だらしない目隠しで


あの夜の宣言通り、男は一週間の間一度も家に帰らなかった。
学校が終わり病院によれば、相変わらず白い顔をした母親が安心した様に微笑んでくれる。
ディオは、なまえが変わらずに普段通りにしている事が母親にとって何よりの薬だ。とそう言った。
悔しいけれどそれは本当に的を得ていて、学校の話や習い事の事を話すと、母親の顔に薄っすらと血の色が戻ってくる。
ゼェゼェと息を荒くしながらも声を上げて笑ってくれる。
そんな母親の姿に安心しながらも、ついついなまえの目が追ってしまうのは、病院のソファーの上。
そっと畳まれて紙袋に仕舞われているディオのシャツだった。
それは確かに彼が毎日そこで寝起きしている事を唯一感じさせた。
あぁ、生きてるんだ。なんて雑な感想を抱いて帰る。
それだけの事だった。













「お嬢様………ディオ様は今日もお帰りになられないとテレンス様から伝言を頂きましたので…」
「ん……いいんです。私別に、父を待ってるわけじゃないので……」


ついこのあいだまで考えられなかったこと。
自分が、徐倫や承太郎さんに会いに行かずにまっすぐに家に帰っている。
詰め込むように入れられた習い事はそのままでも、たまに空く時間もこうしてあのリビングの絨毯の上に座って遅くまでぼんやり本を読む。
そんななまえの姿を、母親の病気を熱心に看病する父を労わる義娘だ。と声をかけてきたメイドは思っているのだろうか。

答えは、否だ。
彼女達はまるで私生活などないメイドという生き物なのかと思うほど、いつもどこか無機質で機械的だった。
彼女達はディオの膝に乗ってご機嫌をとるなまえの前で紅茶を淹れる事もあれば、ディオがなまえの母親と睦み合う部屋のシーツを変える。先日の様に家庭を労わる言葉を発して消えた彼女達は明らかに、これからこの家で起きる主人の激昂を察していた。


(………彼女達は私の事をどう思ってるんだろう…)


ふと、私はどう思われたいのだろう。
と思いついて、後悔して思わずため息をついた。
今日はどうやら定期試験前とかいうやつらしく、ジョルノは珍しく部屋に引きこもっている。
静寂というものが音にして聞こえそうなほどシンとしたリビングルームには、メイド達が遠くで身支度を済ませ出て行く音も良く聞こえた。
最近はずっと、こうして間接照明の灯りの中で本を読みながら、崩れる様に絨毯の上で眠る日々を送っている。
文章を追いかけ物語を追いかけているうちに視線がふわふわと文字を追えなくなり、読んでいた物語と自分の思考がグチャグチャと混ざり合いながら闇の中に溶けていくそのねむりは、意外にも心地よいものであった。
暗闇で大人しく目を閉じて眠るには、なまえには考え事が多すぎる。まさに今そうである様に、ひとたび思考をはじめてしまえば、ずんと鳩尾が痛む様な不快感とともにあの男の事が脳味噌を占領する。

本当はわかっている。自分は反吐が出る程嫌だったあの男の事を待っているのだ。

あんなにも不愉快な男の傷跡にもう少しで触れられそうだった。
そこで感じた親近感と、お互いのどうしようもないコンプレックスと傷の痛みをあの男と分かち合えるのではないのか。なんて……


そこまで考えてから、また本に視線落とした。メイド達のいなくなった屋敷でいつもの様に絨毯の上に体を横たえる。
うつらうつら、と文章を追えなくなった目を閉じる。
私はどう思われたいのだろうか、この家の秘密を知るメイド達の目はまるで、なまえ自身が目を逸らし気づいていない事までもを知っている様な気がして……いつしかまっすぐに見る事は出来なくなっていた。
意識がいつもの様に落ちていく。
逆らわずに身を任せ、なまえはいつもの様に眠りについた。








「おい。どうしたってこんな所で寝てる」


揺さぶられる様にして覚醒して、間接照明が照らすその金髪を見たときには、朝になっていつも通りジョルノが起こしにきたのか。と思わず錯覚した。
それから、声を聞いてようやくなまえの脳味噌は自分を起こした人間を理解した。


「…………ディオ」
「どうせ寝るのならベットで寝ろ……」


随分久しぶりに見る彼は、母親に似て白くなったように感じられた。
弱味を見せることのない彼の顔にも、今は幾分かの疲労が見て取れるほどだった。


「なまえ」
「ん…………」


絨毯の上に膝をついたディオがなまえの両肩をつかんで上半身を起こさせると、そのまま背に腕を回して強く抱きしめた。
すん。と何かを吸い込むようにして息をする彼は、なまえの若い生の匂いを吸い込んでいる様に感じられる。
ディオの手はいよいよ、薄い布越しにもわかるほど冷たく冷えきっていた。


「………てっきり今日も帰らないかと」
「偶にはお前が帰っているか見張らなければいけないだろう」


なまえだって馬鹿ではない。
ディオが帰らない事は、母親の病態が芳しくない事を意味している。
増えていく管の数や、あてがう時間の長くなった酸素マスクを見ていれば、残される時間を察してどうしようもない苦しみがなまえを支配する。
たとえ間違っていたとしても、自分の為に命を削るようにして努力してきた母親の愛情を思えば、なまえはどうしようもないほどの無力感と深い悲しみを覚えた。


「なまえ、今夜は俺と寝ろ。俺の機嫌を損ねたくはないだろう?」


以前なら嫌悪とともに拒否していたはずの男の強引な誘いは酷く悲しい哀願にすら思えた。


(………もしも…もしも母さんがいなくなったら、私とディオはどうなっていくの…?)


私達はわかりあうべきだ。という気持ちが焦りとともに湧き上がってくる。
そうしなければ何か、自分達の間に芽生えつつある何かが、簡単に壊れてしまう様な気がした。






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