半魚人と人付き合い


ワイワイガヤガヤと賑やかな飲み屋で、大人数で座敷席に座って飲んだり食べたりする。所謂サークルの飲み会という物から逃げきれないのは最早何時もの事なので通路側の一番端っこに座ると、次々と運ばれてくるアルコールやらコースの唐揚げやらを烏合の衆と化した後輩、先輩、同級生に配布していく。
人子だって全く飲んでいないわけではないが、根本的にお酒より食事を楽しむタイプであるので、こんな魚の少ないコース料理では食指も動かず自然と世話役に近い立ち位置でどんどん乱れていくサークル仲間たちを見ていた。


「おーう人子よぉ!バイトしてるぅ!?」
「リーダー……ええお陰様で去年紹介してもらったバイトまだ続いてます」
「そぉっかぁ!よかったぁ!お前に合うと思ったんだ俺ァ!」


隣でぐでんぐでんに酔っ払ったバイトリーダー先輩は自分がバイトを紹介した後輩たちをハシゴしてまわっていたらしく、人子の隣に腰を下ろして、対して旨くはない塩辛い唐揚げを放り込みながらぐびぐびとビールを飲む。誰が読んだかバイトリーダー先輩。
彼の正体は誰も知らず、また彼が何年生で何学部に所属するのかも知らない。下手をすれば名前すら知っている人はいないんじゃないだろうか。とにかくこのバイトリーダー先輩は声楽部でしか遭遇できない妖怪さながら、サークルのイベントや練習には欠かさず出現し、そのくせ学外生活で彼を見た者は誰もいない。
そんなある意味大学という第二のモラトリアム期の怪物であるバイトリーダー先輩は、うまそうに料理を咀嚼した後に、目敏く人子の五本の指先にぐるぐるに巻かれた包帯を見つけて大袈裟なほど大きな声を出した。


「なんだお前それぇ!?どんだけ料理下手なんだドジっ子の化身か!?」
「違いますよ!!ちょっとバカして爪が割れたんです!伸びてマシになるまではぐるぐる巻きなんです」
「はー……なぁんだ、てっきりお前に男ができて料理の練習でもしたのかと思ったぜ」
「料理の練習でこの状態って……先輩アニメに毒されすぎですよ」


テヘッ☆と本当に可愛くないリアクションの後に、またグイグイ飲み始めた先輩を余所に、ふと自分の指先を凝視する。
これを見るたび、空条先生に身を呈して守ってもらった事を思い出さずにはいられなくて、なんだか口元がむずむずするのだ。
それから、イルカプールで言われたあの言葉……


「え〜…モッタイなぁい。人子ちゃん、綺麗な爪してたから絶対ネイルしたほうが良いと思ってたのに」


可愛らしい声に顔を上げると、向かいに座っていたひとつ上の小柳先輩が小さな頭を支えるように両肘をつき、長い睫毛に飾られた黒い大きな瞳でこっちを見ていた。
小柳先輩はスッと自分の手を捕まえると、ムニムニと人子の掌だとかを揉み始める。
酔っているだろう小柳先輩からは甘いアルコールの香りがして、長いミルクティー色の髪が身じろぎをするたびにふわふわゆれていた。


「凄い…小柳先輩の爪綺麗ですね」
「ふふ〜っでしょー、結構気をつけてるのよ。人子ちゃんも次綺麗に生えたら一緒にネイルサロンいこぉね」


コテン。と首を傾けてそういう小柳先輩はあざと過ぎても尚かわいい。
それからバックを漁って、爪が綺麗に生えるように。と使いかけの美容液を分けてくれたこの人は本当に女の子の鏡だ。

かわいい人だな。と素直に思う。
家の大学の声楽科に通う小柳先輩は、歌も上手くて、綺麗で、良い匂いがして優しい。


(………きっと、空条先生もこんな人が……)


そう考えかけて息を止める。
なんだ私。今何を考えていた。小柳先輩を羨ましいと思うことはあっても、そんな妙なことは考えたことが無かったはずだ。
酔って人子に似合うスカートだとか、
ワンピースの形について力説している小柳先輩を見ていると、ふと甲高い声が聞こえて視線を反対側の座敷席へ滑らせる。
喧しい居酒屋の店内にいたので気づかなかったのか、その席には何かの学会だか、勉強会の帰りのようなスーツを着た集団がいて、その中でも抜きん出て背の高い人物に視線が流れて止まった。
カッチリしたスーツに、帽子を脱いでいたせいで一瞬わからなかったが、その目を惹く面立ちのその人はまさに空条先生だった。

