煙草の善し悪し

あれから意外にも承太郎君はしっかりと三日間通い、わが夕立デンタルクリニックにもいつも通りの雪と時雨を除いて活気付いた若々しい衛生士達と新品コスメの香りが病院に立ち込めた。まったく20代前半の彼女たちには17歳の承太郎君はまだまだ恋愛対象らしい。
先生羨ましい。先生ばっかり承太郎君に触ってズルイと言われるも、気をきかせて掃除でもさせようものならあの承太郎君はスッパリ来なくなる予感がするので、彼女達の清掃どうですかという熱い視線を右から左へ流しながら、坦々と治療をこなしていった。
彼女達の反発も時雨が承太郎から、かけた歯の治療や虫歯になりかけている親知らずの治療も含め承太郎から通院の約束を取り付けた事で、時雨は逆に院内の英雄として祭り上げられている。
(イケメンが来るってこんなに大変な事なんだな……)
ちょっぴり面倒になってきたスタッフの扱いも相まって、今の歯の脱臼が治ったら兄に丸投げしよう。と心に誓う。
そんな事を考えながらぼーっと病院からマンションまでの帰路につく。座りっぱなしの生活にせめて健康をと思い運動がてら歩いて20分程の所に部屋を借りている事が、この疲れた体には堪える。
(本気で病院に寝袋置いちゃおうかな。実家は義姉さんが大事なときだし……)
よく気のつく彼女なら、おそらく申し訳ない程もてなしてくれるに違いない。まったくよくできた嫁である。
(……私より若いし。かわいいひとだ。いかん涙出る。コンビニ寄って帰ろう)
なんか一人で受けたダメージを回復すべく、フラフラと最寄のコンビニに近づくと、遠くからでも解る美丈夫がついさっき買ったであろう煙草に火を点けていた。
私服のせいで一瞬判断が遅れるが、間違いなく承太郎君だ。
盛大な溜息をつくと、ヨロヨロと近づき、斜め後ろから薄っすらと晴れて押されると痛いであろう歯が抜けたほっぺたを押してやろうと背伸びをした筈だった。

「オイ、何してんだアマ。」
「へっ……あれ」

その手は盛大に空を切ると、真後ろに承太郎がいる事に気づいて軽くパニックになる。時雨が一人目を白黒させていると、構わず紫煙を吐き出す承太郎にハッとする。

「いや!いやいや承太郎君高校生でしょ!」
「だからなんだってんだ。」
ふっと軽く煙を吐きかけられ元々なかった元気がどんどん萎んでいく。
「承太郎君……せめてお願い」
もう帰りたい。がっくりと落ちる肩と、何やら10歳下にアマ呼ばわりされるわビビってるわで情けなくて涙が滲んでくる。やっぱり今日はファミレスに行けばよかった。
「承太郎君…あのね」
ガクブルの27にドンびいているのか、心なしか承太郎くんの表情が固い。
「煙草を吸うと煙がダイレクトにあたるでしょ、難しい話はしないけど、凄く治りが遅くなるの」
これは事実。今が大事な時期なのだ。
「先生は早く良くなって欲しいから暫くはやめてくれないかな?せっかく綺麗な顔してるのに腫れがひくの遅くなっちゃ残念だよ」
実際まだ腫れてるしね。そう呟きながら右頬に触れると、痛むのか承太郎君はびくりとして一歩後ろに下がった。
実際は衛生士さん達は通えば通う程大喜びだ。だがしかし私の精神衛生の為に早く終了願いたい。
ゴクリ、と承太郎君が唾をのむ音が聞こえる。
「だから先生と約束。奥歯が治るまではこれで我慢ね。」
ポッケから、個人的にスースー後味がリフレッシュにお気に入りのリラックスパイポを取り出す。
ちゃんとこれと同じ新品を買うんだよ。と煙草の代わりに押し付けるように渡すと、なんだかどっと疲れて食欲とかどうでも良くなる。

もう家帰って寝る。

まだ立ち止まったままの承太郎の事はもう何処へやら、再び時雨はフラフラと帰路に着いた


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