系統的脱感作

時刻は平日の午後5時。仕事帰りのサラリーマンや受付で号泣する小学生まで。とにかく多忙な人間が一斉に病院押し寄せる時間である。流石にあまりの忙しさに今日は兄も同じ時間に何人も患者を掛け持ちしている。
流石に衛生士も数が足りなくなり、時雨は一人で診療に当たっている。
スリーウェイシリンジから水を出しながら片手でバキュームを持ち、溜まっていく水を吸う。何度かそれを繰り返し、ようやくレジンを乗せる準備をしようと道具を戻すと。なんとも言えない気まずさにため息が出そうだ。箱から液体を出しながらちらりとチェアーを見ると、この気まずい空気の根源でもある承太郎はじっとこちらを見ていた。
「……どうしたのかな。何か気になる物でもあった…?」
「別に特にないぜ」
「……そうは言われてもやりづらいっていうか…」
もう後少しで終わるというのに終始治療中あの緑の瞳がこっちを見てきて息ができない。
なんだか承太郎の様子が変だ。変だというより
(こんなにこっちに興味がありそうな子だとは思わなかったんだけど…)
数回の診療での態度とは打って変わり、なんだかこちらに向けられる視線が自分に一身に注がれてる気がして本当落ち着かない
(女の歯医者が珍しいんだろうか…)
二度目にちらりとそちらを見るとしっかりと目が合い、ひるむ時雨に対し全く臆した様子もない承太郎に限界がきたと確信する。
「ごめんマキちゃんタオル」
はーいと気の抜ける返事の後パタパタとせわしなく走っていったマキちゃんは、グリーンのハンドタオルを時雨に手渡す。
「失礼しまーす」
何のためらいもなくそれを細く折り承太郎の目を覆うようにして置く。
「………おい。なんのつもりだ」
「お水飛びますからねー」
何を今更と思われるかもしれないが、事実であるしいい加減仕事がし辛い。
「今更だな」
「正直気まずい。なんだかつい見られると見ちゃうし」
「別に気にしないぜ?ジロジロ見られるのには慣れてるからな」

なんとなくその一言に息がつまる感じがした。
なんというかあれだ。自分もそういう人を知っているが故に引っかかる

「うっそだー……そりゃ君がイケメンだからジロジロ見られるのは…なんか良いかもだけど、そういう目の色とか…珍しそうに見られるのはなんか違うよ。」

なんとなくしゅんとしてしまった空気に、承太郎は手を伸ばしタオルを取ると時雨の顔をしたから見つめた。何時もと様子が違う。淡々とした何時もじゃないそういう空気になった気がした。

「あー…えっと信じて貰えるかなって感じだけど…うちのお母さんイタリア人とのハーフなんだよね」

ガシャン、と何かを落とす音がして振り返るとマキちゃんが床にミラーをぶちまけていた。

「えー…!ちょっ先生…それは…」

言っちゃ悪いけどウソだー。という正直なマキちゃんの意見にやっぱり言わなきゃ良かったと後悔する。全てのクォーターが承太郎みたいに強く外国人の血を引いてると思うなよ。

「言っとくけど本当だからね。とにかく私のお母さんは色々複雑な事情で苦労して育ったの。母さんは色も白いし目も髪も明るかったから、小さい時から見た目のこととかも…苦労したんだって」

ああもぅ本当に台無しだ。確かに信じてもらえないだろうしさっき衛生士さん達のところに爆笑しながら走っていったマキちゃんから察するに純日本人顏の一重のくせにうっそだーっていう気持ちは凄くわかる。

「……あぁなるほどな。」

ふっと形の良い唇が楽しげに笑うと、承太郎の指がそっと時雨の目元をなぞり片耳に滑るとマスクを外す。
するり。とマスクがぶら下がると、露わになった口元に指が触れた。

「肌が白くて綺麗だよな」

センセイ。言われてみれば十分色素薄いぜ。

そんな声は耳に入らず。
承太郎の緑の瞳から目がそらせない。
自分の真下で仰向けになっている承太郎に見とれていたのだ。と気づいたのはカルテを打ち込んでいる最中だった。




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