オペラント

マキちゃんがいそいそと綺麗に洗われた歯をトレーに乗せて持ってくる。
心なしかいつもより丁寧に机に置いてくれると、脇で介助のための準備に入ってくれる。
流石マキちゃん丁寧な仕事ぶりです。
「じゃあ今から傷口洗って歯を元に戻すよ。麻酔は打つけど…多分あんまり効かないから我慢できないようなら手を挙げてね」
マスクをし直しチェアーを倒すと、承太郎の口の中に指を入れる。
堂々とした承太郎でも、かなり痛むだろうし途中眉根をよせる
麻酔を足すか、休憩するか聞いても
「大丈夫だ。早いとこ済ませてくれ」
とだけ言ってあっさりと治療にもどる
(本当たいしたもんだなぁ)
普通涙目になるくらい痛むのに…
ここまでしっかりしているともうただの不良少年と言うには肝が座りすぎている。

「承太郎くんえらいねぇ強い子だねぇ」
「あぁ?」
「……………時雨先生」

「…ごめんなさい」

しまった。と思った時にはもう口をついて出てしまっていたし、正直17歳なんて27の自分からしたらほとんど小児と一緒だ。
(何時もの癖でつい…)
バキュームを握ったままドン引きしているマキちゃんの視線をひしひしと感じながら承太郎君を見るとしっかりと濃い皺が眉間に刻まれている。

「承太郎くん痛い?」
「違ぇな。あんたの猫なで声に虫唾が走ったんだぜ」

そんなはっきり言わなくてもいいじゃない
高校生なんて子供でしょうが。なんだかんだ10歳年下に気圧されている情けない自分を見ないふりして、さっさと処置を終わらせる。
「じゃあ、一応消毒したいから三日間は毎日来てね、それからは一週間おきに。化膿止めと痛み止めの薬出しておくからちゃんと飲んでね」
「食事はどうすればいい?」
「できればしばらく反対側で噛んで…まぁ流石に痛くてそっちじゃ噛めないと思うけど」
「どうだろうな。先生に言わせると俺は強ぇ子らしいからな」
「……それはごめんて」
いまいち聞いてるのかどうか微妙だと思っていたが、これならしっかり通ってくれそうだ。受付で待つように伝えると承太郎が立ち上がる気配がする。
「……確かここは男の先生2人じゃなかったか?」
「ん…?あぁ、昔は父と兄が、父は引退して兄は今私用でいたりいなかったりかな」
「そうか…じゃあ明日もアンタなんだな」
「…?ええ」
承太郎が受付に向かって歩き出す。いなくなった途端にキャアッと衛生士の声で賑わい出す診療室で、時雨はやっぱり何を考えているかよくわからない高校生の事を考えていた。











承太郎が家に着いた時には陽はとっくに暮れていた。自分が思っていたよりも長く歯医者にいたらしい。下校中DIOの手下の残党に襲われ、下手を打って顎に一発もらった時には流石に変な音がした。もはやエジプトの戦いを経て歯が抜けるなんてたいした痛みではなかったが、承太郎を驚かせたのはそれより突然湧いて出てきた白衣にパーカーという妙な女だった。
承太郎の目の前で何のためらいもなく歯を掴んで牛乳につけた時には何者かと思ったが強引に連れて行かれればそこは数年前に通っていた歯科医院だった。
女は時折おかしな事を口走りながらもさっさと治療を終えて見せた。年上だからか、普段学校で見慣れている女が特別やかましいのか、興味深げにこっちを見ているが踏み込んでこようとはしない女の態度には好感が持てた。
(あのくらい静かなら、かよってもいいかもな)
一応スピードワゴン財団の医療チームにかかれば手を煩わせられる事もないが、なんとなく新鮮な経験と退屈な日常に飽きてきていたので、また飽きればやめればいいと明日の予定を確認する。

(それにしても……)

媚びるのとは違う
まるで本当に聞き分けのいい子供にするようなあの賛辞の言葉と、やっていしまったという罰の悪そうな空気を思い出して、承太郎の目元は無意識に上がっていた




[ 4/42 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -