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  彼の大切と審神者は眠る。







ぎぃ、ぽた、ぎぃ、ぽた。


 
そんな歪な音が重なりながら、永遠にも感じる暗い渡り廊下を歩く。
雨に濡れてじっとりと重さを増したそれは酷く気持ちが悪く、早く夏が来ないかなあ、なんて天気頼りの奇跡を待った。最近の本丸は晴れが続いていたから、きっとこの雨だってそのうち晴れるんだろう。

あの審神者は、自分に優しく茶を差し出し、己の願いを暖かく突き返した。
そのことがなんだか悲しくて、なんだか嬉しくて、複雑な気持ちを抱えたまま、審神者の部屋の窓から立ち去った。

今日は雨だ。
鶴さんはきっと一日起きない。布団も敷かれていないあの部屋で、きっと横にもならず、その部屋の柱にもたれて眠っていることだろう。
雨の日はいつだってそうだ、だからこそ、僕は審神者さんに会いに行った。縁側から歩き、二階の窓に登って。

少しだけ芽生えた希望を、ありえないと思っていたその予想を、確信に変えたかった。

それでもきっとこれから彼女は幾度となく涙を流し、その度に一つ一つ後悔が重なっていくんだろう。
きっとあの時、僕の提案を受け入れていれば、と思う日だって来るはずだ。いつかあの前任の審神者のように残虐非道を繰り返す悪魔にだってなるのかもしれない。どうしてもその予感を払えない。疑心暗鬼。人を疑わざるを得ないのだ。
審神者と話しても尚、結局は最後まで信用することができなかった。

ただ。少しだけ、希望が見えた。それだけだ。それだけだけれど、大きな大きな違いだった。



ぎぃ、ぽた、ぎぃ、ぽた。


廊下は濡れていく。
軋む音は耳にこびりつく。


ある部屋の前、長い腕が僕を待ち構えているかのように伸びていた。

その手を取る。暗闇の部屋へと、引っ張られた。






くさい、くさい、くさい、くさい、くさい、くさいくさい、くさい、くさい、くさい、くさい、くさい、





人と馴れ合うことのない彼は、僕を抱きしめながらそう呟いた。

ごめんね、審神者さん。
僕はまだそっちには行かない。どうか、君に悲しい事が降らないようにとせめて願う。



「ごめんね、     」




僕はそう言って彼を抱き締めた。









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はあ、と一つため息をついた。

なんだか身体がだるい。正座をしていた足を投げて、ちゃぶ台に体を預ける。

なんだか自信がなくなるなあ。

彼みたいな子があと何人居るんだろう。決して和解をしに来たわけではない彼を、これからどうすればいいのか見当が付かない。それ程までに膿んだなにかを感じざるを得なかった。
…でも。それでも私はこの本丸の審神者である。逃げるわけにはいかない。いつかは彼の抱えた何かも変えて行かなければならないのだ。

とんとん、襖を叩く音が聞こえた。



「はい、どうぞ」
  
「ー失礼致します!

…なにか、あったのですか?」


襖を開けたのは長谷部さんだった。

馬当番の内容といえば、比較的簡単なもので、二頭の我が本丸のお馬さんたちにご飯をあげて、馬小屋を掃除して、お馬さんたちの健康を見て。
時計を見上げる、もうお昼はすぐそこだ。もうそんな時間だったか。


長谷部さんはわたしの様子を見てか、部屋の様子を見てか、心配そうにわたしへと駆け寄り、背中をそっとさすった。
長谷部さんの手のひらはポカポカとしていて、なんだかほっとする。


「燭台切さんが今、お部屋に来ていました。

でも和解まではまだいっていません。
ーごめんなさい、なんだか少しだけ、疲れてしまったみたいで。」


苦笑いを浮かべながらそう言うと、長谷部さんは顔付きを変えた。

心配そうな表情から、驚いた表情へ。
ぴたり、一瞬止まると、失礼します、と呟いて私を抱え上げ、そのまま歩きベットへと運び下ろす。

私もいきなりのことにぱちくりだ。


「は、長谷部さん?」

「主、お疲れのことでしょう。

主のお身体はやっと太郎太刀の穢れが抜けはじめたところです。燭台切は、この本丸の中でも憎しみが強い一派におります。どうか今はお心を休めて下さいますよう」


私をベットへ下ろした後は、てきぱきと私に布団をかけ、部屋の空調を直し、ベットに置いてあったパソコンを片付ける彼の手際は見事で見惚れるほどであった。部屋の準備をした後は、ぎし、とベットの縁に座る。


「少し、眠りましょう。

昼餉の準備が出来ましたらこちらにお持ちいたします。今はゆっくりお休み下さい」


何を言うでもなく、布団の上をぽふぽふと叩いて優しく笑う長谷部さん。
その姿がなんだか暖かくて、わたしも釣られて笑う。


「…お言葉に、甘えさせて頂きます。
夕食は、わたしが作りますので…」

「はい、楽しみにしておりますね。」


緊張が解れたのか、一気に睡魔が襲ってきた。長谷部さんの言葉に甘えて、ゆっくりとまぶたを閉じる。

眠る手前、彼の眼光は鋭くなってどこかを見つめていた。そんな気がした。






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