マヌーサの海


その女と初めて会ったのは確かまだ自分が大学生の時だった。


「よろしくお願いします。本日財団より派遣されて参りました。名字名前です」


二つ折りになるのではないのかと思うほど几帳面に下げられた頭が印象的で、ディオの残党狩りに派遣された彼女は自分とそう年が違うようには見えなかった。
財団が見つけてくるスタンド使いは変わり者が多い上に、女は煩くて好かない。
しかしながら移動中の船舶でもお互いプライベートに踏み込まず心地よい距離感を保ってくれる彼女に好感を抱いていたし、戦闘時には防御に特化した彼女のスタンド能力を重宝してきた。
何度かボサッとした彼女が危険な目にあいそうになるたびに怒鳴りつける事はあったが、名前との相性が悪いと感じた事はなかった。
以降なんとなく戦闘の予想される案件では財団から彼女をサポートに指定し、大学を卒業し研究職に就いた今も、変わらず彼女を指名し続けてきた。
決定的な心境の変化があったとしたら何だろう。
何度も何度も顔を付き合わせているうちに、ほとんど自分の話をせずにいた彼女とも、次第に挨拶以外の話もするようになったが、それでも濃厚な付き合いが彼女とあった訳ではない。
ある時、船での移動になった際に、移動も兼ねて自分の研究のため引網にくっついてきたヒトデを分類するために甲板にそれを並べていた。


「空条先生、何をしていらっしゃるんで……………うわぁ」
「名前か。今この辺りで見られるヒトデについて分類していたところだ」
「凄い……なんか………うわぁ」


色とりどりのヒトデが並ぶ圧巻の光景に、彼女も言葉を失うほど感動していたようで、あぁ。と感嘆の息を漏らす。


「……空条先生。ヒトデお好きなんですね」
「たまたま今海洋生物として掘り下げているだけだ。まぁでも、こうして並べてみると悪くねぇな」
「……はぁ、そうですか」


しゃがんだ彼女は人差し指でぷにぷにとヒトデをつついている。
そういえば、彼女と何度か一緒に船に乗るが、こうして自分の私的な作業に彼女が興味を示すのは初めてだ。


「空条先生、ヒトデって子供を産むんですか?」
「そうだな……有性生殖だが…繁殖方法はオスが海中に精子を放出して、海中の卵と受精する様式だ」
「へぇ……効率的ですね…」
「他にも単純な種だと、切断された自分の体の一部が新たに生命として活動を始めることもあるな」
「…ヘェ!凄い!羨ましいなぁ!人間もそうしたら良いのに…!海中放出と切断スタイル!」
「それは……だめだろう」
「で少子化も解決するし、絶対効率的で良いですよ!私はヒトデ方式を応援しますよ!」


てんで的外れだが、彼女の見解はなんだか面白くて、それから彼女に船で取れた生き物を見せる機会が増えた。
自分が珍しいと思って見せた生き物もパッとしないリアクションの時もあれば、そのあたりにいくらでもいる生き物に食いついてくる時もある。名前が食いつく生き物はなんだろうとあれこれ考えるうちに、自然と彼女のことを考える時間が増えた。

名前は一体何を見せれば喜ぶんだろうか。と

そうしているうちに名前を見ている時間が増えた。
相変わらず彼女は戦闘が始まればその便利なディフェンス能力で自分を守っているが、いかんせん場所取りが悪く、もしや何かの間違いで彼女が怪我をするのではないかと思うと気が気でなくなり、ついつい大きな声が出る。
それだって今にして思えば自分が名前にいなくなって欲しくない、彼女に怪我をして欲しくないと思うが故の愛情からであり、今承太郎が名前に対して抱いている愛情のほんの一部である。
自分が呼びつけない限り接点のない彼女。
それでも一度自覚してしまった愛情は、名前をそばに置かない限り満足しそうになかった。
だからこそ、長期の調査になりそうな杜王町の一件に迷わず彼女の名前を書いた。












(……それがまさか。こんなことになるなんてな)


プライベートジェット。
目の前の座席に青い顔で座る彼女は、キャビンアテンダントの持ってきたアルコール類及びコーヒーなどカフェイン類を完全に断り、自分が彼女を誘拐するようにして詰め込んだ日本行きの飛行機の中で、ポケットに入っていたらしいわずかなチョコを齧っている。


「名前。それにしても本当なのか。何か私的な用事があって断りたいが故に適当についた嘘じゃあないのか?」
「えっ……えぇー…それ、もう飛行機に詰め込んどいて聞いちゃうんですか……?」
「どうなんだ」


少し語気を荒げて詰め寄ると、以外にもはいそうですと歯切れの良い答えが返ってきて目眩がした。
軽く眉間を抑える自分に、だから子供が保育園に入るまでは産休を取るつもりで、今回の調査に迷惑をかけるつもりでは無かったんです。という見当外れの言い訳が聞こえた。


「そうじゃあないだろう。大体……その、お前は既婚者じゃあ無かっただろう」


丁寧に話そうと思っていたのについつい話し方が荒くなってしまう。


「まぁ……なんていうか、フィーリングとタイミングがちょうど良い感じだったのでしっかり考えたが故の決断です!」
「……悪いが何を言ってるのかさっぱりわからねぇ」


とにかく彼女が自分を煙に巻こうとしているという強い意志だけをヒシヒシと感じる。
自分と違って高校を卒業すぐに働き始めた彼女のことだ、金銭面社会的な問題を本当に吟味せずにここに至ったとは思えない。


「すぐに終わる仕事なんですか?私本当に今回だけは1人の体ではないので……以前のように空条先生と一緒に前線へ…というのは……」
「ああ。わかっている。すぐに終わるよ」


あからさまにホッとして、大事そうに自分の下腹部に両手を添える彼女が気にくわない。
あんなにガブガブコーヒーを飲んでたくせに、目の前でちびちびとカフェインフリーの日本茶を飲んでる姿がただただ不愉快だ。
承太郎の指は無意識のうちのコツコツと自分の組んだ足を叩いていた。



[ 2/10 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -