半魚人はドリームクラッシャー



一瞬失神していたこと、正体を晒してしまったことは無言でいきなり空条先生にタオルをかけられ抱え上げられた瞬間に悟った。
途端にばくばくと心臓が暴れ出す。ここで下手に暴れて他に人がいるかも知れない廊下に築地市場のマグロよろしく滑って行くわけにはいかない。
凍りついたようにじっとしていると、毛布からはみ出している尾ひれが外の空気に触れ、先生が自分を抱えたまま研究所から出たことを理解する。
いよいよ自分のいく末が恐ろしくなってきた頃、先生の足が止まり、鍵の擦れる音がする。それから車のトランクが開く音がして、毛布に簀巻きにされて暗い所に放り込まれる。
頭上からトランクが閉まる音がした時にようやく、自分がこのまま何処かへ連れて行かれることを悟った。
相当大きな車らしく、トランクにはかろうじて動けるスペースがある。
毛布をどけて、自分の体を見てああやっぱりとため息をついた。
海水で濡れてこうなった体は、一度真水で洗って乾かさないと戻らない。
こんなにぐしょぐしょになってしまっては、真水で洗っても戻るまでには時間がかかる。
内側からトランクが開かないか四苦八苦しているうちに、車が一度大きく揺れて止まった。
車を降りた足音がトランクの前に止まると、トントン。と指でトランクを叩く音がした。


「……すまない。君に危害を加えるつもりはないんだが……静かにできる。と約束してくれるか」


怪物を見つけてもっと興奮しているかと思いきや低い空条教授の声に、こちらも少しだけ落ち着いてくる。
まだ少し震える指でトランクをトントン。と叩くと、静かな音がしてトランクが開く。
外の光が差し込んでくるのと同時に、人子はそっと毛布をかぶり直す。完全にトランクが光ると、空条教授の両腕が自分を抱え上げた。

(とりあえず……交渉する時間はある…よね)

人生で初めて訪れた危機的状況に、ない脳みそを一生懸命動かしていた。










革のソファーに降ろされた感覚がして、毛布をはねのけると、そこには高い天井に清潔感のある白い家具で統一された部屋があった。
大きな窓からはキラキラ街の夜景が見え、壁を見ると、広いリビングらしい部屋の中央には壁ほどの大きさの……水族館のように大きなガラスでになっていてたくさんの魚が泳ぐ水槽があり、向こう側には寝室が透けて見えた。
とりあえず恐ろしい実験室とかではなかったことに安心し、同時に恐ろしくオシャレ。かつ高そうなマンションに思わず震える。と同時に、寒いのか。と少し慌てた様子の教授に肩に毛布をかけられた。
………そういう意味ではなかったんだけど。
膝ほど(もう膝はないが)までの長さのスカートで来てまだよかった。
これでズボンだった日には足が鬱血して大変なことになっていたな。なんて考えながらソファーのそばに座った教授に身をやると、彼はまじまじと人子の尾ヒレや耳の代わりに張り出したエラを見つめている。


「あの……空条先生」
「あぁ…ッ……すまない。つい、あのまま研究所に転がしておくのはまずいかと思い連れてきてしまった……その人子君」


何度かパクパクと先生んが言葉を探した後、ほんのちょっぴり恥ずかしそうに頬を染めた先生が、恐る恐ると言った風に口を開いた。


「君は……その、なんだ……人魚姫的な…アレなんだろうか……」
「に……にんぎょひめ」


35のイケメンの口から発せられるそのワードは想像の斜め上を言っていた。人魚ですか。というのは予想済みだがまさか人魚姫って………。
ちらちらと期待の入り混じった視線を感じながらも、訂正するべく人子は言い返す。


「………半魚人です」
「半魚ッ……!?……そうだな。…そうだ。確かに魚と人の半分だし…そうだな」
「なんか……すいません」
「ところで人子君。君は歳は幾つなんだい?人魚……半魚人は不老不死というだろう」
「普通に二浪して大学生なので22です」
「そ……そうか」


なんだか話せば話すほど目に見えて空条教授ががっかりしていく。
誘拐されているのはこっちだというのに何故かとてつもなく悪いことをしている気分になってきた。
これはあれだ。まるでミッキーは本当にいると信じている子供に着ぐるみの中身を見せているようなそんな状況に似ている。


「えっと……あの」


がっかりしながらも律儀にメモらしきものを取っている空条教授に、気づけば勝手に言葉が口から飛び出してみた


「……触ってみます?」
「いっ…良いのか!?」
「はい……まぁあの、ヒレの辺りなら…」


恐る恐る。と言った風に空条教授の大きな手が鱗に触れる。
ピクリと反射的に身じろぎをすると、やはり熱かっただろうか。と真剣に心配してくる教授はマッドサイエンティストには見えなかった。
真剣に鱗やヒレの作りを見ていた教授に、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
今の先生になら、聞いても大丈夫なきがした。


「あの……教授。私これからどうなるんでしょう」
「……あぁ、そうだな。君はうちの大学の学生…なんだな?」
「はい。できれば平穏に過ごしたいんですが……」


じっと先生の視線が人子の顔に注がれたまま何かを思案するように光っている。
平穏と引き換えに何を言われるのか覚悟を決めようとした時に出てきたのは意外な提案だった。


「………君が嫌じゃなければなんだが」
「…はい」
「この部屋で、夜に少しだけ研究……いや観察させてくれないか。バイト代は出す」
「バイト代が出るんですか!?」
「あぁ。例え断ったからと言って君の日常生活を脅かしたりはしないと約束する。例えば君の正体を周りに言いふらしたりだとか、ここで撮った写真だとかをネットにあげたり実名付きでツイッターで拡散したりだとか……そういう事は」
「ストップ!ストップ!わかりました!やります!だからお願いですから拡散だけは…!!」


いつのまにか脅されている奇妙な状況に、言えば露骨にしまったという顔をした自分に空条教授はどこか満足気にそうか……。とつぶやいた。
危害は加えないと何度も確認した人子は、ようやく気を緩める事ができると革のソファーに起こしていた上半身を沈める。
同時になったお腹の音は、バッチリ教授にも聞こえていたようだった。


「腹が減っているのか…!」
「……重労働したのに何も食べてないので…」
「そうだな………しかしすまない。うちの冷蔵庫にはよりによって知り合いの漁師からもらった刺身しか……魚は大切な友人だろうに不快にさせてしまってすまない……」
「いえ、生きててもバリバリ食べれるんでできれば頂きたいです」


くっ……とか言い出しそうな勢いで申し訳なさそうな教授を安心させてやろうと思った筈が、非常にがっかりした様子の教授はそ…そうか。というとキッチンに向かって歩いて行った。


(先生って意外とロマンチストだったのね…)


かくして学者と半魚人の奇妙な生活は始まったのである。









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