「あら、一期さん。おはようございます。雑草抜きをしてくれてたんですか?」
よく晴れた朝のお庭。私は最近小さな花壇を作った。
四季を変えることのできるこの本丸に、その季節の花があれば少しでも華やかな気分になれると思ったからだ。
朝ごはんの下準備が終わって、如雨露に水を入れてその小さな花壇へとやって来た。
そこには、軍手をした一期さん。どうやら雑草を抜いてくれていたらしい。
「主。おはようございます。少しでもお力になれればと思ったのですが、余計なことでしたかな?」
ふふっ、と小さく笑って一期さんはわたしを見上げる。わたしもそれに少しだけつられて表情が緩んだ。
如雨露を地面にそっと置いて、一期さんの横にしゃがむ。
「そんな訳ありません。ありがとうございます。最近少し忙しかったですからねえ、雑草、結構生えちゃいましたね。」
わさわさと生い茂る雑草を指先でいじる。
今植えているのはアイリスである。
四月から楽しめるそのひらひらとした可愛らしい花びらに、すらりと伸びる姿が印象的なお花。
「この本丸は主の霊力が供給され、循環しておりますゆえ。
植物は少し放置すると驚くほどに成長してしまいますから…おや?」
一期さんはふと手のひらを開いて、空を見上げた。
ぽつり、ぽつり。
「…主。こちらを。」
ぽつりとひとつ、ふたつ、みっつ、と雫が降った後。
わたしはそれが雨だとようやく認識した。
一期さんは着ていた内番服の上着を脱ぎ、当たり前のように私の頭へと被せる。その時間は数秒で、私は一期さんを見上げる暇もなく浮遊感を覚えた。
「い、ちご、さん?」
立ち上がり、私に服を被せ、そのまま所謂姫抱きをする。…その鮮やかな一連の流れの様子にぽかんとしているうちに屋根のある縁側へと下された。
縁側に座った瞬間に勢いよくざあざあと降り始める雨。
どうやら私は彼のお陰で、少しも濡れずに済んだらしい。
「恐らく通り雨でしょう。主が濡れる前に気付けて良かった。
……主?どうされました?
少し顔が赤いような…?」
一期さんは空を見上げた後に私を見やる。
…私は、両手を頬に当てて、火照った顔を冷ますのに必死だ。
だって!だって!!
一応、私だって20代の女性である!!
こんな女の子みたいな扱いをされることなんて初めてであるし、最近じゃ女の子通り越してお母さんみたいな事ばかりしている。
ご飯を作ったりだとか、洗濯に掃除だとか。それが嫌なわけじゃない。むしろ好きだ。すごーく好きだ。
この本丸の中で色恋を望んでいるわけじゃないし、本丸の皆さんはもう家族みたいなもので。
…でも、それはそれ、これはこれだ。
一期さんみたいな方にこんな気遣いをされたら、それに気付いたら。
どれだけ嬉し恥ずかしが爆発することだろうか!!これが、所謂胸キュンという奴である!!
「い、いえ、なんでもないんです。
お気遣いありがとうございました。一期さん」
ぱたぱたと手のひらで顔に風を送りながら、無理やり笑顔を作り見上げる。そうすれば一期さんはほっとしたような顔をして、
「お身体に何もないなら良いのです。
…ところで主、あの花は、なんという花なのですか?」
「えっ、あ、あぁ、あれはアイリス、と言います。綺麗でしょう?春のお花で、花言葉が好きで植えたんです」
「ええ。
しゃんと空に向かって伸びていて、なんだか癒されます。」
雨に濡れるアイリスは如雨露のお水を必要としないくらい潤っていく。
一期さんはわたしの隣に座って、その花を眺めていた。
本当に通り雨だったらしいその雨のざあざあとした勢いはゆっくりゆっくりと弱まって行き、光もどんどんと差し込んで、雨の雫を照らした。
「………あ、虹。」
「え?」
「一期さん、にじ、虹ですよ!綺麗ですね!」
よく晴れた日の通り雨は、虹を作ることが多い。
多いが、こんなに出来立ての虹を見ることは初めてのことだ。
私は興奮して一期さんの服の裾を摘んで引っ張りながら、虹に指を指した。
一期さんは言われるがまま空をまた見上げて、
「…虹、とはこんなに綺麗なものなのですね」
「ふふふ、ラッキーでした。
ねえ、一期さん。」
「はい?」
「アイリスの花言葉はね、吉報なんですよ。
良い知らせ、きっとそのうちに一期さんの弟さん全員に逢えるよう。
皆さんに良いお知らせを伝えられるよう。…わたしなりの、願掛けです。」
もう少しだけ虹を見ていきませんか?
そう繋げれば、一期さんは少しだけ間を開けたあと、ふわりと笑いながら勿論です、と言ってくれた。
洗い立ての本丸は花や雑草と同じようにそこらじゅうが光に照らされて。
…その数分後、お兄ちゃんがいない事に気付いた短刀さん達がやって来て、朝ごはん前に一緒に雑草を抜くのは、また別の話。
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bkm