男前の襲来

案外あっりとついて来た高校生に何も感じていなかった時雨だが、歯科医院に入った瞬間目を丸くする雪ちゃんとまさに帰り仕度に取り掛かりそうな衛生士さん達が一斉に色めき立ったのを見て、改めて自分がとんでもない人間を連れてきてしまった事に気づいた。
「ちょっと…!時雨!……なんでまた菓子パン買いに行ったあんたがあんなの連れてきてるのよ!」
仕事中に滅多に姿勢を崩さない雪ちゃんが慌てて耳打ちをする。
高校生は空条承太郎と言うらしい。保険証を雪ちゃんに手渡すと。指先はパサコンを打ちながら片手で時雨に問診票を渡す。本当によくできた受付嬢だ。
「いや…なんていうか外傷でさ…わかるでしょう?」
ちらりと振り返ると、高校生……承太郎は一斉にエプロンをつけ直しに戻って行った衛生士の方を退屈そうに眺めている。
「あーあ、今日はいつもどおりに終わると思ったのに…面倒ね」
「意外。雪ちゃんは興味ないの?衛生士さん達走ってっちゃったけど」
「まぁね。だって私年上がタイプだから。彼にも聞かれたらそう言っといて」
心底自信家な雪に着ていたパーカーを預けると。時雨は診療室の扉を開けた。
「承太郎くん。こちらにどうぞ」








承太郎を座らせると日本人サイズのチェアーの小ささを改めて実感する。
頭の位置を合わせると。思わず小さくてゴメンと口をついて出た。
いそいそとコップや道具を出してくれる衛生士さんに牛乳パックから取り出した奥歯を金属のトレーに乗せ、生理食塩水で洗うように指示すると、承太郎と改めて向き合った
「えーっと…今更ですが夕立デンタルクリニックの夕立時雨です。高校二年生だよね?今日のはえーっと…喧嘩かな?」
なんだか空を切る質問にちょっと世界の違う人と喋ってるみたいだなぁと思う。
高校生相手に何を遠慮してるんだろう私は…

「…そうだな。そんなとこだ今日はちょっと油断していた」
返事が返ってきてホッとしながら、グローブをつけ終わると、チェアーを倒していく。
口を開けるように指示すると、あっさりと彼は従った。
(抜けたのはやっぱり下の歯か……というかこの子…)
虫歯こそほとんど無いが、所々歯が欠けている。殴られてよくかけるのだろうか。噂に違わず中々ワイルドな高校生活を送っているようだ。
「承太郎くん。今日はとりあえず抜けた歯を元に戻すよ。結構血も固まりかけてるから、洗うとかなり痛いと思う。腫れてるから麻酔も効きにくいだろうし我慢してね。骨が折れてないかレントゲンも撮ります。」
緑色の瞳を見つめながら、なるべくわかりやすく説明すると、特に痛いという言葉に反応することもなく落ち着いている彼は、あまり痛みに恐怖心が無いのだろう。
一度椅子を起こしレントゲンを撮りに行くと、介助をしてくれる衛生士さんから新しいつけたてのコスメの匂いがした。
子供を相手にするより甘い声音に承太郎の眉間のシワが濃くなるのを感じた。
(いまにも怒鳴りつけそう……って感じ)
ドライな距離感を保ってあげた方が彼も気楽なんだろうな、とぼーっと見つめていると、撮り終わった承太郎が早足でずかずかと戻ってくる。
あの長い足で歩かれると、病院が狭くなったような気がする。
どかりとチェアーに座りなおした承太郎と、レントゲンを見つめながら歯が洗われるのを待っていると、承太郎が口を開いた
「なぁ…なんで牛乳だったんだ?」
「ん…?あぁ……!牛乳はね簡単に言うと人間の体液と濃さって言えばいいのかしら、似てるのよ。抜けた歯は乾燥させると元に戻せなくなるから、専用の保存液がなければ牛乳につけたり口の中に入れたままスグに持ってきてくれれば意外と元に戻せるんですよ。」
「なるほどな。じゃあ俺はあんたがわざわざ買ってきた牛乳を無駄にしちまったな」
不良少年でもそんなことを気にするのか。
呆気にとられながらも
「別に気にし無いですよ。気になるならこれが終わってもまた来てください。午後のティータイムがなくなったのはガッカリしましたが…歓迎しますよ」
なんとなく気まずくなって笑うと。承太郎の口元も少し上がった気がした。

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