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食堂へと足を踏み入れると、既に食事の準備が施されていた。窓からは差し込んだ光は、白を基調とした食堂の空間をより一層、清廉としたものへと導いている。天井から伸びるシャンデリアには仄かな蝋燭の火が灯されており、大理石でできた暖炉の縁には国章が彫られている。

テーブルへと目をやると、スープから白い湯気が立っており、食欲をそそる。寝坊助の彼女のために使用人達が温め直してくれたのだ。


「姫様、おはようございます。」

エレナに声をかけたのは雪のような白髪をシニヨンに纏めた老婦人。灰色のワンピースに清潔感のある純白のエプロンに身を包んだ彼女は公室直属の家政婦長だ。


「おはようカトリーヌ……お父様は…?」
「陛下はバルヌス地方の外壁建築計画に御訪問されております」

その途端、エレナの顔が曇る。

「この前もフィーグ地方の外壁を工事したばかりなのに。どれだけ建てれば気が済むのかしら」
「そのように仰らないで下さいませ。陛下は我が国の事を第一に考えておられるのです。もうそろそろ公女様も会議に参加されてもよろしい年頃なのですが」
「うげぇ……」
「なんです、そのお下品な声は。一国の公女であろうお方が」


不快感を表すかのよう眉をひそめるカトリーヌ。銀縁眼鏡越しに光る薄浅葱色の瞳にじろりと睨みつけられ、エレナは咄嗟に口元を押さえる。そして許しを乞うかのように苦笑した。

会議って嫌だよあんなの。大臣達と一緒に書類と睨めっこしたり、長時間難しい話をするだけじゃない。難しい話が苦手な私の性分には合ってないし、想像するだけで悪寒がしてならないし、何よりもつまらない。

エレナは心の内でそう不満を漏らした。
でも、そんなこと到底言えるはずがなかろう。もし現在進行形で御立腹中の彼女に言ったらどうなるかことくらい検討がつく。


「よろしいですか。公女たるものいつなん時も淑女らしく、慎ましやかに振る舞い…」
「はいはい」
「常日頃から意識をすることにより、自然と身につくものであり……」
「はいはい」


そう、こんな時は素直に「はいはい」とだけ返事をしておくのが一番。生返事で誠意の微塵の欠片も見られないが、長年彼女と過ごしてきたエレナにとっては、これが一番の打開策だと確信していた。


家政婦長の話を右から左へと受け流し、ガレットにナイフとフォークを入れる。純白の皿の上に半熟の黄身がジュワッと溢れ出て、黄色の花を咲かせた。


これだよこれ。久々の好物に胸を踊らす彼女に向け「返事は1回です」と声がし、肩を飛びつかせた。

うわ、バレちゃったか。

そうきまりの悪そうな表情を浮かべながらも彼女は久々の好物に舌鼓をうった。