気づけばマホリー



ばたりと倒れた空条先生を見下ろしていると、エレベーターで遅れて上がってきたらしい仗助君が慌ててやってきて、地面に倒れてる。というか落ちてる空条先生を揺すると、重そうに彼を背負うようにして立たせた。


「スンマセン名前さん…!承太郎さんが今から飲むって言うから付いてたら色々ありまして…」
「仗助君…!!よくわかんないけど凄〜く助かったよ、入って入って」


仗助君を招き入れて、先ほどまで自分が寝転がっていた大きなソファーに空条先生を寝かせると、慌てて帰ろうとする仗助君を引き止めた。


「仗助君、ごめんね。今から帰るの?」
「えぁっ…!全然大丈夫ッスよ。長居するわけにはいかないんで…オレはここで…」
「いやいや、もう3時がくるし泊まっていきななよ……高校生をひとりで帰らせるなんて危ないし部屋余ってるから…」


オレいかつい男っすよ。と慌てる仗助君に、性別とかじゃなくて、大人として帰せない。とごねてみる。
嘘。本当は気まずい上にこの状態の先生をひとりで片付けられる気がしないからである。


「いやーッ……でもオレはやっぱり…」
「今夜私に何かあったら助けられるのは仗助君しかいないんだよ…!」
「ウッ……!」


ベビーを人質にとる私も私だが、もはやなりふり構っていられない。
さぁシャワーを浴びておいでと無理矢理タオルを渡してバスルームに押し込んだ。

途端に静かになった部屋で、とりあえずこの諸悪の根源がどの程度アルコールに溺れてのかを確認しようと先生のそばにしゃがんで恐る恐る何度か揺すってみる。
呻くような声は聞こえるものの、いっこうに開かない目に痺れをきらして更に強めに揺すってみる。


(……先生が酔い潰れるのなんて初めて見た)


何度か、上司に頼まれ公の学会のパーティや空条先生の仕事関係の食事会に同伴した事がある。
財団はジョースター家をサポートするといってもそこまで面倒を見るのかと最初は面倒だったが、美味しいものも食べられるしおとなしくしておけば常時オッケーだったので、最後の方は毎回喜んでついていった。
その時も空条先生はそれなりに付き合い程度と言いつつ結構な量を飲んでいた筈だが…
熊みたいに強靭な人だから、ちゃんとアルコールが効く事が意外で先生も人間だったんだなぁ。とてんで見当違いの感想をいだく。


(お……!)


とん。と急にお腹に何かがぶつかったみたいな感覚がした。
最近よく動く赤ん坊は、こうして物思いにふけっている時に急にお腹を蹴ってくる。


(えーっと……蹴られたら返事したりすると、コミュニケーションが図れるようになる……はず)


聞きかじったマニュアル本の通りトントン何度か指で叩いてみるも。ピクリともしない。
完全なるシカトである。


「父親並みに反抗期激しいんじゃないの?……まぁ。最初はそんなもんか」
「もう動くのか…」
「へァッ!?」


完全に先生の事を忘れていた自分は、急に聞こえた少し掠れた低い声に驚いてどこかの宇宙人みたいな声を上げてしまう。
そっと先生を見れば、少しだけ充血した目が眩しそうに細められてこちらを見ている。
どうやら起きたようだが。

(……どこから起きてた…!)

ばくばく言う心臓を落ち着かせ、今日この時間まで起きていた理由を思い出して奮い立つ。
そうだ。今日の目標は仲直りだ。
友好的な関係を築く。それに尽きる
先生のコートを剥ぎ取ってから、ミネラルウォーターに粉末のポカリスエットをほんの少し溶かしてコップに移す。
一度起き上がってソファに座りなおした先生は既に軽い二日酔い状態らしく、片手を額に当てて俯いている。


「どうぞ……今日は珍しいですね」
「あぁ……ありがとう」


先生スッと端に寄って、自分が座るスペースを作ってくれる。
そこへ腰を下ろすと、一気に水を飲み干した先生はため息をついてからこっちを見た。


「なぁ名前。その……なんだ…」
「わかってます。私も何も気付かず先生に随分無理をさせてました」


久し振りに言葉を交わす。
先生の声が心地よく感じるのは、長い時間口をきいていなかったからか……


「勘違いしないでほしい。俺は本当に、君に何か酷いことをしようとか、そういうつもりは無かったんだ」
「先生……」
「正直に言えば………俺はその子の父親が羨ましい。君に強い決意で自分の子供を産んでもらえて、その癖全く君に責任を果たそうとしないその男が憎い。俺なら絶対にそんなことはしない。君に拒否された今サッパリ諦めて友人として手助けしてやるべきなんだろうが……今までずっと好きだと思ってきていたからこそ……どうしたって下心無しに君のサポートはできないんだ」


そうしているうちに気まずい空気になってしまったことを後悔している。
という先生はお酒の勢いで謝りたかったのだろうか。


「私、本当に納得しているんです。先生が私を助けてくれるのもありがたいです……けど、私が一人で決めたことだから…」
「俺は君につけ込みたい。一人で君が困っているところにつけ込むチャンスがほしいんだ。だから手助けさせてほしい」


泥酔している癖に、私が断れないように賢く言葉を選ぶこの人はやはり侮れない。
私は、いつの間にこんなに大事に思われていたんだろうか……
そんなに私のことが好きだったなんて…
空条先生…!!



………なんて感激できたらどんなに良かっただろうか。
現在自分の心のうちは大荒れである。
罪悪感という嵐が吹き荒れている。
先生ごめんなさい!!そんなに先生を悩ませている私の妊娠に至る経緯はそんなドラマティックなやつではないです!!
そして今更言えない!!
あなたの子です!!なんて!!
沈黙を了承だと理解したらしい空条先生は一人で勝手に良かった…。と呟いて寝入ってしまう。
整った横顔に、伏せられた長いまつ毛が寝息に合わせて上下している姿を眺めると何とも複雑な気持ちが湧き上がってきた。
先生は、本当はやさしい人だ。そんなことはいくら自分が今まで怒られてばっかりで、先生を怖い人だ。と思っていたとしてもわかっている。
怒鳴った後は必ずフォローしてくれるし、そもそも先生が怒るのは戦闘中の自分の動きがトロいからだ。
無表情だし、寡黙だし。正直何を考えているのかサッパリ分からない。
けれど、彼がとても女性に人気があるのを知っている。男前で、背が高くて、強くて賢くて、怖いけど優しい。
そんな人が急に好きだ。と言ってくれるその気持ちは、もしかしたら一人で子供を産んで育てていく自分に対して優しい先生が感じている同情なんじゃないか。と考えてしまったら、私はどうにも空条先生のいう好意を素直に受け取れずにいた。
そして何より、私は先生に隠している事が多すぎる。


「仗助くん。今こそその時よ」
「ウッ…!?気付いてたんッスか!」


大きなクローゼットの陰に隠れていた彼がひょこりと顔を出して苦笑いする。
大人の男の告白ってカッコいいっすね。俺もいつかあーんな告白してみたいッス!なんておちゃらける彼をこき使って空条先生をベットに運ばせた。


「名前さんももう寝ないと……赤ちゃんびっくりしてるんじゃあないっスか!」
「そうね……今日は本当にありがとう」
「いーえ、いいんす。俺その子と名前さんが俺の親戚になってくれるの楽しみに待ってます」


ニコッと笑った仗助くんの目元はやっぱり空条先生と何処となく似ていた。
私のお腹の子もやっぱり、将来こうやって笑うんだろうか







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