。


そこからは、お察しの通りである。
その一言でわたしはユデダコのように顔が赤くなり、更にはメロメロになり、みぎみみーっひだりみみーっと笑いながらの耳責めに陥落してもう私のことは好きにして状態になり、晴れて半永久的な飴村乱数のATMへと昇格したのであった。

その時、てっきりわたしはセフレ的なものになったんだと思っていた。が、後日なんと乱数くんにとってあれは告白だったのだと知り、また怒られるのはその後の話である。




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