いのちだいじに




"遂に時は来た!"


名前は女子トイレで引っ掛けた検査薬キットの浮かび上がるピンクのプラスに小さくガッツポーズをした。
生まれもってのスタンド使いだった名前は、高校卒業と同時にSPW財団とかいう企業にスカウトされ、両親の"仕事内容が不透明なので止めておきなさい"という最もな忠告を無視し、高額給与につられまんまと就職してしまったのが8年前の話。
この8年間なるほどこれは業務内容が不透明だったわけだという程厄介な仕事を命懸けでこなし生きてきた。
正にスカウト時に言われた『自分のスキルを活かしつつ世界に通用するグローバルな人間にならないかっ!』というスカウトマンの言葉通り自分のスキルを活かしつつ、死線を越えながら楽しくやってきた名前だった。
しかしながら、いくら高給取りでグローバルな人間(死語)になったとして娘親としては納得しないのが親心である
実家からの『あんたまだ結婚しないのかい』論争にほとほと嫌気がさしてきた今日この頃。
華がなければ賢くもなく、平々凡々なあなたたちの娘は結婚どころか彼氏がいたこともがざいません。なんて今更両親に言えるわけがない。
そんなアンニュイな私生活を引き摺りつつ日がな休日ボーッと美術館巡りをしていた自分が聖母マリアの絵画を見ながら思いついた手段はそう。
精子バンクの活用である。
とりあえず名前も子供が欲しいかと言われればイエスの人間であった。ただ先立つモノがなかったわけで……。
これならバッチリ自分は子供を持てるし両親は孫を拝めてハッピー!というそのプランを、自分が実行に移すのはあっという間だった。
日本円にしておおよそ500万の費用は大変な痛手ではあったが、自分が今まで命をかけてこなしてきた仕事の危険手当でなんとかまかなえるものではあったし、何より相手探しから始める労力を思えば金で解決してしまった方が楽チンだね!
なんて今更社会不適合者且つ楽観的な考えの自分は、アメリカの精子バンクの提供するサイトで日本人の提供者を検索し、子供の時の写真のみ提供するそのHPでグリーンの瞳に柔らかい黒髪の、天使みたいな男の子に一目惚れしポチってしまったのが半年前。
こんな天使みたいな人の子供が500万で埋めるなら安いもんだぜ。なんてちょっと人には見せられない笑顔を浮かべたのは昨日のことのようだ。
そうして何度目かの体外授精の後、めでたく本日御懐妊というわけである。


財団本社の廊下を歩く自分の足取りは軽い。
世界ってこんなに輝いていたのね!
なんてバカみたいにウキウキはしゃいでいたのもつかの間。その気持ちは前方からやってきた白いコートの男性を見て急速に萎んでいった。


「おい名前、来週から日本調査に同行するはずだろ。テメェ先に行ってるんじゃあなかったのか」
「うっ………そう、空条先生…1日先にって意味かと思いまして」
「上司に日程表を送ったはずだ。受け取っていなかったのか?」
「あー……はい。見ました見ました」


自分が適当な返事を返せば返すほど目の前の空条承太郎先生の眉根に皺が寄っていく。
名前の背中を流れる滝のような汗。
あー嫌だ。苦手だこの人。
何度か一緒に命懸けの業務に参加したことはある。というか、やたら一緒になることが多いのだが、楽しくお話しするというよりもちょっと怒鳴られることの方が多いんでどうしても名前は苦手意識しか持てない。
イケメンの恫喝は一般人の倍恐ろしいのである。


「……まぁいい。場所はわかってるな、日本の東北の……」
「そのことですが空条先生!」


いつになくビシッと上がった右手に、空条先生の視線がようやく日程表らしき紙から自分にうつる。
そう。今回の任務……いや、これから数年は残念ながら(笑)空条先生とは御一緒できない!名前に最優先されるべき任務は唯一つ『いのちだいじに』である!


「わたくし、妊娠したので今回の任務は辞退させて頂きます!!」


廊下に響き渡ったその声に、同じく廊下を歩いていた同僚がつんのめってこけそうになるのが見えた。
視線をあげれば珍しく大きく目を見開いた空条先生が自分の一点の曇りなきまなこを凝視して言葉を失っている。



「……名前、お前適当なこと言ってんじゃあねーぞ」
「うっ……うそじゃありません!」



えいっ!と言葉が出そうな程の勢いで突き出した右手に握られたプラスチック。
さらにそこに浮かび上がったピンクの十字をまさに十字架のように掲げる。



「……おい、名前。お前正気なのか」
「名字名前。これ以降"いのちだいじに"を最優先に、あたたかい家庭を築いて行きます!」



ワァァァァア!とどこからか歓声が聞こえた気がした(多分脳内だけだが)
とにもかくにも名前は、自分の人生を命懸けの数奇な運命からアットホームな朝ドラストーリーに切り替えることに成功したのである。


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