男性率の高いその集団でも空条先生の机には若い女の人が集まっていて、先ほど甲高い声をあげて笑ったのは先生の向かいにいる女の人のようだった。


(学会の……なんだろ、打ち上げ?お疲れ様会とかなのかな…)


きっと院生なのだろう。
みんな控えめなメイクでも、目が止まるような綺麗な人ばかりだ。
しかしながら人子の目をなぜか釘付けにして止まないのは、空条先生の隣にしゃんと背筋を伸ばして座っているきりりと涼しげな目元の女性だった。
時々ため息をつく空条先生に細やかに気を配っている彼女は、はしゃぎもしないで穏やかな目でそんな先生を見ていて、グラスが空になるとメニューを手渡したり、少し机が汚れるとテキパキと片付ける賢そうな女性だ。
なんだかその人を見ていると頭の奥がギューっとなって、心臓が冷たいものをかけられたみたいにドキンとして、もやもやする。
鳩尾に何か良くないものがたまっているみたいな感覚が気持ち悪くて、そっちを見ないようにしながらバイトリーダー先輩の真新しい生ビールを一気に煽った。











一時間くらいは経っただろうか。
あれから急に飲み始めた自分は囃し立てられるがままどんどん飲み進め、気づけば自分を除いた殆ど全ての人間が酩酊しておとなしくなっていた。
いかんせん底抜けにアルコールに強い自分のたちが恨めしい。せめてここでみんなと一緒に屍と化したかった。
そうしてわけもわからぬまま店員に揺り起こされて翌日所謂二日酔いとかいう状態になって今日感じたものを根こそぎ忘れてしまいたかった。
とりあえずお手洗いにいこう。とすっかり静かになった座敷を離れて店の奥のトイレへ向かう。
用を足して手洗い場から店の廊下へ出た瞬間。顔を合わせた人物にお互い固まった。


「……空条先生」
「人子君……大丈夫なのか?」


向かい合うように設計されていた男女の化粧室のせいで、なんとも言えない微妙な対面になってしまったことにつくづく運が悪いなぁ。なんて考えながら、多少アルコールのまわって鈍くなった頭でぼっと空条先生を見上げていると、先生の口元がクッと引きあがり、嗚呼。先生私を見て笑ってるんだ。
なんて思うとこちらも笑わないといけない気がしてニコリと笑い返す。


「……人子君、今日はまだ帰らないのかい?」
「そうですね……多分このままだとおひらきになると思うのですが、先生はどうなんですか?」
「……正直早く帰りたいんだが…このままでは二次会に連れて行かれそうだ」
「わー…大人のお付き合いって大変ですね」
「御開きになって、そのあとはどうするんだ?」
「昨日通販でいい鰹節が届いたんです。帰って御飯抜きのお茶漬けします」
「それは……うまそうだな」


なんだか全然元の席に戻ろうとしない先生が、ちょっとだけ嬉しい。
そんな中急に座敷席から頭だけ出したバイトリーダー先輩が、カラオケに行くゾォ!!と雄叫びをあげている声が聞こえた。


「……どうやら帰れそうにはないですね」
「そうみたいだな……なぁ人子君」


ひと芝居打たないか。
そういった空条先生は少し身をかがめると、人子の耳元でごそごそと何かを伝える。
数分後廊下でオーバーリアクション付きで倒れた人子を、たまたま通りかかった風の空条承太郎が抱え上げて病院に連れて行ってくると妙になれた手つきで抱え上げて居酒屋から脱走した記憶は、酔っ払い共の脳味噌には殆ど残っちゃいなかった。


しかしながら深夜2時、きっちり自宅に帰って一人くつくつと自宅で鰹出汁を取っている
人子は、まぁそれから2人でネオン街に消えたりせず阿吽の呼吸でお互い自宅に帰って一番したかった事をしてるわけだから自分と空条先生はもしかして物凄く良い友人同士になれるんじゃあないか。なんて人子がちょっと良くわからない勘違いをし始めたのは、また別のお話である。

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