空条博士とその友達


日本に生活の拠点を戻した承太郎の所を突然訪ねたのは、単純に驚かせてやろうという気持ちと、久しぶりに会う旧友との間にある気の置けない関係性を再確認したかったからかもしれない。
花京院典明は、数年ぶりに会った友人の家で、ソファーに座りキッチンで紅茶を淹れてくれようとしている友人の背中を見ていた。
アメリカで働いていた自分の仕事が日本に移動したのは予想外の事だったが、向こうで慣れ親しんだ友人達と別れた今。新しい職場の近くに承太郎が住んでいて良かった。
人付き合いに拘りのない承太郎は相変わらず自分のライフスタイルを崩している様子は見受けられない。


「花京院……突然やってくるから驚いたぞ」
「ははっ…実はこっちで働く事になってね、ほら、この街には大きな動物病院があるだろう?」
「あぁ……なるほど。じゃあしばらくはこっちにいるのか」
「数年はね。それにしても承太郎、これは一体どうしたんだい?」


自分の背後にある、カーテンを降ろされた水槽を指さすと、チラリと視線だけをあげた承太郎は紅茶に口をつけてから大した事ではない。と言った風に口を開いた。


「……中の魚の調子が悪いからな。今日はカーテンを下ろしている」
「ふーん……送ってくれた写真ではずいぶん大きな水槽だったから、楽しみにしてたんだけど」
「悪いな。そういうわけで今日は中身は見せられない」


それからアメリカにいるホリィさんやジョースターさんの話をしているうちに、承太郎の携帯がブルブルと震え始める。
すまない。と言って電話をとり二階へ移動した承太郎を見送って、なんとなく手持ち無沙汰になり、キョロキョロと承太郎の家を見回す。
高校生の頃には、承太郎が意外にもこんな穏やかな面を被った大学教授になって、こんな白い部屋に住むことになるなんて想像したこともなかった。
獣医師として働いている自分は、今月からこの近くにある大きな動物病院に勤めることになった。自分が研究している症例の権威である院長にお世話になるにあたり、色々生活の準備だか、こちらで働く準備をようやく終えて明日からいよいよ初仕事という今日のうちにやはり懐かしい顔を見たくなったのだ。
思い出の耽っていたその時、不意にぽちゃん。と背後の水槽で大きく水の揺れる音がした。こんな大きな水槽で波を作るくらいなのだから、かなり大きな魚なんだろう。
承太郎はまだ戻ってこない。
ちょっとした好奇心で少しだけカーテンを捲ると、目の前を大きなターコイズブルーの鱗がするりと通り過ぎていった。
尾鰭だけでも30センチ以上の太さがあるそれに思わず目を剥いて、カーテンの内側に上半身を滑り込ませると、大きな尾鰭と鱗を辿ったその先には、白い人間の腹があって、ずっと辿るとそこには……


「女の子……?」
「ヒッ……!?」


びくりと尾を震わせて顔を隠した女性の手には、水かきのような物が付いている。
見たことのない生き物の存在よりも、ここにこれを囲っている承太郎のことの方が気になって、階段を降りてくる足音にカーテンから体を離して降りてきた承太郎を見ると、彼は自分の顔を見て、それから一部開いているカーテンに視線を滑らせると深いため息をついた。











「じゃあ、承太郎に監禁されているわけじゃあないんだね?」
「かっ…!?そんなまさか!?むしろバイト代を貰ってます……あの、失礼ですけど」
「あぁ、ごめんね、僕は花京院典明。獣医をしていてね、承太郎の古い友人なんだ」


いつものマットレスの上にまだ濡れている人子君をそっと下ろすと、控えめに挨拶をした彼女に花京院は意思疎通の測れる生き物だとすぐに理解したらしく、持ち前のコミュニケーションスキルを発揮し始めた。
いつも通り人子君の遊泳時の尾鰭の動きを見ていたその時、突然やってきた友人に対してなんとかごまかそうとしてみたものの勘のいい友人にはあまり効果はなかったようだ。
自分の友人だ。ということと、花京院の柔らかい雰囲気に少しずつ緊張がほぐれてきたらしい人子君は、バスタオルを手渡してやると、それで髪を拭きながらじっとエラを見つめる花京院の視線に恥ずかしそうにバスタオルを被ると顔を伏せた。
なんだかその動作が面白くなくて、気づけば花京院に聞かれてもいないのにベラベラと彼女についてわかっていることを話していた。
それを聞きながら花京院はじろじろと人子君を見ると、ふっと笑って彼女の肌に張り付いていた濡れた黒髪を一房取ってそれをしげしげ眺めた。


