浮かんでこないで

突然現れては引っ掻き回していくディエゴを、疎ましく思う事はあれど姉達がこっそり囃し立てる様な色っぽい出来事など名前と奴の間には何一つ無かった。
大体、女という性別を知っている上で一本背負いとかいう危険極まりない技を不意打ちで……それも野外の土の上でかけてくる相手とどう男女の仲になれというのだ。
相変わらず名前の中でのディエゴは危険人物であったが、ひと月もの間毎日顔を付き合わせていれば人間共通の話題も増えていくものだ。それでなくてもそもそも自分達は同じ職に就く者同士である。
不本意ながら、ディエゴとの会話は退屈しない。ああだこうだと馬について議論するのは刺激的であるし、かと思えば馬以外の話題でも、ディエゴが始める猥談スレスレの話はある意味下品ではあるが異世界の話のようでそれはそれで面白い。
もしかすればそれも、ある意味ディエゴが名前が聞いて楽しめるよう賢く調整されているお陰かもしれないが……。
兎に角、毎日やってきては性別を偽る友人の少ない名前を楽しませるディエゴは、名前の家族達には随分心を砕ける友人だと思われているらしい。
その証拠に、両親はその日、四人いる姉のうちの二番目の姉の誕生パーティにわざわざディエゴを招待したのである。

練習を終え泥だらけで帰宅した名前の家に我が物顔で居座っていたディエゴが、目の前でヒラヒラと振って見せた、白い封筒に百合の紋章の押された手紙を見たときは目眩がしたが、すぐにこいつが悪さをしないように自分が見張ればいいだけだと思い直して、名前は誕生日パーティの会場で案の定視線を集めるディエゴの隣に立っていた。
あまり大げさな人付き合いを好まない両親が開くパーティは主に血族と親しい友人を僅かに呼ぶだけで、ディエゴが期待するような若く瑞々しいお姫様が大勢やってくる煌びやか物では無かった。
自分よりも2つ上の姉は、つい先日婚約したばかりで、新調した薄いブルーのドレスを身にまとって照れ臭そうにケーキの乗った皿を持ち上げる。
美しいクルクルと巻かれた母譲りのプラチナブロンドの髪は、ロウソクの灯りにつやつやと光っている。


「噂通り美人の姉達じゃあないか」
「そうだろう、みんなお人形さんみたいで、小さい頃から私の自慢だ」


美しい女性を見慣れているだろうディエゴにも、姉達が美人に見えるのだとわかると、なんだか自分も誇らしげな気持ちになるのだから不思議だ。


「あのドレスは、その婚約者の贈り物なのか?」
「いや、ドレスは毎年両親が贈るんだ。我が家ではそれが誕生日プレゼントなんだ。娘が多いから、気づけばそれが決まりみたいになってて…」
「センスの良い両親だな。きっと今迄贈られたプレゼントも彼女達にぴったり合うのだろうな」


自分が狙えそうな女性のいないパーティなんて、きっと早く帰りたいに違いないと思っていただけに、ディエゴが素直に姉や両親を褒める事が妙にくすぐったい。
いつもコイツの嫌味な言い方を知っているからこそ、本当に言っている感想なのだと解ってしまう。
ふふっ。と思わず小さく笑ってしまって、慌てて顔を引き締めた。
いけないいけない。黙々と酒を飲むディエゴにぴったりと付いていたせいで、自分もなかなか結構な量を飲んでいたらしい。
気が緩んでしまっている。
少しだけ暑くなってきて、軽くネクタイを緩ませて、そっとボタンを外す。
今更自分が女だと知っている親族の前でもこの服装でいるのは、ある意味自分がジョッキーを続けている事を知らしめる為でもある。
私生活をこれで過ごしているのは、覚悟を示す為だ。あまりふわふわと、軽い態度でいるわけにはいかない。
急に黙ったディエゴが気になって顔を上げる。
ホールで踊る人達を他所にすっかり壁の花になってしまった自分達を気にする物は殆どいなかった。
ディエゴがじっとこちらを見下ろしていた事に気付いて、小首を傾げると漸く口を開いた。


「……お前の誕生日はどうなんだ」
「僕の誕生日がどうかしたか?」
「両親からドレスが贈られるのが決まりなんだろう。どうしてるんだ」
「あー………そうだな。着てはいない。よ、そりゃ、僕の両親だって本音はいつまでもこんな事を続けて欲しくはないだろうしね。ある意味僕の誕生日はアレだ、両親からの圧力を感じる催しだよ」
「そうか………きっとお前にも似合う物が贈られてるんだろうな」


なんだか引っかかる台詞に、怪訝そうに眉を潜めると、ディエゴは琥珀色の酒で唇を濡らしてから何でもない。と呟くように言った。













大して度数の強くもない酒しか出ないこのパーティは、言ってしまえば退屈の一言で片付いてしまう物だった。
蓋を開けてみれば期待したような女のいない爺さんと婆さんばかりの誕生日パーティは、美しい名前の姉達を眺めるか、せめて貴族達に顔だけでも覚えられようと慣れた挨拶を繰り返す以外には、大して楽しむべき物も何も無かった。
眠ってしまいそうなほどスローなダンスが繰り広げられているホールの壁に背中を預ける。
それでも帰らない自分が、自分でも不思議だ。名前がいるから、2人でダラダラと話していなけば適当な理由をつけてさっさと帰っただろう。


「そうだろう、みんなお人形さんみたいで、私の自慢だ」


適当に姉を褒めた言葉に帰ってきた声はいつもよりずっと高い声で、驚いて思わず名前を見下ろす。
初めて"私"と言った事にも、名前は気付いていないらしく、どこかとろりとした目つきでブロンドの姉達を見つめている。
ふふっ。と急にひとり笑った彼女の声は高い。
妙に耳に残る甘やかな響きの音を発した後、慌てて名前は顔を引き締める。
どこかいつもより赤い肌で、片手でネクタイを緩めにかかる指先を思わず凝視する。
器用に動くそれが一番上のボタンを外したその時、小首を傾げる名前と目があった。
なんだか妙な感覚だ。
体が落ち着きなくむずむずする。
緩められた首元が嫌に目につく。
また下らなくてどうでも良い話でもして、いつもの空気に戻そうと口を開いた自分から出た言葉は、よりによって名前についての質問だった。


「お前の誕生日はどうなんだ?」


言って後悔する。
頭が勝手に、ドレスを着た名前。とかいう、興味の欠片もないはずの女の姿を想像しようとし始める。
上手く思い描けないことに安心する反面、さっぱり名前に似合うドレスがわからない原因はきっと、こいつの女の姿を自分は一度も見たことがないからだ。と思うと腹の底が嫌にむかむかした。

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