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  さにわになりました







わたしは今思えば断る、という行為をあまりしてこなかったかもしれない

幼稚園の時には遊んでいたおもちゃを友達が欲しがれば特に嫌な気持ちにもならずに笑って差し出していたし、おやつもしかり欲しがれば差し出していた。
寧ろ、友達が嬉しそうに食べるのを見るのは悪い気持ちじゃなく、わたしが遊ぶより、食べるよりおもちゃやお菓子も幸せだろうと子供心に思った記憶さえある。

小学生に上がっても、中学生になっても、高校生になってもそれは変わらず、宿題を教えてと言われれば友達に教えるために勉強をし(お陰様で成績はうなぎ登り、当時のクラスメイトには感謝をしている)

掃除当番代わってと言われれば笑っていいよと答えた。(彼女は部活動の部長とクラス委員長を兼任していて、クラス委員の仕事を手伝っただけである。その子はとても疲れた顔をしていて、わたしが手伝えることがあるならと思っていた)

あなたの彼氏のことが好きになってしまったの、どうしよう?と友達に泣いて相談されれば、私なんかと付き合ってるより彼も幸せだから、となんとなく付き合っていた彼氏と別れた。(これは中学の時の話。なんとなく付き合っていただけで、本当に好きな女の子に好かれて元彼はなんだか幸せそうだった)

きっと、お金の無心をされたりだとか、連帯保証人になったりだとか、悪いことに関わって来なかったのは、良い友達やいい家族に恵まれたからだと思う。みんなこんなわたしと仲良くしてくれるし、優しくしてくれるのだ。とてもいい人達である。
だからこの状況、わたしには断れる自信もなければ、断る理由もなかった。


「初めまして、さにわのときのなまえ様!本日からサポートとして担当させて頂きます、わたくしこんのすけ、と申します!精一杯務めさせて頂きますので何卒宜しくお願い致します…!」
「そんなに畏まらないで下さい、こんのすけさん。何もわからない私ですが、これからご指導頂けたらと思います。こちらこそよろしくお願い致しますね」

モフモフとした小さな身体に大きな尻尾。紛れもなく彼は狐で、丁寧な言葉遣いで頭を下げる彼にわたしもしゃがみ、同じ様に礼をする。触らずともわかる、小さく震える小さな彼の生い立ちを聞いたのはほんの一ヶ月前、わたしの人生を大きく変える出来事が起こったあのざあざあ降りの雨の朝のことだった。


__________



「おはようございます。みょーじさんのご自宅でよろしいでしょうか?はい、ありがとうございます。みょーじなまえさんご本人ですね。
突然ですが、政府の者です。条例に基づきまして今回ご訪問をさせて頂いております。みょーじさん、貴女は今回の審神者適性診断に起きまして霊力、浄化能力共にSランク値と判断されました。本来ならばこのような数値ですと、10代のうちに発見されている筈ですが、なにかの手違いにより25歳の今現在に至るまで発見されなかったようです。Sランク値の審神者適性者に置かれましては審神者職への定職が義務となりますので、研修後、本丸へと派遣、歴史修正主義者との戦争へ参加して頂く事になります。貴女の現在お勤めされている株式会社〇〇へはその旨の通知、退職手続きは昨日のうちに完了しておりますので、本日より研修会場への泊まり込みをお願い致します。尚、私物の持ち込みは原則許可されておりません。政府経費で新しく購入して頂く形となります。ご理解の程、よろしくお願い致します。また、衣類等も指定の審神者服がございますので、そちらの着用を原則としてお願いしております。審神者従事者の前金と致しまして、こちらの額を口座に振り込ませて頂きます。ご確認下さい。また、1ヶ月の給金はこれくらい、戦果に基づきボーナス支給もございますが、そちらは研修にてお話しさせて頂きます。

ご理解頂けましたでしょうか?」



「…えーっと…

あの、わたし今朝ごはんを食べていまして、簡単なご飯なんですが今日は紅茶が美味しく淹れられたんです。それだけ飲んでもよろしいでしょうか?」



目の前の黒服の方は、突然現れて無表情に淡々と、それでいてとても劇的な事実をわたしに告げた。
昨日まで上司や職場のみんなとはそれなりに仲良くしてたんだけど、あの人達は私が辞めることを知っていたのかなあと、ぼんやりと考える。

それにしても、急な通達だ。
今日はお休みだから、朝ごはんをゆっくり食べた後に音楽を聴きながら、趣味のアクリル毛糸のアクリルスポンジ作りをするつもりだった。20代の趣味にしては編み物なんて渋いと言われることもあるが、これがなかなかに面白いのだ。百均で全ての材料を揃えられ、形も真っ赤なイチゴの形や、可愛いワンピースの形、星形や頑張れば鳥の形だって作れたりする。材料ももう昨日百均に寄って買っていたというのに。それが出来ないのはとても残念だ。

せめて、せめて最近買ったお取り寄せの紅茶だけは飲みたい。

これがなかなかに手に入れるのが難しい茶葉で、風味もなかなかに珍しい清涼感のある朝にはうってつけの紅茶なのだ。もうお気に入りのマグカップには注いである。早く飲まないと冷めてしまう。


へらっ、と我ながら気の抜けた笑みを見せれば、黒服の男の人はきょとんと呆気に取られた顔をした。たかが紅茶、されど紅茶。ちょっとわたしにしてはお高かったんだぞ?

