食い散らかさないで


コツコツと、爪が車の窓枠を叩く音が車内に響く。
今までなら萎縮して嘘でもしおらしくしていられた筈なのに、どうしてだがなまえは苛立ちを隠す事が出来なかった。
革張りの座席は出発してから随分経つ筈なのに一向に冷たいままのように思える。

突然掴まれて、怒鳴られながら車に詰め込まれた。まるで価値のない荷物みたいに乱暴に。
ようやく惨めで沈んだ気持ちが持ち上がっていたのに、こんなのってない。

(‥‥‥承太郎さんは、どう‥思ったんだろう)


彼も一瞬驚いた顔をしていた。
それから車の奥に詰め込まれてから呆れたみたいな顔も‥‥‥。
ふたこと、みこと喋った後ディオはすぐに車を出した。
一体なんの話を?承太郎さんはディオとは古い友人同士だと言っていた。


「煩い」

沈黙を破ったのはディオの方だった。
一瞬なまえの爪が動きを止める。
ディオがどんな顔をしているのかだけが気になって、盗み見る
街灯に照らされる彼の横顔は表情を無くしたみたいに無機質な物だった。
何故かその横顔に腹が立つ。来いと指示されたから、パーティに来た。
自分には役割があった筈だ。一生懸命顧客のリストを頭に入れてきたというのに、まるで遠ざけられるみたいに殆ど放置されて、ただ惨めな思いをしただけだ。
重い気分を吐き出す為にできるだけそっと吐いた筈の息は想像以上に静かな車内に響く。

赤信号で、車は緩やかに止まる。
人通りの少ない街並みにもうそんな時間なのか。せめて気分を変えたいと思い1人ぼぅっと余所事を考える。

(早く家に着かないかな‥‥今日はジョルノの部屋で寝よう)

ジョルノがこっそりと部屋の中に隠している携帯ゲーム機の存在を知っている。
今日はそれでジョルノと遊ぼう。
あの金髪の義弟が自分と笑ってはしゃいでる姿を見れれば、少しは良い気分で眠れるかもしれない。
義弟の部屋に持っていく御菓子の事を考えていると、狙い通り少しは気分が上がってくる。
10代らしく‥‥こんな事を言うと変だけれど、義弟と兄弟みたいに遊びたい。この間朝ご飯を作ってやった時のように、またジョルノとそういう時間を作ってみるのも良い事なのかもしれない。
形だけだけれど、せっかく"かぞく"になったわけだし‥‥‥。

考え事に没頭するうち、少しだけ口の端が上がる。
嫌な事を考えるのは止めだ。
ドアの開く音と外気の冷たさを感じてなまえはふと隣を見た。
まだ家にはついていない筈だ。


「出ろ」

言うより先に二の腕を掴んで今度は車から引き摺り出される。
そこはただの人気のない道端で、ディオは車のドアが閉まったのを確認して口を開いた。
オレンジ色の街灯がディオの青白い肌を照らす。
それを反射してキラリと光った赤い目がまたギロリと瞬くのを見て、なまえは思わず息を飲んだ。
忘れた筈だった憂鬱さがまた首をもたげてきて、鳩尾のあたりがじくじくと重く疼く。
その目がなじるようにじろじろとなまえの姿をなぞると、ようやく彼は口を開いた。


「‥‥‥私が用意した服はどうした?」
「ど‥うしたって、別に、気に入らなかったから着なかっただけよ‥良いでしょ」
「それでそのドレスか」
「そうよ、良いじゃない。好きな物着たって」
「‥‥‥随分安っぽい生地じゃあないか。どうせその辺りで準備してきたんだろう‥‥下品な色だ」


その言葉の何処に引き金があったのか。考える間もなく、なまえの右手は気がつけばディオはの左頬を打っていた。

右手首を掴んで乱雑に離される。
力なく垂れた右手と対照的に、スーツの埃を払うような仕草をしたディオは大袈裟な溜息をついて見せた。


「なんの為にお前を呼んだと思っていた」

その返事を考えたくなくて、なまえは思わず数歩後ずさる。
視界の端て揺れたワインレッドのドレスの裾が虚しい。


「お前は呑気に友人の父親とお喋りか‥‥!責任感の欠片もないな。お前は百合子とはまるで違うな」

聞きたくない。
承太郎さんに履かせてもらった室内用のスリッパが虚しく地面と擦れる音がする。
この男を相手に後退りしか出来ない自分が悔しい。
でもそれよりも悔しいのは、睨んでいる筈の目元から、男に対しての単純な憎悪だけを注げない事。
このワインレッドを見て、自分は相応しいんじゃないかと思った。相応しい姿になれんじゃないか。と思った。
誰かの瞳の色に合わせたい。
なんて、考える筈もないと思っていた。
クッと力を入れた目元は、悔しいからか、惨めだからか。溢れようとする涙をせき止めようと必死で収縮する。
こちらを一度だって見ようとしなかったディオに、そんな意地は関係無いのかもしれなかったけれど‥‥‥。

どうしようもない感情が足元から徐々に湧き上がってきて、気づけばなまえの足は勝手に動き出す。
自分でも理解出来ない感情の波が押し寄せてきて、息がつまる。
踵を返して走り去れたのならどんなにか良いだろう。
ディオから投げられた言葉の意味を反芻しながら、ディオの脇をとおりぬけた。
ここまで傷付いて、それでも帰りたい先が、そこにしかないことがただ哀しくて悔しい。


「‥‥‥‥ごめんなさい。お父様」

今にも零れ落ちてきそうな気持ちに蓋をする。
その気持ちの正体を確かめないまま、闇雲に。
無感情に動く右手は、車の後部座席のドアを開く。
大人しく車に戻って、今座っていた場所へなんの不満もない顔で座る。以前の自分が平然とこなしていた事を上辺だけでもなぞるように。
なまえは必死で喉の震えを抑え、革張りのソファーに座って目を閉じた。


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