となりで嘘を愛してもいない



冷たい大理石の玄関は、最初に母親とこの家に来た時に唯一なまえが素敵だと思ったものだ。
ツヤツヤした白に走る黒い模様が静謐な雰囲気を醸し出していて、素直に美しい。と思った。所在無さげに床に落としていた視線をあげて、飛び込んできた美しい二人、新しい家族に自分は最初どう感じたのだったか……。
強く覚えているのは紅い瞳をした男の、母親を見据えるまっすぐな愛情。
あぁ。この人は本当に母親を愛しているのだ。
そう強く確信できる男の愛情に、何も知らなかったなまえは、素直にに母親を羨ましい。と思った。
こんなにまっすぐに愛される母は幸せだと思えた。










この家で過ごしてきて唯一感じた温かい光景の場所だったその床で、なまえは今まさにその男……ディオに押し倒されていた。
自分を母親のスペアだと言いきったディオは、いつからそのまっすぐな愛情を猟奇的なものに変えてしまったのだろう。
喪うことを恐れる彼は母親の愛情に縋りつき続けるために、全く違うものであるなまえにそれを見出して代用しようとしている。
彼が今迄自分に触れる時にいつも、肉欲的な響きよりも先になまえが感じるのは、男の安堵にも似た感情だった。
なまえの存在の中に母親によく似た姿を見つけて彼は目を細め、それから必死になまえに触れる……。
彼もまた、自分と同じように誰かに縋って生きている弱い人間なのかもしれなかった。

そこまで思って初めて、なまえは床へ自分を倒す為肩に押し付けられたディオの手が小さく震えていることに気がついた。
視線を、その手から彼の顔へゆっくりを動かす。
あのいつも恐ろしく光る紅い瞳は、なまえの方から合わせてきた瞳に、いつもの恐怖が垣間見えない事に気付くと戸惑うように揺れた。

右手を動かして、ディオの金髪に触れる。
びくり。と震えるようにして固まる彼は、まるでなまえに怯えているようにすら感じた。
そのまま手を滑らせるようにしてディオのうなじに添える。
ゆっくりと自分の方へ引き寄せるようにして力を込めると、彼の頭は意外なほど素直に自分の肩口に埋まった。
くしゃり。と後頭部の金髪を撫ぜる。

首筋に、規則的な吐息がかかる。
ぼぅっと天井を見つめるなまえは、涙こそ流さないこの男が今泣いているような気がして、体の熱が全てあの大理石の床に吸い取られるまで……お互い何も言わないまま抱き合っていた。











「………明日から病院に泊まる事が増える。安心して帰って来い」
「そんなに悪いの……?母さん…」


まるで傷を舐め合うみたいに……なまえとディオはすっかり冷えたお互いの体を温め合う。そのままの服でリビングの厚いカーペットの上に転がって密着する自分達を、なんと言う関係と定義するのかはなまえにはもう解らない。
お互い一粒の涙も流していないのに、まるで号泣した後の気だるさのようなものを二人は感じていた。
鼻と鼻がくっつきそうな程の距離で、なまえとディオは静かに息をしていた。


「百合子の事を心配するなとは言わない……あいつには多分……お前がいつも通りに暮らしているだけで薬だろう」
「………そうかな」
「母親というのはそういうものだろう………まぁ、多分な」
「……あなたのお母さんもそうだったの?」


ポツポツと、途切れながらも続いていた会話が、その言葉をきっかけにぷっつりと途切れた。目を開くと、どこか陰った彼の瞳が、どこでもないところを見つめているかのように
なまえを見ていた。


「ディオ……もしかして…貴方も……」
「早く寝ろ。明日もいつも通り学校へ行け。百合子を心配させるな」


さっきまで、高いスーツのまま自分も同じように絨毯の上に転がっていたくせに。スッと立ち上がったディオは乱れた金髪を整えながら携帯を取り出す。
リビングを出て行く彼の背中と、秘書とおそらく小難しい話をしながら遠ざかって行く彼の声が、静かな屋敷には嫌に良く響いた。
つい数時間前に大理石の床に倒された時には思いもしなかった男の一面に、小さな好奇心が芽吹き始める。


(貴方も………もしかして……本当は今だってずっと、もっと別の代わりを求めてるんじゃないの……?)


虚勢を張った背中が目蓋の裏にこびりついて離れない。
なまえの頭の中に承太郎が浮かんで。
消えた。



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