会話

何だか口を開けどもスッとは言葉は出てこない物で、この夢の様な城の家長でもあるリサリサ様に、なんとか言葉を覚えるためにも人がいるところ…とにかく何か人と話せる雑用をさせて欲しいと、日本語なら3分で終わる内容の会話を15分ほどかけてうーだとかあー…だとか唸りながらリサリサ様と交渉できたのはこの島に来て3日目の事だった。
言葉が通じないというのはお互いに厄介な事で、女学校にいた時にはこの町で一等できると思っていた英語でも結局うだうだと恥ずかしがっているうちに口が開けなくなるし、相手の機微に敏感になってしまって、自分の英語に対するちょっとした表情の変化を大きく汲み取ってしまって益々気が引けてしまう。
そうしてやっと手に入れた、いわゆる留学らしき環境で、時雨は毎日日本にいた時のようにせっせとバルコニーで洗濯に励んでいた。
この城の女中が来ているような、制服のようなスカートを着て、なんとなく頼りないスカートに注意しながらしゃがみ冷たい水に手を浸す。
この状況を端的に説明するならば、リサリサ様ともまともに話せていなかったのだから忙しい厨房や御使いなんて行けるはずもなく、自分が口を聞けるのはそれでも多くない英語を話せる数人の使用人だけ。
そうなれば自然と話せない者がいても問題のない部署に回される。それがまさに女中の洗濯物のを洗って干す事である。

(おかしい……話ができるようにお仕事をもらったはずなのに、殆んど話してない…)

唯一と言っていいほど、思わず黙ってしまう時雨に根気よく話しかけてくれる女の子はスージー、という可愛らしい金髪の女中だ。彼女は時雨の拙い英語にも、大きく相槌を打ってくれて、とても話やすく、わかりやすい。
他の女中に、聞いたことのない言葉を話す人間なのだから珍しい目で見られるのは仕方ない事だとしても、とにかく彼女にだけは見捨てられないように英語だけでも最低限できるようにならなければ。イタリア語なんて夢のまた夢だ。
夜中何時ものように与えられた自室で英語の教本を読む。仮名書きのそれがどのくらい役に立つのかはわからないが、来月までの目標はスージーと仕事での質問だけでなく、女の子らしい話ができるようになる事。だ
ぼんやりと揺れる蝋燭の灯りを頼りに、教本の短い英文を何度も何度も口に出す。
仕事中に鉛筆でメモをしたわからない単語や言い回しのような物を分厚い辞典からなんとか探し出し、それが予想外の陰口であったりして懲りずに落ち込む。

(地味…子供…、お嬢さん、暇潰し、怠慢……頭の足りない、間抜けな…)

胃の裏がズンと痛む。
なるほど自分はこう思われているのか、とショックな反面自分が永遠にその言葉の意味がわからないだろうと思われていることが悔しくて仕方ない。

(……絶対いつか言い返してやる)

もう二度と忘れないだろうこの侮辱の言葉を脳裏に焼き付けながら、時雨は明日はスージーの家族の話を聞いてみようと単語を見つめていた。











スージーは目の前で生真面目に洗濯をこなす少女をまじまじと見つめた。
自分達とはやはり違う色味の白い肌と、猫のように細くてツヤツヤした黒い髪。切れ長の一重に黒い瞳のアジア人の彼女はそこかしこで見る中国人の女の子達と間逆の気性らしく、酷く申し訳なさそうに口を開いてはモゴモゴと話す。
こちらの言うことは簡単な英語である程度理解してもらえるようだが、向こうから何かを話すというのが酷く苦手なようだ。
そんな彼女の事をはっきりしないし言葉が足りないのだと悪く言う者もいるが、不思議とスージーにはその沈黙に彼女の気遣いのようなものを感じる。

(きっと礼儀正しい子なんだろうな…)

彼女がくる以前から噂では大きな日本の会社のご令嬢だと聞いた。どんなお嬢様がくるのかと興味深々だった使用人達の大半は、意外にもその辺りをうろついているアジア人と大して変わらずパッとしない彼女に早々に興味を失ったらしい。

急に時雨が顔を上げる。急にあった真っ直ぐな黒い瞳に思わずたじろいでいると、彼女の口がモゴモゴ動いて、家族。という単語が出てきた

「家族…?家族がどうかしたの?」
「スージーさんに、兄妹はいるのですか?」
「兄妹……」

思わず脈絡のない話題にポカンとすると、真剣だった彼女の顔がたちまち不安の色を浮かべてくる。

「ああ!兄妹ね!兄妹…そうね時雨はどうなの?」
「2つ下の妹がいます、妹は来年結婚するんです」
「へぇー随分はやいのね、お姉さんより先なんて」
「妹の夫は両親が探してきましたから」
「このイタリアではもうあまり聞かない話ね、時雨は恋人はいないの?」

そういえば彼女とこういう話をするのは初めてだな。と素直に思った。自分の質問に焦り始めた彼女はなんだか急に近い存在のような気がしてくる。時々自分が使った言葉をメモする彼女に綴りを教えてやる。
なんとなく放って置けないような気がして、スージーは時雨に今日からもっと話をしてほしい。と口に出していた。

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