「ふぅん。人子ちゃん、承太郎と仲良くしてるんだね」
「へ…?え、はい。空条先生は優しいですよ?」
「ちょっと意外だったからさ、僕の友人は女性と話が盛り上がる方じゃあないだろう?」
「はは……いやー…私は人間の女性じゃないので、ある意味話題には困らないんです。この間はイルカについて熱く語ってくれました」
「へぇ…!承太郎が熱く…ね」


クスクス笑う花京院に、おい。と声をかけると、悪かったよ。と謝罪とは取れない謝罪をして、花京院は人子君に視線を合わせると彼女の腕を取った。
するするとそのまま手を滑らせて、肩、背中、脇腹から尾鰭へと彼女の体をさする花京院の突然の行動に真意が読めない。
当の人子君は擽ったい。なんて子供がはしゃぐような声をあげて笑っている。
相変わらず花京院は片手で彼女の体の水分を拭き取りながら、背中や腕、腹を摩った。


「クッ……きゃっ…はっ…なんなんですか花京院さんッ!」
「あぁ、ごめんね。僕は獣医をしてるんだけどさ……ちょっと乾燥してるみたいだったからさ。承太郎の話を聞いてるようじゃ最近何度も変態してるんだろ?もしかしてそれって皮膚を作る栄養分を物凄く消費するんじゃないかな。鱗にもちょっとハリがなくなってるよ」
「へぇ……いわれてみれば最近背中がかゆくなったり粉ふくみたいな感じが……」
「しっかり保湿して、サプリメントで補給してみたらどうかな、ビタミンCとB、それから亜鉛も意識して取った方がいい。女の子なんだしさ」
「へぇ、ありがとうございます」
「他にもどこか悪くないか見てあげるよ」


きゃーっ。くすぐったい!
なんて間延びした人子君の声が響いて、花京院の掌がベタベタと人子君のむき出しの背中や腰、腹を押していく。
確かに花京院の仕事は動物を診ることだ。
彼女もそういった意味では半分は花京院の専門分野ではあるだろうし、むしろこういった意味合いで自分に合った医療を受ける機会のなかった彼女にとって、これは良い機会なんだろう。
そうは思うものの花京院は少し人子君に触りすぎじゃあないだろうか。
人魚の常識の中では、こうして他人に素肌を触られるのが性的なことに結びつかないのは今までの人子君とのやり取りからなんとなくわかる。
しかしながら見ていて愉快な光景でないことは確かだ。


「ねぇ人子ちゃん、良かったらこんど家に遊びにおいでよ。日本に来る前にコストコでいっぱいサプリメント買いだめしたから、分けてあげるよ」
「えぇ!?良いんですか!?」
「人子君」


名前を呼ぶと盛り上がっていた2人の視線が自分の方へ向けられる。
はたと静かになった空間の中で小さく咳払いをして続けた。


「それなら花京院が仕事帰りにサプリメントを持って私の家に寄ればいいだろう。その方がわざわざ予定をする合わせる必要も無いだろう」
「えー…でもなんだか悪いです」
「大丈夫だよ人子ちゃん。じゃあまた近いうちに承太郎のうちに寄るよ」


ちらりと腕時計を確認した花京院は、じゃあそろそろお暇するね。と言って荷物を持つと出て行く。そんな花京院をひらひら手を振って送り出した人子君はいい人でした。と満足気に笑った。


「なんだか柔らかい雰囲気で、動物に好かれそうな人でしたね?」
「人子君も仲良くなれたみたいだな」
「はい!」


最初に花京院に姿を見られた時にはどうなることかと思いきや意外にも彼女は花京院の事を気に入ったらしく、花京院もまた自分と同じく非日常的な出来事に慣れているだけあって彼女を前にヒステリックに騒ぎたてることもなくほっと胸を撫で下ろした。
しかしながら自分には、大人として最後に人子君に注意すべき事がある。


「その、人子君」
「はい?」


乾いてきた肌の具合を確認するように自分の腕をまじまじと見ていた彼女が顔を上げる。
思わずコホンと咳払いをした後、どう言えば良いものかと迷いながら口を開いた。


「……一応君も他の人から見れば年頃のお嬢さんな訳だから、そうやすやすと独身男性の家に遊びに行く。という約束をするのは如何なものかと思うぞ」
「………はぁ。そう、ですか」


自分の注意を聞いて一緒驚いたように目を見開いた後、人子君の目が少しだけ伏せられて、それからどこか拗ねたような口調で発せられたひと言に、今度こそ自分はぐうの音も出なかった。


「でも空条先生。先生は独身男性じゃあないんですか?」


答えに困って、とっさにスタープラチナを出現させ机の上に置いてあった適当なカップを床に落とす。
派手な音を立てて割れてカップの破片を、やれやれ不思議だな。と片付けに行けば、人子君もそれ以上しつこく問い詰めて来ることもなく、側に置いてあった車椅子によじ登り荷物を抱えるとシャワーを浴びにキコキコと部屋から出て行った。

[ 10/25 ]

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