我儘な嗜虐



「また会ったな名前、今日は馬に会いに行かないのか?」
「…………僕だって普通に休んだりする。なんでこんなとこに……ってまぁ、大体予想はついてる」


あの忌々しいほど明るく煌びやかな金髪に再び遭遇したのは、姉の友人である男爵家の令嬢の誕生パーティーだった。
わいわいと賑やかな若い娘達多いパーティーで、ディエゴはやはり会話の中心にいた。
よくもまぁあんなに人の良さそうな顔ができるものだ。と前回今にも飛びかかってきそうな声音で脅された自分は感心しかできない。
ケーキの登場が終われば腹ごなし……とでも言うのだろうか、それとも単に自慢をしたかっただけなのか(おそらく後者だろう)男爵家の大きな庭園にある緑の迷路でちょっとした隠れ鬼をする事になった。
子供っぽい遊びでも、荒っぽい物をよしとされない彼女たちは友人の誕生日に特別に許されるこの遊びに大層興奮した様子で、きゃいきゃいと高い声を上げながら緑の垣根で仕切られた迷路の中へと吸い込まれる様に走っていった。
やれやれと、足を踏み入れぼぅっと散歩をしていた名前が迷路で最初に会ったのは、案の定あの金髪のジョッキーだった。
さわさわと風が迷路を形作る緑の垣根の葉を揺らす。
偶然出会ったにしてはタイミングが悪すぎる。噂通りなら"貴族"のお嬢様が好きなディエゴが、わざわざこちらが一人なのを見計らったように現れるのはどうもおかしい。
冒頭の言葉を交わし合った名前は、ため息ともつかぬ息を吐く。
目の前に立つ男をどうにかして上手く誤魔化して、この男と垣根の間を上手くすり抜けられないか思案しては、それが全く意味のない思考であると理解した。
視線を合わせると、ディエゴはクッと裂けてしまうのではないかと思うほど楽しげに唇の端を吊り上げる。
先日はどうも済まなかった。しかし君も君で悪いとは思わないか。俺たちは良い意味で今フィフティーフィフティーってやつじゃないのかな。だから忘れよう。お互い大人の、才能あるジョッキーじゃあないか。


「何を考えてる?後悔する事になるぞ。と言っただろう」
「なッ…!」


頭の中で完成されつつあった文章は、ディエゴがその大きな掌をこちらに伸ばしてきた事で遮られた。
その手はまっすぐ名前の首に伸びてくる。
おいおい、嘘だろう。いくら育ちの悪い成り上がりだ。なんて言われても、こんな白昼堂々貴族の敷地で人を絞め殺す……なんて…!
とっさに手を伸ばしてディエゴの手首を両手で掴む。ディエゴの腕力にはそんな名前の力などなんともないようで、その手はそのまま首に触れするすると………シャツのうえからデコルデへ降りていく。
ぞわりと服の下で肌が粟だった。
この男が何をするつもりなのか心底わからなくて、混乱し答えを求めるように視線をあげた名前のその反応がよほどお気に召したのか、べろり。と舌なめずりをして彼はこちらを滑稽そうに片眉を上げ見下ろしてくる。


「おい名前、お前が今考えている心配事はなんだ?」
「…………お前が……その手で僕の首を絞め落とすことか…!それとも、このまま掌で胸を砕くのか……」


どうしたって恐怖で白くなる唇のせめてもの震えを押し殺して言葉を紡ぐ。
ピタリと動きを止めたディエゴから発せられたのは、心底愉快でたまらない。というような笑い声だった。


「クッ……!ハハハハハハッ!」
「なっ…にがおかしい!お前がこんな闇討ちをするような奴だったなんて……僕は軽蔑する……!」
「プッ…フハッ…!それ以上ヤメろ、お前は俺を笑殺す気か」
「は……?」


腕を組み、片手を自分の口元へ添えたままブルブルと震えているディエゴは、呆然としたまま自分の喉に手を添えて立ち尽くす名前を見ながら未だ笑い続けている。
急に恥ずかしくなってきたのは、きっと自分がこの男に良いように転がされた事に気が付いたからだろう。


「趣味の悪い冗談だッ……僕はもうかえ…」
「まぁ待て。後悔する事になるぞ。と何度も言っただろう」
「……後悔ならもうしているさ」
「嫌?まだだな」


ディエゴの横を通り抜けようとする名前の手首を逆手で掴み、そのまま手首が抜けるのではないかと思うほどに強い力で引き戻される。
こちらに合わせて身をかがめた男の、形の良い唇が瞼のすぐ側で動く。
うんと小さなその声は、容赦なく名前の鼓膜を揺すぶった。


「なぁ名前嬢……俺は本当に由緒正しい貴族のお家柄の親友が欲しいんだ」
「…………お…まえ」
「良いだろう。名前、お前も女だからと騎手を降ろされる事は無い。俺は俺で未来の金持ちの花嫁を探せる………お互い良い親友になれると思わないか?」


目を細めて笑うディエゴの、形容しようのないほど美しく計算された完璧な微笑みに、名前の喉は静かに上下した。
もしもこの状況で、否と言える者がいるなら是非とも引き摺り出してきてほしい。
やがて遠くから、また、高い女性の笑い声が聞こえてくる。


「さぁ行こう名前。俺をお前のオススメの姫達に紹介してくれ。あんな成金の小うるさい子バエ共ではなくてな」


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