…あ、そうか。




「外でお待ちになるのは寒いでしょう。狭い家ですがどうぞお入りください。あなただけでしょうか?他の方は?」

「あ、え、……自分1人です。拒否されるようであれば同僚を呼ぶ手筈ですが、」

「そうですか、でしたらどうぞ。お茶くらいはお出し致しますので。」

どうしていいか分からなそうな黒服さんは、サングラスの上からでも目が泳いでいるのがわかる。…えい、と、黒服さんの手を引いて、半ば強引に部屋に入って頂いた。…雨の降る中外でお待たせするのは申し訳ない。しかもわたしはゆっくり朝ごはんをいただく気満々だ。
呆気に取られた黒服さんはなんだかんだでわたしの用意したバタートーストと目玉焼きという質素ながら馬鹿にできない朝食を一緒に食べて、お取り寄せの紅茶を一緒に飲んだ。意外と沢山食べる人で、我が家の食パンや卵はわたしがいなくなった後も腐る心配はなくなった。


それからは怒涛の毎日だった。


黒服さんに連れられてやってきた政府の施設で、年甲斐もなく巫女服を着て、説明を受けた後は鍛刀や手入れ、練結、刀装作り等の基礎知識、出陣における審神者の役割、演練、遠征の部隊編成の仕組み。テスト前日の学生のように詰め込まれたその知識は、最早付け焼き刃でしかないんじゃないか?と疑問を持ちたくなるくらい身についていないのが分かった。
結局、1ヶ月で諸々の研修を終え、戦争へと駆り出される事になったわたしは、本丸へと向かう1週間前。政府の役人であるわたしの担当者さんとのミーティングで更なる事実を告げられた。



「ブラック本丸問題、というのが今現在、政府の中でとても問題視されています」
「…と、いいますと?」

大量のマニュアルに目を通しながら、担当さんの言葉に耳を貸す。テキストを本丸就任前に完成させなければならないとのことなので、躍起になっていた。



「研修でもお話致しましたが、昨今の審神者不足により、今回のように突然政府からの通達を受け、審神者になるという方も少なくありません。審神者になれば、多くは家族や友人、恋人との面会は戦果を出さない限り原則として禁じられます。…まあ、そのストレスといいますか…刀剣男士は怪我をしても、折れさえしなければ手入れで綺麗に治ります。傷を放置しても食事も取らなくても死にませんし、夜伽を命じれば主人の命令、という形で従わざるを得ません。死というものはありません。刀解されたとしても、本霊に還るだけです。そして、顕現すれば新しい刀がやってきます。同じ刀が。」

「それは、刀剣男士の方々に酷いことをしている、謂わばブラック会社のような本丸がブラック本丸という認識でよろしいですか?」

「その通りです。…そして、そのブラック本丸が摘発されたとしても、本丸を減らすわけにはいかないので引き継ぎ、という形を取るわけなのですが…」

「虐げられた刀剣男士たちがいうことを聞かない、と」

「その通りです。…更には、今回貴女のように霊力、浄化力共にSランクの方が見つかったとなりますと、その、本来なら新しく本丸を譲渡して一から、本丸運営をして頂いた方が安全かつ楽なのですが、浄化力もSランクとなりますと…堕ちかけの刀剣男士にはうってつけだ、と。政府の上の方の方の指示がですね……」

「ブラック本丸の引き継ぎをして欲しい、という指示なんですね。わかりました。」

「その通りです。…お嫌なのは重々…って、え?」




俯いていた担当さんは、顔を上げてまじまじとわたしを見やる。わたしはテキストに向けていた目線を担当さんに向けて、笑った。


「担当さんとは1ヶ月ほどのお付き合いですが、それでもこうしてお知り合いになれたのはなにか御縁があっての事だと思います。わたしが断ったら、担当さんのお立場が危うくなるのであれば、お受けしてわたしが頑張ってみるのがお互いにとって一番ではないでしょうか?」

それに、担当さんはこれからもわたしの担当でいてくれるんですものね?と付け加えれば、彼女は目を潤ませ震えた声でごめんなさい、力足らずで、ごめんなさい。と二回謝った。

「今回、貴女が配属する事になったのはーーーーー」


そして、現在に戻る。






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