優しい人


やっぱり昨日はらしくない事をした。


本日午後休診という札をかけてから病院の戸締りを確認する。当分はコンビニに寄らないでおこうと代わりにスマホでファミレスのメニューを開いていると「時雨先生!」という可愛らしい呼びかけに思わず立ち止まった。

「あぁ!ホリィさん!こんにちは」

女性は箒を片手に人懐っこくニコニコと笑う。月に一度の検診に病院へやってくる彼女は時雨の受け持ち患者である。
この人がくると病院がパッと明るくなる

「先生ごめんなさいね、先月は体調を崩してしまっていて……ドタキャンを」
「お病気されてたんですか!?もう大丈夫なんですか!?」
「フフッ…息子のおかげでこの通り元気です。」

献身的に母親の看病をする息子さん。きっとホリィさんのように人懐っこい笑顔が可愛いハーフの男の子のなんだろう

「そういえば先生!息子…承太郎が先生の所に通ってるみたいで!」
「へ……?」

ぽかんとホリィさんを見つめると悪戯っぽく笑う彼女と、その時になってようやく時雨は自分が空条邸という近所でも有名なお屋敷の前にいた事に気づいた。

「………そうか、そうでしたね」
「あの………先生?」

途端に聞こえたホリィの不安そうな声に思わず目をやる

「あの子…ほら、あんまり病院へ真面目に通うような子じゃないし、また喧嘩で怪我をしてるのか私……」

あぁ良いお母さんだな。と思いながらもやれやれどうしようと考える。一応は保護者だしお知らせしたほうが治療にも積極的に関わってくれるだろう

「…………あー、心配いりませんよ」

いつの間にか口をついて出た言葉にホリィが顔を上げる。

「よく食いしばる癖があるみたいで所々欠けてるだけです。ホリィさんが心配するような事は何もありませんよ。」

承太郎の姿を思い浮かべると、意外にもこのほうが良い気がした。あの高校生は案外母親想いのようだし、きっと黙っていたほうが承太郎少年には良いのだろう。あとは守秘義務がそうさせたとでも思っておこう。

「しっかりした息子さんですね。」

思ったままそう言うと花の咲くように笑った彼女はどうやら安心したようだ。

「そうなの先生、これからもよろしくお願いしします。」

優しい子なの、とホリィが小さく付け足した言葉は時雨には余りピンと来ないが仕方ない。ホリィさんに頼まれたからには多少の気まずさは我慢して私が承太郎を終診までしっかり診よう。
しばらくホリィさんが承太郎の話をするのを聞いた後手を振ってホリィと別れると時雨は来週また来る承太郎の事を考え、案外気にはしていないだろうとタカをくくって歩き出した。








「きゃっ!?承太郎いたの?」

家の前で話し込んでいて、門の奥に立っていた承太郎には気づかなかったのか、ホリィは小さく悲鳴をあげるとニコニコ笑いながら箒を持って家の中に消えていく。
(……どうやら俺は気を使われたらしい。)
時雨先生とホリィ呼んでいた彼女はやはり今日もどこか掴めない態度で母親と話していたかと思うと、やんわりと承太郎の話を煙に巻いてくれた。
元々母親に話すつもりのなかった承太郎からすれば面倒な事にならなくて済んだという程度の手間が省けたにすぎない。
昨日あの女に睨まれたことで奇妙な気まずさは確かに承太郎にもあったし、なんとなくあの二人をかき分けて外に出る気にはなれなかった。
相変わらず母親が自分の事を話すのはくすぐったい。時雨はどんな顔をしているのだろうと覗きこむと。意外な事にその表情には大した興味は湧いていないように見受けられた。
(………昨日は)
あんなに必死になってこっちを見ていた癖に。
昨日の夜にじんわりと湧いてきな不思議な優越感が萎んでいくのを感じる。
どうにも調子が出ない。あの飄々としている女は本当はどういう人間なんだろう。
昨日の承太郎だけを見ていた瞳とついさっきの熱ない時雨を交互に思い出し、無意識に煙草を探そうとポケットに手を入れる。
「………チッ」
手に触れたプラスチックの筒に思わず舌打ちをする。
ふとそれが開封済みの物だと気づくと。こんな物を寄越してくる癖に自分には何の関心もないような女の顔に形容し難い感情を覚える。悔しさのような、興味のような。
「…次は来週だったな」
プラスチックの筒に口を点けると、煙の代わりにメントールの効いたグレープフルーツの香りが肺を満たし。承太郎は思わず眉を顰めた。

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